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第4話:Sランク冒険者オルド

新しい能力ってワクワクしますよね。

第4話どうぞ!

 ミリアの街の喧噪が、ようやく「日常」に戻りつつあるころ――俺は、まだ解体場にいた。


 ここには神獣クラスモンスターの死骸が二体ある。

 クリスタルワイバーンとアークサーペント。

 俺が武装化して、聖剣ラナと一緒に空の上で斬り合った、あの二体だ。


 今は、ただの「死骸」に戻っている。

 巨大な翼はだらりと垂れ、結晶の鱗は光を失い、アークサーペントの長い体も、ただ重さだけを残して横たわっていた。


 ……あれから、しばらく時間が経った。


 聖剣ラナの暴走が止まり、人々が泣き叫び、誰かが「英雄だ!」と叫び、勝手に「謎の結晶の戦士」の話を作り始める中――俺は人混みからそっと離れた。

 装甲はとっくに解けて、今はただの普段着の俺だ。


 誰も、あの化け物じみたクリスタル装甲と、この地味な雑用係を結びつけようとは思わないらしい。

 ありがたいことに。


「……もう一回、試すか」


 俺はクリスタルワイバーンの死骸に右手を伸ばした。


 指先が触れた瞬間、さっきと同じ衝撃が駆け抜ける。

 世界がカチリと噛み合うような感覚。

 結晶の光が一気に俺の体へと流れ込み、視界が水色に染まった。


 全身を包むクリスタルの装甲。

 右手には、完全な防壁となる手甲。

 さっきと同じだ。いや、少しだけ、使い方を思い出した分だけスムーズになっている。


「……戻れ」


 意識を緩めると、装甲はすっと溶けるように消え、再び巨大な死骸の姿に戻る。

 死骸は崩れも腐りもせず、ただそこに「停止」したように存在していた。


 次はアークサーペントだ。


 長い体の中央に触れる。

 雷のような刺激が走り、両手に重みが生まれる。


 黒い鱗を纏った双剣――。

 柄の部分に、稲妻のような紋様が浮かんでいる。

 振ると、刃先から細い雷光が迸った。


 これも、さっきと同じ。

 やはり、俺は「死んだ生物」を、そのまま《武装化》できるらしい。


 そして、元に戻せる。

 完全な状態の死体として。


「問題は……ここから先だな」


 俺は息を吐き、クリスタルワイバーンの胸の辺りに目をやる。

 色々試してわかったことがひとつある。


 一度武装化した生き物は、「一部分」だけでも武装化できる。


 スライムやゴブリンのときは、ただ触って、ただ装備になって、ただ戻しただけだ。

 でも神獣クラスとなると話は別だ。

 これだけの存在を、常に丸ごと持ち歩くのは無理がある。

 街中であんな装甲を着たら、それだけで大騒ぎだ。


 だから今度は、「少しだけもらう」。


「……すまん、ちょっとだけな」


 誰にともなく呟いて、ナイフを取り出した。

 クリスタルワイバーンの胸の鱗の一枚を、慎重に剥がす。

 カン、と硬い音。掌に収まるくらいの結晶片が取れた。


 致命傷はとうに受けているのだから、今さら鱗一枚分傷が増えたところで変わらない。


 次に、アークサーペントからも一本だけ牙をもらう。

 こちらも、たくさんある牙からすれば誤差みたいな量だ。


「よし……」


 鱗の欠片と蛇の牙。

 これを今度は「俺の都合のいい形」に変えることができれば――


 一度、大きな武装を解除したあとに、さっきのスライムやゴブリンと同じ小型モンスターの感覚を思い出して、掌の上の素材に意識を集中させる。


 キィ、と空気が軋むような音がした。


 結晶片が、ゆっくりと形を変えていく。

 角が削れ、面が丸くなり、金属とも石ともつかない光を宿しながら――指輪の形になった。


「おお……」


 サイズは少し大きめだが、右手の中指にちょうどはまる程度の太さ。

 全体に、クリスタルワイバーンの鱗の模様がそのまま小さく刻まれていた。


 アークサーペントの牙も同じだ。

 尖端は丸められ、細い環となり、今度は左手の人差し指に収まるリングへと変化していく。


 “装飾品化”――そうとしか呼べない。


 素材を少しだけもらい、その素材をコンパクトな形に変え、そこからなら簡易的に武装化ができる。

 さっきまでの「完全武装化」とは違い、スケールは落ちるだろうが、そのぶん目立たない。


「……なるほどな」


 俺は右手の指輪にそっと意識を流し込む。

 指輪が淡く光り、小さなクリスタルの手甲が、指先から手首の範囲だけを覆った。

 さっきの全身装甲の、20分の1くらいのサイズ感だ。


 だが、あのとき感じた「絶対防御」の気配は、そのままそこにあった。

 本体を丸ごと呼び出しているわけじゃない。

 死ぬ直前の神獣が体に溜め込んでいた魔力を、ごく一部だけ借りている――そんな感覚だ。


 左手の指輪を意識すると、掌にキイ、と軽い音を立てて一本のクナイが現れる。

 派手さはない。だが、刃先に走る微かな電流が、ただの鉄ではないと主張していた。


「よし。これなら、街中でもなんとか誤魔化せる」


 武装を解除すると、指輪だけが指に残る。

 魔力を使い切ればそのうち壊れるのかもしれないが、今のところヒビひとつ入っていない。

 装飾品にしている間は、向こうの魔力がゆっくり回復しているような、そんな感覚もある。


 問題は――


「……こっちだよな」


 俺は後ろを振り返った。


 解体場の入口には、ミリアの兵士たちと、ギルド職員と、顔見知りになった少しだけ偉そうな連中が何人か集まっていた。

 全員、こっちを見ている。


「おい、大丈夫か!」


「お前、さっきまで行方不明になってたぞ!」


「どこに隠れてたんだ、荷物運び!」


 リード、カナ、ガロウ。

 奪還部隊全滅の報、「死んだ」と分かっているのに、実感が追いつかない。


 そんな頭のまま、俺は入口へ歩いていく。


「悪い。……ちょっと、隠れてた」


 実際は隠れていない。

 隠れる代わりに、神獣二体の死骸にしがみついた。

 だけど、それを説明するつもりはない。


 ギルドの責任者らしき中年男が、俺の肩をガシッと掴んだ。


「隠れてても仕方ねぇさ、あんなもん見せられちゃな。……で、見たか?」


「何を」


「“結晶の戦士”だよ」


 中年は、少し酔ったみたいな目で言った。


「美しい鎧を纏った、謎の光の戦士。

 聖剣を持った狂った冒険者と空で渡り合って、最後は稲妻みたいに落ちて――あれを斬り伏せた。

 見えなかったか?」


「……いや、俺はもう、裏路地に隠れてて。爆風だけで精一杯だった」


「そうか。惜しいことしたな、お前」


 中年は残念そうに肩をすくめて、それから少しだけ誇らしげに笑った。


「ここミリアは、絶対に歌になるぞ。“雷と結晶の英雄譚”だ。

 吟遊詩人どもが食いつく。

 ――謎の結晶の戦士、ってな」


 俺の胸の中で、何かがくすぐったく笑った。


 右手の指輪。左手の指輪。

 さっきまであの“謎の戦士”の装備だったものが、今はただの金属っぽい輪っかになって、ひっそりと俺の指に嵌っている。


 誰も、それに気づかない。

 それでいい。

 むしろ、そのほうがいい。


「……とにかく、生きててよかったな、お前」


 男はそう言って、ぽん、と肩を叩いた。

 その一言で、肩に乗っていた何かが少しだけ軽くなる。


     ◇


 それから数日は、後片付けだった。


 崩れた家の撤去、瓦礫からの人命救助、行方不明者の捜索。

 ミリアの兵とギルドの冒険者が入り混じって、昼も夜も街を走り回る。


 俺も当然、雑用としてフル稼働だった。

 体が動いている間は、余計なことを考えなくて済む。

 リードたちのことも、聖剣ラナのことも。


 街では、すでに噂が一人歩きしていた。


「見たか? あの結晶の巨人」


「巨人!?」


「神獣の上にさらに神獣を纏ってたように見えたぞ」


「剣筋はウルシア王国の聖騎士を超えてた。いや、あれはもう人間じゃない」


 人は、噂に尾ひれをつけたがる。

 姿がはっきり見えなくても、距離が離れていても、記憶は勝手に上書きされる。


 そのたびに、俺は作業用の手袋をきつく握り直していた。


 ――俺は英雄じゃない。

 ――ただ、死にたくなくて、必死にしがみついただけだ。


 それでも、結果だけは確かに残った。

 ミリアは滅びなかった。

 聖剣ラナは回収された。

 “謎の戦士”の正体は、今のところ誰にも知られていない。


     ◇


「――ウルシア王国からの使者だ」


 そう告げられたのは、事件から一週間ほど経ったころだった。


 ミリア城の謁見の間。

 黒い絨毯に赤い縁取り、壁には海と船を描いた絵。

 この国は海との交易で栄えたらしい。

 だが、今は絵よりも空気のほうが気になった。


 張り詰めている。

 ミリアの王と側近たちの視線の先には、豪奢な礼服に身を包んだ中年の男と、その背後に並ぶウルシアの騎士たち。


「ミリア王。聖剣ラナ回収の件、並びに当方の失態、心よりお詫び申し上げます」


 ウルシア側の使者が深く頭を下げる。

 形式的な言葉の応酬が続き、その中に「今後の防衛協力」「魔族封印の綻び」「聖剣の共同管理」といった単語がちらちらと混ざった。


 俺は、その全部を「背景のノイズ」として聞いていた。

 仕事は別にある。


「――例の“謎の戦士”は見つかったか?」


 ミリアの王が、その言葉を口にしたとき、謁見の間の空気が少し動いた。


 ウルシアの使者は静かに首を振る。


「いいえ。各種情報を照合しましたが、該当者はおりません。ただ、神獣の死骸が保管されていた解体場まで走り、爆発の直前に姿を消したという“雑用係”は確認されています」


 全員の視線が一瞬だけ俺の方を撫でた気がした。


 俺はミリア側の兵士たちに混じって、壁際に立っている。

 地味な服装、地味な顔。

 目立たない。

 そういう人間は、視界の端を滑っていく。


「その雑用係は?」


「生存を確認しています。彼にはのちほど、我が国から事情を聞きます。ですが――聖剣ラナと戦った者とは考えにくいかと」


 その一言に、ミリアの側近たちから「だよな」という空気が漏れた。

 俺自身も「だろうな」と心の中で頷いた。


 聖剣を振るうのは、物語の勇者だ。

 英雄だ。

 派手な鎧を着て、人々から讃えられる存在。


 雑用係なんか、そこに混ざってはいけない。


 それで、いい。


     ◇


 結局、話し合いの結果――聖剣ラナはウルシア王国に持ち帰られることになった。


 封印はしない。

 魔族の封印が綻びつつある以上、いつでも“切り札”として抜けるようにしておく必要があるからだ。

 代わりに、王城の地下深く、重い扉と幾重もの結界で守られた保管庫に置くという。


 ミリアの王は、それに頷きつつ、最後にこう言った。


「聖剣を連れ帰るならば、それを発見し回収した者にも、同行する権利くらいはあるのではないか?」


 俺のことだ。


「……俺でいいんですか?」


 あとで個別に呼び出されて、俺は思わずそう聞いていた。


「お前しかおらん」


 ミリアの王は淡々と言った。


「あの場で逃げずに生き残った。それだけで価値がある。王都の連中にも、現場の空気というものを教えてやるといい」

ミリアの王は優しいおじいちゃんのようだ。


 何をどう教えればいいのか分からない。

 だが、断る選択肢もなかった。


 こうして俺は――二度目の馬車旅に出ることになった。


 今度の荷は、木箱ひとつ。

 厳重な封蝋と鎖で固定された箱。

 中身は、聖剣ラナ。


 護衛はウルシアのパラディン二名、Sランク冒険者一名、それから俺。

 ミリアの兵は街の再建で手一杯だ。

 こちらの護衛は、王都からわざわざ呼び寄せられた精鋭だという。


「なんか、すげぇメンツに混ざったな、俺……」


 出立の日、街門の外で荷台に腰を下ろしながら、俺はため息を吐いた。


 パラディンたちは無駄口を叩かない。

 鎧は磨き上げられ、剣は鞘に深く収まっている。

 Sランク冒険者は逆にラフな格好で、大剣を背負いながら「あー、だりぃ」と欠伸をしていた。


「おう、雑用。お前が噂の“ミリアの生き残り”か?」


「ただの生き残りで悪かったな」


「別に責めちゃいねぇよ。生き残れる奴が偉い。死んだ奴は、それだけの話だ」


 きっぱりと言われて、言い返す言葉がなかった。


 リード、カナ、ガロウ。

 あいつらが聞いたら怒るだろうか。

 ――いや、案外笑って「そうかもな」と言うかもしれない。


 馬車がゆっくりと動き出した。

 ミリアの城壁が遠ざかる。

 二つの月はまだ白く、空の高いところで寄り添っていた。


 俺は荷箱に背を預け、胸の内に重く沈んだ感情と、右手と左手に嵌めたリングの存在を同時に感じていた。


 誰も知らない秘密。

 誰も知らない力。


 ――聖剣ラナの暴走は、終わった。

 だが、たぶんこれは、始まりにすぎない。


 そんな予感だけが、やけに鮮明だった。

馬車が王都とは逆方向――ミリアの城門をくぐり抜け、ゆっくりと土の道に乗り上げた。


荷台の中央には、分厚い木箱が一つ。

鉄の帯で何重にも固定され、封蝋にはウルシア王家の紋章。

中身は、聖剣ラナ。

護衛は3人。


鎧と盾で全身を固めたパラディンが二名。

そして、冒険者の頂点――Sランク冒険者が一名。

最後に、おまけのように荷台に座っている俺。


「よしよし、ラナちゃんはお元気さんっと」


 木箱の横を軽く叩きながら、Sランク冒険者が笑った。


 オルド。

 二十代後半くらい、茶色の癖っ毛に無精髭、鎧ではなく革のコート。

 腰には大剣を一本、肩には意味があるのかないのか分からない赤いマント。

 いかにも“気の抜けた強者”って雰囲気だ。


「……ラナ“ちゃん”て」


「硬い名前は呼びづらいだろ? こういうのは距離感が大事なんだよ、距離感が」


 オルドはにやりと笑い、親指で自分を指した。


「何せ、これからこいつを王都まで無傷で運ぶ責任者は、このオルド様だからな」


「責任者が一番お気楽そうなんだが」


「お気楽じゃなきゃやってらんねぇんだよ、Sランクは。

 ずっと眉間にシワ寄せてたらハゲるぞ?」


 前を歩くパラディン二人――銀色の鎧にマントを翻す二人組――が、同時に小さくため息をついた。


「オルド殿、任務中だ。言葉を慎んだらどうだ」


「真面目かよ、リュグナ。なぁ、お前もそう思うだろ? えーと……」


「名前は、まだ言ってない」


「あ、そうだっけ」


 オルドはあっさりと謝るでもなく、「まぁいいや」と笑って手を差し出した。


「とりあえずよろしくな、雑用」


「……雑用って…」


「でも役割は糧食係兼雑用。だろ?」


「否定できねぇのが悔しい」


「ははっ、いい返しだ。気に入った」


 こいつ、完全にお調子者だ。

 だが、歩き方は隙がない、気がする。目は常に周囲を見ている。

 冗談みたいな口調と、身体に染み付いた“現場感”が噛み合わない。


 ――強い奴の動きだ。


 前を歩くパラディンの一人、リュグナと呼ばれた男がちらりと振り返った。


「オルド殿。道中、魔物の出没が多いと報告されています。頼りにしていますよ」


「おいおい、パラディン様がSランク冒険者に“頼る”なんて言うなよ。逆だろ〜」

パラディンは王国騎士の聖騎士の次に強い役職だ。


「……ふざけているように見えて、あなたが一番危険を察知するのが早いのは知っていますから」


「お、褒められた。聞いたか雑用、あのリュグナが俺を褒めたぞ?」


嬉しそうにしているがそもそもコイツらの関係をよく知らない。


     ◇


 ミリアからウルシア王都までは、馬車で片道五日。

 来るときも同じ道を通ったはずだが、帰り道はまるで違う景色に見えた。


 あの時は、荷馬車の揺れを楽しむ余裕も、護衛たちとの雑談を純粋に笑う余裕もあった。

 今は、馬車のわずかな軋みや、風の匂いの変化に、つい過敏になってしまう。


 道端の林から、小さな足音が聞こえた瞬間――


「下がってろ、雑用」


 オルドが、すでに前に出ていた。


 草むらをかき分けて飛び出してきたのは、牙の鋭い大きめの狼――ではなく、そのさらに一回り大きな、灰色の群れだった。


「ハイウルフか」


 リュグナが即座に剣を抜く。もう一人のパラディン――無口な女騎士も、盾を構えた。


「数は十……いや、十五。囲まれているな」


「ふふ、退屈しない道中で何よりだ」


 オルドは大剣を抜く。

 刃渡りは自分の身長より少し短いくらいの鉄塊。

 それを、まるで木の棒でも振るうみたいに軽々と肩に担ぎ上げた。


「お前は荷台から降りるなよ、雑用。剣くらいは持ってろ」


「……了解」


 腰に下げていた、ギルド支給の安物の剣に手を添える。

 多分、俺がここで出る幕はない。


 ハイウルフたちが一斉に飛びかかってきた。


 その瞬間、オルドの姿がふっと視界から消えた――ように見えた。


「嘘だろ」


 次に目で捉えたときには、すでに群れのど真ん中にいた。

 大剣が、風切り音すら立てずにハイウルフの首を薙ぐ。

 血飛沫が上がる前に、さらに一歩、踏み込む。

 それだけで、二匹目、三匹目の体が崩れる。


 リュグナの剣筋は教本のように正確で、女パラディンの盾捌きは壁そのものだった。

 三人が前に出るだけで、群れは一瞬で瓦解する。


 ……俺の出番は、やっぱり、ない。


 ハイウルフの死骸が転がる中、オルドが大剣を肩に担いだまま振り向いた。


「おーい、雑用。怪我は?」


「おかげさまで無傷だよ」


「よし、じゃああとは解体の印だけつけといてくれ。ギルドに報告する用にな」


 パラディンの二人はもう、血痕ひとつ剣に残さず拭い終わっていた。


「やっぱり強いな、あんたら」


 素直に感想を漏らすと、オルドは笑った。


「ハイウルフ程度でビビってたら、魔族なんて見た瞬間全身の毛穴からションベンちびるぞ」


「見たことあるのか?」


「ねえ」


「ないんかい」


「だが“封印の綻び”ってやつは、もう始まってる。俺たちはギルドから話を聞いているが、一般にはまだ広めてねぇ。広げたところでパニックになるだけだからな。

 だから――聖剣ラナは王都に戻す。魔剣オボロも、アーティファクトも、そのうち本格的に動きがあるだろう」


「……魔剣オボロも、本当にあるのか」

リュグナが呟く。


「伝承だけなら山ほどある。だが、俺が気にしてるのは数じゃない、“質”だ。

 ラナと同じクラスの武具が、あといくつこの大陸に眠っているか。

 で、その全部を欲しがってる連中がいるらしい」


「八咫烏か」


「お、噂は耳に入ってるんだな。話が早い」


 オルドはニヤリと笑い、空を見上げた。


「まぁ、今はまだ名前だけの怪談さ。

 ――けど、王都に聖剣を保管しちまったら、王都に来る。賭けてもいい」


 その言葉に、リュグナたちパラディンも無言で頷いていた。


 馬車が再び動き出す。

 その揺れに合わせて、木箱の中で聖剣が、カラン、と小さく鳴った気がした。


     ◇


 日が傾き、野営の時間になった。


 焚き火を囲んで、簡単な夕食。

 干し肉と固い黒パン、それとミリアで仕入れた香草入りのスープ。


「さすが糧食係、手際がいいな」


 女パラディンが、スープを一口飲んでそう言った。


「褒め言葉として受け取っていい?」


「ああ。王都の一部の料理人よりうまい」


「そりゃあ、王都の飯は不味いのが多いからな」


「失礼だぞ、オルド殿」


 リュグナが眉間に皺を寄せる。

 オルドは笑いながら、スープを空にした。


「なぁ雑用」


「その呼び方悪意ないか?」


「細けぇことはいいんだよ。お前、なんであの場で生き残れた?」


 焚き火の火が、オルドの目に赤い光を映した。


 唐突な質問。

 けれど、いつかは聞かれると思っていた。


 聖剣ラナの暴走。

 神獣たちの乱舞。

 結晶の装甲とイカヅチの剣。


「……運が良かっただけだ」


 俺は短く答えた。


「解体場の場所を、偶然知ってた。

 偶然、空からの一撃が弱いところを走り抜けられた。

 偶然、神獣に見つからなかった」


「“偶然”にしては出来すぎているな」


 リュグナが静かに言った。


「神獣二体の死骸が、運び込まれたのも。

 その直後に聖剣の暴走が起きたのも。

運び込まれた神獣の特徴を持った戦士が現れたのも

 まるで誰かが、描いた舞台だな」


「じゃあ、誰が何のために?」


「さあな」


 オルドはすっと立ち上がり、背伸びをした。


「でも、俺はそういう“出来すぎた偶然”を見ると、たいてい“面白いことになる”って思うタチなんだよ。

 だから、期待してるぜ、雑用」


「何にだよ」


「お前のこれからに、だよ」


 焚き火の火の粉が、ぱちぱちと夜空に昇っていく。

 二つの月が、その火の粉を飲み込むように、静かに光っていた。


 右手と左手のリングは、今もただの装飾品のふりをしている。

 さっき一瞬だけ、指先に意識を通してみたが、ちゃんと反応した。

 クリスタルの小手と、雷のクナイ。

 “完全武装化”には程遠い、小さくて目立たない形。

 でも、あのときと同じ“防ぐ力”と“斬る力”は確かにそこにあった。


 ――秘密は、まだバレていない。


 そう自分に言い聞かせて、スープの残りを飲み干した。


     ◇


 五日目の昼前。

 遠くの地平線に、見慣れた城壁のシルエットが浮かんだ。


「ただいま、ウルシア王都」


 オルドが両手を広げて大袈裟に言う。


「なぁ、雑用。初めて見たときより、どうだ。ちょっとは“帰ってきた”って感じするか?」


「……正直、複雑だな」


「だろうなぁ」


 リュグナが小さく笑った。


「王都は安全で、強くて、頼りに見える。

 だが、こうして外を回って帰ってくると、“ここが一番狙われやすい場所だ”って分かる」


「聖剣があり、騎士団があり、冒険者がひしめき、王がいる。

 世界の目が集まる場所は、世界の敵の目も集める」


 女パラディンの言葉に、誰も反論しなかった。


 王都の門はいつも通り賑やかだった。

 商人の列、旅人、冒険者。

 その中に、ひと際目立つ一団――王家の紋章を掲げた騎士たちの列が通されていく。


 俺たちもその一部として扱われていた。


「聖剣ラナだ!」


 誰かがそう叫ぶと、門の周辺がざわついた。


「ミリアで暴走したっていう……?」


「でも、止まったんだろ? 誰かが聖剣使いを倒したって」


「“雷と結晶の戦士”だっけか。名乗りもせずに消えたって噂の」


 噂は、もうウルシア王国の王都にまで届いていた。

 形を少しずつ変えながら、勝手に膨らんでいく。


 俺は、木箱の端を押さえながら、視線だけを下に落とした。


 ――英雄じゃない。

 ――ただ、死にたくなかっただけだ。


 そう思っても、箱の中身がその“結果”を静かに主張してくる。


「よし。ラナちゃん、ただいまな」


 オルドが最後にもう一度、木箱を軽く叩いた。


「ここから先は、王城の管轄だ。俺らは運び屋としての仕事はここまで。

 ……ただし、雑用」


「何だよ」


「お前だけは、ここから“別ルート”だろうな」


 そう言って、オルドは門の向こう――王城の尖塔を顎で指した。


「王様は、英雄譚が大好きだからな」


 俺は、胸の中で深くため息をついた。


 馬車が城都の石畳を走り出す。

 人々の歓声と噂話の中を抜け、王城へ向かう坂道を登っていく。


 聖剣ラナは王城の地下へ。

 俺は――たぶん、王との謁見へ。


 ミリアからウルシアへの帰路は、こうして静かに終わり、次の騒動の入口に繋がっていくのだと、嫌でも理解させられた。


 右手と左手のリングが、小さく震えた気がした。

 それが“期待”なのか、それともただの気のせいなのか、分からない。


 ただ一つだけ分かるのは――


 俺はもう、“ただの雑用”ではいられないところまで来てしまった、ということだった。

読んでくださりありがとうございます。

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