プロローグ① 10歳の誕生日
10歳の誕生日
誕生日とは、本来――祝われるものだ。
リオルは、それを知識としては知っていた。
絵本で読んだこともある。
笑顔と贈り物、甘い菓子と温かい言葉。
それが“誕生日”というものだと。
だが、自分のそれが祝われた記憶はない。
今日も同じだろう。
そう思っていたはずなのに、胸の奥では、ほんのわずかな期待が消えずに残っていた。
城の廊下には白い大理石が敷き詰められている。
磨き上げられた床は光を反射し、天井には豪奢な装飾が連なっていた。
十分に明るいはずの皇城は、
その日、異様なほど冷たく感じられた。
空気が重い。
音が遠い。
周囲に立つ大人たちは、誰一人として笑っていない。
視線は、値踏みするように冷たく、
祝福ではなく“確認”の色を帯びていた。
――今日は、十歳の誕生日。
皇族にとっては節目の年。
能力測定が行われ、将来の役割が決まる日。
別の言い方をすれば、
“生きる価値が定められる日”だった。
「リオル・ウィステリア――
皇位継承権第十五位、前へ」
名を呼ばれ、リオルは一歩踏み出す。
足が震えた。
靴底が床に触れる感覚が、やけに遠い。
背筋を伸ばそうとしても、力が入らない。
胸の奥がぎゅっと縮こまり、呼吸が浅くなる。
(……だいじょうぶ)
自分に言い聞かせる。
何度も、何度も。
中央に置かれた魔力測定器は、無機質な金属の塊だった。
装飾もなく、感情もない。
ただ数値を示すためだけの道具。
近づくほどに、冷気が肌を刺す。
「魔力を流せ」
短い命令。
そこに、励ましも、配慮もなかった。
リオルは、ゆっくりと手を伸ばす。
震える指先で、装置に触れた。
その瞬間――
胸の奥が、強く締め付けられた。
深い、深い場所で、何かが沈んでいく。
ずっと押し込めてきた“それ”が、
さらに奥へ、さらに暗い底へと沈められていく感覚。
出てはいけない。
触れてはいけない。
そんな本能的な拒絶が、全身を貫いた。
装置が低く唸る。
だが、表示盤には何も浮かばない。
沈黙。
ざわり、と周囲が揺れた。
「……遅いな」
「反応しないのか?」
「故障では?」
囁きが、刃のように突き刺さる。
リオルは唇を噛みしめた。
目を伏せることすら、許されない気がした。
やがて――
ようやく、数字が浮かび上がる。
最低値。
一瞬の静寂の後、
どこからともなく、失笑が漏れた。
「……最低?」
「親王で、これは……」
「信じられん」
笑われている。
嘲られている。
それが分かっても、リオルは何も言えなかった。
玉座の上で、皇帝ロゼアルド・ウィステリアが口を開く。
眉一つ動かさず、
ただ、冷たい視線を少年に向けたまま。
「皇位継承権十五位」
淡々とした声。
「元より、期待していなかったが」
その言葉には、怒りも失望もない。
あるのは、価値のない物を処分するような無関心だけ。
「私の息子に、こんなできそこないはいらない」
その瞬間。
リオルの中で、何かが、完全に壊れた。
能力を否定されたのではない。
存在を否定されたのだ。
ここに立つ理由も、
生まれてきた意味も、
すべてを切り捨てられた。
その日から、リオルは親王ではなくなった。
掃除係。
雑用係。
命じられ、叱られ、
失敗すれば怒鳴られる。
体が弱いことも、
手先が不器用なことも、
すべてが嘲笑の的になった。
「役立たず」
「さすが最低値」
「生まれてきた意味あるのか?」
それが、彼の日常になった。
十歳の誕生日は、終わった。
祝福は――
最初から、存在しなかった。




