第6話:魔剣オボロ
ラナ可愛いですね。
では、6話どうぞ!
王城へ向かう石畳の坂道を、俺はラナと並んで歩いていた。
朝の王都は騒がしい。露店の呼び声、荷馬車の車輪の音、冒険者たちの怒鳴り声。それらをすべて押し流すみたいに、遠くの尖塔だけが静かに天を突いている。
「……なんかさ」
隣で、ラナが両手を頭の後ろで組みながら言った。
「こうやって王城に呼び出されると、褒められるのか怒られるのか、毎回ちょっとビビるよね」
今朝俺のもとに王からの使者が来て城に向かうよう言われた。その途中でラナとばったり会った。
「いや、お前は褒められる側だろ。勇者ラナ様」
「やめて、その呼び方。むずむずする」
言いながらも、口元は少し緩んでいる。 聖剣ラナを腰に下げた銀髪の少女は、昨日酒場で見たときよりも、ほんの少しだけ“大人びて”見えた。
俺たちの少し前を歩くのは、堅物パラディンと軽薄Sランクの二人組。
一人は白銀の鎧に真っ直ぐな背筋、ウルシア王国パラディンのリュグナ。 もう一人は革のコートに赤いマント、Sランク冒険者のオルド。
そしてその二人は、道中ずっと――
「だから、オルド殿。王城内くらいシャツをちゃんと閉めろと言っている」
「うるせぇぞリュグナ。お前は子どもの頃から固いんだよ。俺の胸元は世界の財産なんだぞ?」
「意味が分からん。財産なら隠していろ」
「見せてこそ価値が生まれるんだろ? なぁ、雑用」
こちらを一度も見ていないのに後ろを歩くのが俺だとバレていた。
「巻き込むな」
――こんな調子で、口喧嘩とも漫才ともつかない会話を続けていた。
ラナがくすっと笑う。
「リュグナさん、仲良さそうなのに何でオルド殿って呼ぶの?」
無邪気な質問だなと思った。
「たしかに」と俺。
「あぁ。私とオルド殿は幼少の頃から幼馴染でな。オルド殿は“いつかSランク冒険者になる”と宣言して、私は“聖騎士になる”と言い返した……どちらが先に夢を叶えるか勝負したんだ」
「で、先にSランクになったのがオルド。負けた罰ゲームが“オルド殿呼び”か」
「そういうことだ」
言われてみれば、リュグナの「殿」には、微妙に悔しさと敬意が混ざっている気がする。
「でもよぉ、そろそろやめてもよくないか? リュグナ」
オルドが振り返りながら、ニヤニヤとする。
「子どもの頃の約束だろ? 忘れてやっても――」
「断る」
「即答!?」
「私が聖騎士になるまで続ける。……お前はSランクになった。その事実は変わらない」
真面目な顔でそう言うから、余計おかしい。
「……なんだろう。あの二人見てると、“強い人間ほど強いこだわりがある”って気がしてくるな」
「ね」
ラナと俺は、顔を見合わせて苦笑した。
◇
王城に着くと、すでに謁見の準備は整っていた。
今回は聖剣ラナ適合者選抜大会の時とは違い、壇上には王の他に、見慣れない紋章の旗が並んでいる。
青い盾に、斜めに走る二本の剣――エドラ王国の紋章。
「ウルシア王国、勇者ラナと、その補佐要員、並びに護衛一行――入廷!」
名乗りと共に大扉が開き、俺たちは中へ進む。
玉座の右側にはウルシア王、左側には、やや年配の男が座っていた。 エドラ王国の使節団、その代表だろう。
そして、その前に――一人の男が立っていた。
「……うそ?」
ラナの声が、かすかに震えた。
肩まで伸びた黒髪を後ろで束ね、白いコートを羽織った長身の男。 腰には一振りの細身の剣。鋭い目元には、飄々とした笑みが浮かんでいる。
「よう、ラナ。久しぶりだな」
「カシアン……!」
ラナが駆け寄る。 男は面倒くさそうに片手を上げた。
「おいおい、王様の前だぞ。抱きついてくるな、泣き虫が移る」
「ひどっ!? 久しぶりの愛弟子との再会なのに!?」
口ではそう言っているが、その目が少しだけ優しく細められているのを、俺は見逃さなかった。
エドラ王国剣術指南役――“エドラの剣聖”カシアン。
ラナの剣の師匠にして、大陸でも指折りの剣士。
「ふむ。久しいな、カシアン殿」
ウルシア王が穏やかに口を開く。
「我が国の提案を快く受けてくださり感謝いたします。」
「いや、魔族復活の兆しありと聞いては、座して待つ理由もない」
エドラ側の代表が頭を下げ、その横でカシアンが面倒くさそうに続けた。
「ま、こっちとしても魔族が暴れ回る未来は勘弁願いたいんでね。 さっさと回収して、さっさと飲みに行きたい」
「師匠、王の前!」
「いっけね」
なんて自由な師弟なんだと思った。 その自由さが許されるだけの“実力”があるということかもしれない。
◇
やがて、両国代表の挨拶が終わり、本題に入る。
「――今回の任務は、魔剣オボロの回収だ」
ウルシア王の声が、広間に落ちる。
「千年前、封魔戦争において魔族を封じるために鍛えられた四本の魔剣の一本。 その位置は、古い記録と、各地の伝承からほぼ特定されている」
地図が広げられ、王都から北西に離れた山岳地帯が指し示される。
「問題は、その遺跡だ」
リュグナがわずかに眉を寄せる。
「すでに何度か調査隊を送ったが……誰一人戻ってきていない。 理由は、遺跡内部に“神獣クラス”の魔物が蔓延っているいるためだ」
神獣クラスが、うじゃうじゃいるのか。
それはつまり――
「普通に攻めれば、消耗戦の末に全滅する。 だが今回は違う」
王の視線が、ラナに向けられる。
「勇者ラナ。そなたの聖剣の力――神獣を従える権能を用いれば、遺跡内の魔物を“敵”ではなく“道”にできる」
ラナは、真剣な顔でうなずいた。
「はい。……やってみます」
「そのうえで、魔剣オボロを回収し、王都に持ち帰る。 ウルシアとエドラ、両国の存亡をかけた任務だ」
王は、俺たちを順に見渡す。
「ウルシア側からは、Sランク冒険者オルド、パラディン二名、勇者ラナ、そしてミリアからの功労者――」
いきなり指をさされた。
「……俺ですか」
「そうだ。貴殿は“現場での生存性”を買われている。糧食と雑務だけでなく、状況判断にも期待している」
なんだその評価。ありがたいけど、微妙に複雑だ。
「エドラ側からは、剣術指南役カシアン、およびAランク冒険者三名」
王の言葉に合わせ、後ろに控えていた三人が一歩前に出る。
双剣使いの青年、槍使いの女戦士、弓を背負った長身の男。 どれも一目で「ただ者ではない」と分かる眼光をしていた。
「両国の合同任務とする。 互いの力を合わせ、必ずや魔剣オボロをこの手に」
王の言葉が、任務の開始を告げた。
◇
謁見が終わり、城を出た夕方。
俺たちはすぐさま出立の準備に入った。 目的地は北西の山岳地帯。 馬車と徒歩で、数日がかりの行軍になる。
「いやー、しかし」
城門前で荷台に荷物を積みながら、オルドが空を見上げた。
「勇者と剣聖とSランクとパラディン二枚、さらに他国のAランク三人…… これ、ぶっちゃけ“大陸選抜”だよな」
「その言い方やめてください」
リュグナが呆れたように言う。
「大陸選抜は言い過ぎだ」 「だよねぇ」
「せいぜいウルシア・エドラ連合精鋭部隊だ」
「……呼び方の違いだけで意味同じじゃね?」
ふと横を見ると、ラナが隣で小さく肩をすくめていた。
「……でも、正直、心強いよ」
「ああ?」
「だってさ。師匠もいるし、オルドもいるし、リュグナさんたちもいるし、エドラ勢も強そうだし。 こんだけ揃ってて負けたら、それはもう運命的な負け、って感じじゃん?」
「前向きなんだか後ろ向きなんだか分からねぇな、お前」
カシアンが欠伸をかみ殺しながら近づいてくる。
「ラナ。お前、調子はどうだ」
「絶好調!」
「そうか。 ――怖くはないか?」
一瞬、ラナの目が揺れた。
だがすぐに、いつも通りの笑顔に戻る。
「怖くないって言ったら嘘になる。 でも、“怖い”って感情だけで立ち止まるなら、師匠の弟子やってないよ」
「減らず口だけは一人前になったな」
カシアンはそう言いながらも、どこか誇らしげだった。
◇
出発から二日目の昼。
前を歩いていたリュグナが、ふいに足を止めた。
「……風向きが変わったな」
「来るぞ」
オルドが大剣の柄に手をかける。 カシアンも面倒くさそうに肩を回した。
次の瞬間――山の向こうから、黒い影が現れた。
巨大な翼。 漆黒の鱗。 赤い目。
黒龍。
「わーお、いきなり来たね」
ラナが苦笑する。
「どうする? 聖剣で一撃?」
「やめとけ」
カシアンが即座に制した。
「魔剣オボロの遺跡に辿り着く前に、お前の魔力を消耗させるな。 ここは――」
「ここは俺たちの仕事だな」
オルドが前に出る。 リュグナともう一人のパラディンが左右に散開し、エドラのAランクたちが武器を構える。
「おい雑用」
「はい?」
「荷台から絶対降りんな。勇者様の護衛も兼ねて、ここから見てろ」
「護衛って言葉の意味知ってるか?」
「知ってる知ってる。あー、心で守るんだよ」
「……どんな新概念だよ」
騙されてる気しかしないが、正直、今のメンツを見ていると前に出る気はまったく起きなかった。
黒龍が咆哮を上げる。 山肌が震え、風圧で馬車が軋む。
その瞬間、オルドが地面を蹴った。
大剣を振り上げ、黒龍の懐に飛び込む。 リュグナの盾がブレスの軌道を逸らし、エドラの冒険者の槍が足を貫き、弓が目を狙う。
連携が……速い。
黒龍は確かに強い。 だが、それ以上に、このパーティーが“異常”だった。
一撃、一撃が、致命傷に近い。 黒龍は抵抗する間もなく、まるで最初から「討伐される役」として用意されていたみたいに、地面へと叩きつけられた。
咆哮が、一度。 二度。 そして――止む。
「……終わった?」
俺が呟くと同時に、オルドが大剣を肩に担いで振り返った。
「よし、解体班ー」
「お前がやるんだよ」
リュグナが呆れ顔でツッコむ。
エドラの冒険者たちが死骸の周囲を確認し、周囲に別の気配がないことを確かめる。
黒龍は、完全に“死んで”いた。
俺の胸が、ざわつく。
――これは、チャンスだ。
「ちょっと、見てきていいか」
俺は馬車から降りかけて、ラナの視線とぶつかった。
「……行っておいで」
いつもの笑顔。 でも、その奥に、何かを探るような色が見えた。
◇
黒龍は近くで見ると、さらに巨大だった。
漆黒の鱗は重なりあい、翼は地面を覆い隠すほど広がっている。 ただ、その胸は上下していない。完全に動きが止まっていた。
条件はそろっている。
“人間以外の生物”、“完全に死んでいる”――俺の《武装化》の条件だ。
「……すまん」
誰にともなく呟いて、俺は黒龍の翼にそっと手を触れた。
瞬間。
全身に、黒い電流のようなものが走る。 視界が暗転し、骨格のイメージが頭の中に流れ込んできた。
翼。 空。 高み。
次の瞬間、黒龍の死骸が黒い光の粒子となって砕け、俺の背中に――“何か”が生えた。
金属と鱗が混ざり合ったような、黒いロボットじみた翼。 肩甲骨のあたりから生え、背中にぴたりと密着している。
「……っ、すげぇ」
思わず声が漏れる。
翼を少し動かす。 そのだけで体がふっと浮きかける。 全身が「飛べ」と叫んでいる。
一度、地面を蹴ってみた。
次の瞬間、体が――空にいた。
視界が一気に広がり、風が顔を打つ。 山々の連なり、遠くに見える森、蛇のようにうねる川。
笑いそうになった。
(これが……黒龍の力か)
けれど、長居はできない。 今は派手に飛び回っている場合じゃない。
高度を落とし、翼を閉じるイメージを強く持つ。
背中の装甲がほどけ、黒の光が再び一点に集まる。
俺の目の前に、一つの“ピアス”が残った。
黒い金属でできた、小さなリング。 そこに、黒龍の鱗が一枚だけ埋め込まれている。
「……よし」
耳たぶに触れる。 ピアスは、思ったよりも簡単にそこへ収まった。
装飾品化、完了。
これで、いつでも黒龍の翼を呼び出せる。 クリスタルワイバーンの指輪、アークサーペントの指輪、そして黒龍のピアス。
移動手段まで手に入った。
「――今の、なに?」
背後から声がして、血の気が引いた。
振り返ると、そこにはラナがいた。
聖剣ラナを腰に下げたまま、じっと俺を見ている。 さっきまで戦場を駆け回っていたとは思えないほど、静かな目。
「……見てたのか」
「うん。カシアンたちが陣形や作戦を考えてる間に、こっそり抜け出したからバレてないと思うけどね?」
ラナは、俺の耳を指さした。
「さっきまで、そこに“翼”があったよね」
「……ああ」
「黒龍の死骸、一瞬消えたよね」
「……そうだな」
「で、今はピアス、ついてるよね」
「…………」
バレバレだった。
「教えて?」
ラナの声は穏やかだった。 責めるでもなく、興味本位でもなく、ただ「知りたい」というまっすぐな音。
ここで誤魔化すこともできる。 けれど――俺の中で、何かが「それは違う」と言っていた。
「全部は……まだ言えない」
「まだ?」
「オボロを回収して、王都に帰ったら話す。 そのときまでに、俺の頭の中も整理しておきたい」
ラナは少しだけ目を細め、それからふっと笑った。
「……そっか」
「怒らないのか」
「怒らないよ。 だってさ」
ラナは腰の聖剣を軽く叩く。
「私も“秘密”を抱えたまま戦ってるから」
神獣従属能力の他にまだあるみたいだった。 聖剣ラナの本当の恐ろしさは、まだ俺も全部は知らない。
「だから、いいよ」
ラナは俺のピアスをじっと見つめる。
「約束。帰ったら、ちゃんと話して」
「ああ。約束する」
「絶対だよ? 破ったら――」
「破ったら?」
「神獣たち総動員で、アンタの寝床の周りで一晩中踊る」
「やめろ、普通に怖いわそれ」
思わず笑ってしまった。 ラナも小さく笑う。
その笑顔は、勇者として祭り上げられたときのものとも、決闘のときの真剣な顔とも違っていた。
年相応の、十代の少女の顔だった。
◇
黒龍の死骸は特に解体や回収することもなく放置することになった。 この世界では、死骸は他のモンスター達が勝手に解体したり食べてしまうとのことだ。
オルドは「黒龍の素材、売りたかったのになぁ」と残念そうに頭を掻き、リュグナは「それでも討伐した事実は残る」と淡々とまとめた。
俺とラナは、何も言わなかった。
その日の夜、焚き火の側で、ふとリュグナとオルドの会話が耳に入る。
「……しかし、本当に行くんだな。オボロの遺跡へ」
「行くさ。今さら引けねぇよ」
オルドが大剣を枕にして寝転ぶ。
「なぁリュグナ。 覚えてるか。子どもの頃、村外れの丘で“どっちが先に強くなるか”って話したの」
「忘れるはずがない」
「俺はSランク冒険者、お前は聖騎士。 先に夢叶えたほうが、負けた方に罰ゲームを押しつけるって」
「……あれは、今でも有効だ」
「だよなぁ?」
オルドがニヤリと笑う。
「お前、ずっと真面目に騎士団で出世してさ。 パラディンにまでなって。 でも俺は、先にSランクになっちまった」
「事実だな」
「だから“オルド殿”って呼ばせてる」
「そうだな」
あまりにもあっさりしたやり取りに、思わず口を挟んでしまった。
「……それ、いつまで続けるの?」
答えたのはリュグナのほうだった。
「私が聖騎士になるまで、この罰ゲームは終わらない。 オルド殿は先に“約束”を果たした。それを認めている証でもある」
「だってさ」
オルドが誇らしげな顔をしている。
「ま、こう見えて俺たち、相棒だからな」
「相棒ではない」
「そこ否定すんなよ」
くだらない掛け合い。 けれど、その裏にある年月の重さを思うと、胸の奥が少し温かくなった。
◇
それからさらに数日。
山は険しくなり、空気は冷たくなった。 道は岩だらけになり、馬車も使えず、完全な徒歩行軍に切り替わる。
そして――
「……見えてきやがった」
カシアンが顎で前方を示した。
そこには、山肌に穿たれた巨大な門があった。 石造りのアーチに、かすれた古代文字。 周囲の岩には、何本もの傷跡が刻まれている。
魔剣オボロが封印されていると伝承にある遺跡。
神獣クラスの魔物がうじゃうじゃいるせいで、これまで誰も最奥に辿り着けなかった場所。
そして――これから精鋭達が足を踏み入れる場所。
「さぁて」
オルドが大剣の柄に手をかける。 リュグナが盾を構え、エドラの冒険者たちが息を整える。
ラナは聖剣にそっと触れ、目を閉じた。
黒龍のピアスが、微かに耳で揺れる。 指には、クリスタルワイバーンとアークサーペントのリング。
それぞれの思惑と覚悟と秘密を抱えたまま、 俺たちは――魔剣オボロの眠る遺跡の前に立った。
物語が、大きくうねり始めている。
その中心に、自分が確実に巻き込まれていることを、俺は嫌でも理解していた。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
次回から、いよいよオボロの遺跡に突入です。神獣だらけの地獄コースで、誰が無傷で帰れるのか……。
感想・ブクマ・評価、励みになります!




