第47話:死への道中ー1
飛竜の背は、思ったよりも揺れない。
だが、その安定感が、逆に胸の奥をざわつかせた。
風を切る音だけが、耳を打つ。
誰も喋らない。
――怒っているからだ。
八人全員が、同じ方向を見ている。
だがその視線の先にあるのは、まだ見ぬグリンデル王都ではない。
さっき見た“村”だ。
並べられた首。
手足で描かれた文字。
魔族の底無しの悪意。
村人の絶望を越えた目。
それが、全員の網膜に焼き付いたまま、消えない。
レイズは前方で手綱を強く握りしめている。
普段なら無駄口の一つも叩きそうな男が、一言も発さない。
肩の筋肉が張り詰め、怒りの熱で蜃気楼が見える気がする。
ミストは視線を落とし、風に髪をなびかせたまま、ただ静かだ。
怒鳴りもしない。
だが、彼女の沈黙は“嵐の前”のそれだった。
ソーは唇を引き結び、何度も拳を開いては握り直している。
善の人格であっても抑えきれない感情が、指先から滲み出ているのが分かる。
ジークは、何も言わない。
ただ、ヒナワを胸に抱きしめるようにして、必死に耐えていた。
目は潤んでいるが、泣かない。
泣いたら、壊れると分かっているからだ。
ルーナは、遠くの森を見ている。
無表情のまま。
だが、エルフ特有の鋭い感覚が、すでに“異変の気配”を数え始めている。
レーオは、笑わない。
あれほど饒舌なエルフが、口を閉ざしている。
それが何より異常だった。
そして――シン。
シンは、飛竜の首筋を、ゆっくりと撫でていた。
まるで荒れた海を鎮めるように。
その指の動きには、無駄が一切ない。
「……ここで一度、降りよう」
最初に口を開いたのは、シンだった。
声は低く、落ち着いている。
だが、拒否を許さない重みがあった。
「飛竜を休ませる。
それから――俺たち自身もだ」
誰も反論しない。
レイズが短く頷き、進路を変える。
小さな岩場。
森と草原の境目。
戦前の“静かな場所”。
飛竜たちが地に降り立つと、ようやく、重たい空気が地面に落ちた。
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海神シンという男
シンは、まず飛竜の水袋を確認した。
次に、鞍の留め具を一つ一つ点検する。
それが終わると、無言で焚き火を起こした。
魔法は使わない。
慣れた手つきで、石と火打ち金だけ。
「……海でも陸でもな」
ぽつりと、独り言のように言う。
「準備を怠ったやつから死ぬ」
その言葉には、重みがあった。
数えきれない死を見てきた者の声だ。
ジークが、恐る恐る近づく。
「シンさん……怒って、ないんですか?」
シンは一瞬だけジークを見る。
そして、ふっと笑った。
「怒ってるさ。
だから、こうしてる」
「……?」
「怒りに身を任せると、救えるもんも救えない。
俺はそれを何回も見てきた」
シンは焚き火に小枝をくべる。
「怒りは刃だ。
武器にもなるが、制御できなきゃ、自分をも斬っちまう」
その言葉に、レイズが歯を食いしばる。
ミストが、ほんのわずかに目を伏せた。
この男は、軽い。
だが、軽さの裏に、とてつもない経験の重さを隠している。
――これが“海神”。




