第9話:レイヴンとヴラーナ
噂の奴らが登場します。
第9話、どうぞ!
ウルシア王国・王城地下。
聖剣ラナと魔剣オボロが眠る封蔵庫は、夜の冷気の中で呼吸しているみたいに静かだった。
壁に刻まれた魔法陣は、淡い光を脈打たせている。
一定間隔で並ぶ燭台の火は、風もないのにときどき揺れて――そのたびに、影が“生き物”みたいに伸び縮みする。
俺は、その影の動きが嫌だった。
嫌な予感ってやつは、だいたいこういう「説明できない小さな違和感」から始まる。
「……なぁ」
隣で、Sランク冒険者のグレンがぼそっと言った。
「今夜は、妙に静かすぎるな」
「嵐の前の静けさ、ってやつだな」
俺が返すと、胸元のラナが微かに温かくなる。
『嫌なフラグ?立てるの上手いね、相棒』
(確かにフラグだな)
ラナの声は、いつも通り腹立つほど元気だった。
――それが、俺の救いでもある。
封蔵庫手前の広間。
ここを守るのは五人。
パラディン三名――ゼガート、ミネル、フォルン。
Sランク冒険者グレン。
そして俺。
ゼガートは巨躯で、盾のせいか“動かない山”みたいな圧がある。
ミネルは槍と盾を扱う。彼女の槍は“刺す”というより“貫く”って表現が一番近い。
フォルンは若いが、剣の抜き方だけで分かる。あいつは“速さ”が売りだ。
「ま、結界がある限り俺たち以外入れない」
ゼガートが低い声で言う。
「もし入ってきたらすぐにわかる」
「侵入者が“結界そのものを無視できたら”どうします?」
フォルンが真面目な顔で聞く。
ゼガートは一拍だけ黙って、言った。
「その時は――殺せ」
空気が締まる。
俺は喉を鳴らして、布で包んだ二本の剣の方へ視線を向ける。
聖剣ラナ。魔剣オボロ。
どっちも“寝てる”ように静かだ。
『相棒。怖がってる?』
(……怖いに決まってるだろ)
『じゃ、ちゃんと呼吸。吸って、吐いて。深呼吸』
ラナの言い方は軽いのに、言ってることは的確だった。
俺はゆっくり息を吸って、吐く。
その瞬間――
封蔵庫へ続く廊下の奥から、風が来た。
いや、“風”に見えただけだ。
風が吹くには、空気が動く理由がいる。
けど今のは、理由がない。
理由がないのに、影だけが揺れた。
「……来る」
ゼガートが小さく言った。
フォルンが剣を抜く。
ミネルが槍と盾を構える。
グレンが指先に魔力を溜め、空気に薄い膜を張る。
俺は指輪に触れる。
クリスタルワイバーン。アークサーペント。黒龍のピアス。
戦う準備を“持つ”だけで、心臓がうるさくなる。
そして――
廊下の先で、空気が割れた。
■侵入者:レイヴン&ヴラーナ
「…………ねぇ、レイヴィー。ほんとにこのまま堂々と入るの?」
艶っぽい声。
甘いのに、皮膚に針を刺すみたいな響き。
「レイヴィーって呼ぶなババア!
それに俺は堂々とじゃねぇ、優雅に侵入してんだよ」
返事は若く荒っぽい男の声。
二つの影が、廊下の闇から“滑る”ように現れた。
ひとりは赤黒い髪、赤い瞳。全身黒い服。
歩いてるだけなのに、床が薄く沈むような錯覚がある。
肉体の密度が違う。あれは人間の形をした爆弾だ。
――レイヴン。
もうひとりは黒髪ロング、同じ赤い瞳。こちらも全身黒。
肌は白く、笑みは優しいのに、視線が刺さる。
気配が“遠い”。ここにいるのに、距離がある。
――ヴラーナ。
「こんばんは〜」
レイヴンが軽く手を振った。
その軽さが、逆に怖い。
「ウルシア王国が誇る、パラディンさん?
名前ぐらい聞いといてやるよ。覚える気はねぇけどな!」
ゼガートが盾を前へ出す。
“山”が動いた。
「敵襲――八咫烏!! 全員構え!!」
「シカトかよコラ」
ヴラーナがくすっと笑う。
「まあまあ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?
私たち、ちょっと“借りに来ただけ”」
言った瞬間。
彼女の指が、空中で“何か”をなぞった。
視界が一度、瞬きした。
――森になった。
石の廊下が消え、木々の匂いと湿った土の感触が足裏に来る。
空気が冷たい。夜の森だ。虫の羽音まである。
「幻術だ――ッ!」
フォルンが叫ぶ。
「目を閉じろ、全員! 気配で戦え――!」
「んなことできるかぁ!」
俺はついツッコんでしまった。
だが。
フォルンが叫び終わる前に、レイヴンが“いた”。
瞬間移動かと錯覚するほどの速度。
目も現実も追いつかない。
レイヴンの手がフォルンの胸甲に触れる。
「遅ぇんだよォ!」
――拳が入った。
ゴッ、じゃない。
空気が押し潰される“破裂音”がして、フォルンの鎧が内側から膨らんだ。
次の瞬間、フォルンの体が壁へ飛ぶ。
背中が石に叩きつけられて、血が散る。
剣が床を転がる。
「フォルン!!」
ミネルが叫び、槍を突き出す。
ゼガートが盾でフォルンを庇う位置に入る。
グレンの魔力膜が森の幻を薄く引き裂く。
俺の喉が鳴る。
(……これが八咫烏)
『相棒、落ち着いて。
“速い”じゃない。“速さの出し方が違う”』
(違う?)
『あれ、筋力だけで動いてない。
足の踏み込みで空気を潰して、反動で“跳ねてる”。
おそらく地面を蹴ると強すぎて、地面が抉れて推進力が下がるんだと思う』
ラナの分析が頭に刺さる。
確かに、レイヴンの動きは“走る”じゃない。爆発だ。
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■パラディン三名 vs レイヴン
「ひとりめ!」
レイヴンが指を立てた。
フォルンを“数”で数えた。
ミネルの顔が歪む。
「黙れッ……!」
ミネルの槍が白く光る。
祈りの言葉は短い。
その一言で、槍先が“光の杭”になる。
「――聖突光槍!」
槍が伸びた。
刺突は直線じゃない。光が“道”を選んで貫く。避けにくい、いや、ほぼ避けられない類の必殺。
なのに。
レイヴンは、指二本で槍先を挟んだ。
ぎ、と音がした。
光が軋む音だ。
「おっそ」
レイヴンが笑う。
挟んだ指の皮膚が裂けてもいない。光を“握力”で止めた。
「パラディンってこんなもん?
ぜーんぜん怖くねぇんだけど」
ミネルの額に汗が浮く。
槍を引こうとしても動かない。挟まれたまま、引き剥がせない。
ゼガートが前へ出る。
「ミネル、離れろ!」
盾が、床を削りながら滑る。
ゼガートの突進は“押し潰す”突進だ。盾の面が壁になって、部屋そのものが狭く感じる。
「――轟盾衝破!!」
盾が当たる、と思った瞬間。
レイヴンは盾の角に手を置き、ゼガートの動きが止まった。
そして――頭突き。
ゴン、じゃない。
金属を叩き割る音がした。
ゼガートの視界が揺れ、身体が吹っ飛ぶ。
壁に叩きつけられ、重い鎧が石を割る。
「ゼガート!!」
ミネルが叫ぶが、レイヴンはもうミネルの前にいる。
「相手が“斬り合い”してくれると思うなよ」
拳が突き出された。
ただの直線の拳。
それだけで、ミネルの胸甲を砕いた。
ミネルが床を転がる。
息が詰まった声が漏れ、槍が手から滑る。
レイヴンが肩を回して、楽しそうに言う。
「三人まとめて二分もかかったなぁ……
ちっと手ぇ抜きすぎたか」
パラディン三名が、崩れている。
防壁役の山が倒れた。
祈りの槍が折れた。
速さの剣が止まった。
これだけで、守備の半分が死んだ。
俺の背筋が冷える。
『相棒。ここからが“本番”だよ』
(……俺とグレン、ヴラーナ担当かよ)
グレンが俺の肩を軽く叩いた。
「幻術使いは、本体を叩ければ勝ちだ。」
「それができないんだろ」
グレンは苦笑した。
「大丈夫だ、俺はこういう地獄を何度も切り抜けてる」
そして、ヴラーナが微笑む。
「あなたがSランクね。魔力が綺麗。
……その隣の子は、怖いのね?」
俺を見る目が、刺さった。
「恐怖を背負った目ほど、弄りがいがあるものはないのよ」
次の瞬間。
世界が“裏返った”。
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■俺&グレン vs ヴラーナ(幻術戦)
廊下が回転する。
床が天井になり、重力が横に流れる。
身体が引っ張られて、胃が浮く感覚が来る。
なのに足裏だけは床を踏んでいる。
矛盾した感覚が、脳を叩く。
「幻術は、景色だけじゃねぇ……!」
俺が歯を食いしばると、ヴラーナが嬉しそうに笑った。
「そう。五感全て。
あなたの“確か”を全部奪って、最後に心を折るの」
視界の端で、俺自身が歩いてきた。
背中に剣を背負って、同じ顔で、同じ歩き方で。
「……自分が二人?」
「あなたが“自分を見失う”ってところから始めましょうか」
頭がぐらつく。
吐き気が来る。
グレンが魔法陣を展開した。
「――魔力制圧域・展開!」
空気に透明の格子が走る。
幻術の“核”を圧し潰すための、魔力の檻。
さすがSランク、組み立てが早い。
だがヴラーナは、目を細めて言う。
「惜しいわね……あなたの魔力綺麗、だけど弱いの」
彼女が指を弾く。
パチン。
たったそれだけで、グレンの格子が“柔らかく”なった。
硬い檻が、布になる。
布は、裂ける。
「なっ……!」
グレンが驚いた瞬間、彼の後頭部に衝撃が入った。
殴られた。距離はあったのに、殴られた。
グレンが壁に叩きつけられ、血を吐く。
「グレン!!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間、足元が消える。
落ちる。
下は“底なしの穴”。風が顔を裂く。
心臓が喉まで来る。
『相棒!呼吸。
これは“空間”じゃない。心の反射だよ』
ラナの声。
胸元が熱くなる。
(……そうだ、これは幻)
『幻はね、“信じた瞬間に本物になる”
だから逆。信じなきゃいい、私の声だけ信じて』
ラナだけを信じる。それなら一番得意だ。
俺は目をつぶる。
深く息を吸う。
怖い、と思う。
怖いけど――ラナだけを信じる。
足元の穴が、割れるように消えた。
俺は廊下に立っている。
ヴラーナが少しだけ目を見開いた。
「あら? どうして耐えられるの?」
「支えてくれる仲間がいるからだ」
俺は指輪に魔力を流す。
クリスタルワイバーンの手甲が、腕を覆うように現れる。
透明な結晶が光を集め、薄い防壁が空気に張られる。
次にアークサーペント。
クナイが指の間に滑り込む感覚。
雷が“いつでも行ける”と指先で鳴る。
ヴラーナは楽しそうに微笑む。
「いいわ。そういう抵抗、好き。
じゃあもっと深いところまで落としましょう」
彼女が腕を広げた。
景色が変わる。
廊下が、遺跡の広間になる。
――オボロの遺跡。
そして床に転がる死体。
オルド。リュグナ。女パラディン。
そしてラナの遺体。
俺の胸が締まる。
『見ちゃだめ』
ラナが言う。
『見たら引きずられる。
“怒り”に引っ張られたら負ける』
(……分かってる)
今度は目を閉じない。
目を閉じたら、逆に“想像”が襲ってくる。
だから、目を開けたまま、全部を“幻”として認識する。
「この程度で折れるかよ」
ヴラーナの笑みが、少しだけ消えた。
「……面白い子」
その瞬間、背後が冷えた。
レイヴンの拳圧が、別方向から廊下を吹き飛ばした。
石の壁が爆ぜ、破片が雨のように降る。
「おいヴラーナ! そっち遅ぇぞ!」
「レイヴィー、あなたが早すぎるのよ」
「レイヴィーって言うな!!!」
二人の掛け合いは軽い。
軽すぎて、命の価値が紙みたいに薄く感じる。
パラディンは全員瀕死。
グレンは血まみれで立ち上がれない。
俺も膝が笑う。
『相棒……まずいよ』
(分かってる……)
その時――
廊下の奥が、真昼みたいに光った。
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■聖騎士カリナ、到来
「――お待たせしました」
声が落ちた瞬間、空気が変わった。
ヴラーナの幻術が、霧みたいに剥がれる。
森も遺跡も消えて、石の廊下が戻る。
光の中から、ひとりの女性が歩いてきた。
重い鎧。だが足音は静か。
黄金の髪が淡く輝き、抜き身の剣が純白の線になる。
聖騎士カリナ。
ウルシア王国には最強の“聖騎士”がニ人いる、と聞いていた。
その一人が――ここに来た。
俺の身体が、勝手に少しだけ楽になる。
安心感。
強者の安心感は、薬みたいに効く。
カリナは状況を一瞬で把握した。
「総員、撤退準備。
ここからは――私が相手をします」
ヴラーナの瞳が、初めて“警戒”の色になる。
「……あら。“光の剣姫”」
レイヴンは舌打ちした。
「マジかよ。聖騎士様のご登場かぁ……!」
カリナは剣を正面に構える。
そして、短く祈った。
「光よ――道を照らせ」
剣から光が走る。
眩しいのに、熱くない。
ただ、影だけが“逃げ場を失う”。
廊下の壁、床、天井に刻まれた結界が共鳴し、光が増幅する。
ヴラーナの幻術が、根っこから削られた。
ヴラーナが息を吐く。
「レイヴィー。引きましょう」
「レイヴィーって呼ぶなぁ!!!」
叫びながらも、レイヴンは引いた。
流石の戦闘狂も、聖騎士の前では撤退を優先した。
二人が影へ溶ける直前、レイヴンが振り返って言った。
「次はもっと面白くしてくれよ?」
俺の喉が鳴った。
(……見られてる)
ヴラーナは最後に、指先で口元を隠して笑う。
「そのネックレス、とても素敵。」
そして二人は、闇に消えた。
残ったのは、壊れた廊下。
倒れたパラディン。
血の匂い。
震える俺。
俺はその場に膝をついた。
カリナが駆け寄ってくる。
近くで見ると、顔は若い。二十代後半くらい。
でも瞳が“長い戦争”を知っている。
「もう大丈夫」
彼女の声は、胸に刺さるほど優しかった。
「よく……耐えたわね」
俺は笑えなかった。
耐えた? 違う。
たまたまだ。聖騎士が来るのが遅れたら全員死んでいた。
胸元が温かくなる。
『相棒。生きてるだけで、今日は勝ちだよ』
(……お前、ほんと今だけ優しいな)
『今だけだよ?』
そんな会話の合間に、俺は確かに理解していた。
――八咫烏は、様子見じゃない。
本気で“取りに来た”。
そして次は、もっと確実に、もっとえげつなく、もっと静かに。
この地下は、もう安全じゃない。
俺は歯を食いしばって立ち上がる。
「……聖騎士さん」
「何?」
「俺、もう一回強くなる必要がある」
カリナは一瞬だけ黙って、頷いた。
「ええ。
あなたは“剣と剣の間”に立つ宿命を、もう背負ってしまった」
俺の背後で、封蔵庫の扉が、冷たく光っている。
聖剣ラナ。
魔剣オボロ。
そして、八咫烏の影。
――本当の夜は、ここからだ。
レイヴンとヴラーナが来ましたね。
個人的にレイヴン好きです。




