第38話:それぞれの英雄譚ー1
伝令が去り、戦略会議の準備で大広間が慌ただしく動き出した少し後――
城壁の上は、別の意味で静かだった。
夜風が冷たい。
ウルシア王都の灯りが足元で瞬き、城壁の上で、二頭の飛竜が待機している。
「……じゃ、そういうわけで」
飛竜の手綱を握りながら、レイズがいつもの軽い声で言った。
「俺とミストは一度カエサルに戻る。
カエサル王とオジキにグリンデル陥落と魔族復活を全部報告してから、すぐ戻ってくる」
言葉は軽いが、目だけは笑っていない。
「戻れるのか? すぐに」
俺がそう聞くと、レイズは歯を見せて笑った。
「当たり前だろ。飛竜だぞ? 二日あれば十分だ。
――それに、早く戻らねぇとカリナが悲しむからな〜」
「ええ、悲しみます。」
「ははは!だよな〜…!?
うそ!?聞いたかミスト!やっと俺の思いが!」
いつもツッコミ役のミストも少々驚いた様子だった。
レイズは豪快に笑い、それから急に真面目な顔になる。
「正直な話をするとだ。
魔族の“下位貴族”ひとりとその部下だけで聖剣二本持ちの大国が陥落したって聞いたとき、背筋が冷えた。
あいつらの“実力”がどこまでなのか、誰もが文献や伝承でしか知らねぇ」
隣で、ミストが静かに頷く。
「だからこそ、国としての判断が必要。
カエサルがどれだけ戦力をグリンデル奪還に回せるか、逆にどれだけ自国に残すか。
――それを決めるのが、カエサル王とウォール様の役目」
「私たちの役目は、王の命令を確実に実行すること、戻ることが役目じゃないでしょ?レイズ」
「へいへい、お嬢様。……って言ったら殴る?」
「殴る」
「ですよねー」
この二人は、こんな時でもテンポが崩れない。
その軽口が、かえって安心感をくれる。
「レイズ殿、ミスト殿」
聖騎士の礼装に着替えたカリナが声をかける。
鎧はまだ着けていないが、その佇まいは“国の光”そのものだ。
「ウルシアの名において、お願い申し上げます。
カエサル王と竜王ウォール殿に、グリンデルの危機を。
そして、我々ウルシアは必ず奪還に向かうとお伝ください」
「おう。任された」
レイズは珍しく、真面目な敬礼をした。
ミストも胸に右手を当て、静かに頭を下げる。
レイズは鼻で笑い、親指で自分を指した。
「魔族を打ち倒すのは、この竜騎士レイズ様だ!
グリンデル奪還の主役の座、ウルシアの奴らに持ってかれてたまるか!」
「主役は魔族を倒した者じゃないよ」
横からソーが口を挟んだ。
今日のソーは、善ソーだ。穏やかだが、瞳の奥に冷えた光がある。
「生き残って、次の戦いにも立てる奴だ。
僕はそう思う」
「ああ? なんだよ、偉そうに」
「えらい、第4王子、一応」
「生意気な王子様だな。……でも、そうだな」
レイズはソーの肩を軽く小突き、俺の方を向く。
「おい、大将」
「は?大将?」
「絶対生き残るぞ。
魔族だろうが、倒す前にまず“死なない”ことを最優先にしろ」
それは、冗談抜きの声だった。
胸のペンダントが、同じタイミングで小さく震える。
(……同感だよ、相棒)
ラナの声が、少しだけ真面目になる。
(勇者でも竜騎士でも、死んだらそこで終わり。
“死なないで勝つ”ってのが一番かっこいいんだ)
「分かってるよ」
俺は短く答えた。
「お前もだぞ、レイズ。ミストも。
命は懸けても無駄にはすんなよ!」
「それ、魔剣ムラマサ所持者の君が一番言われる側の台詞だと思うけど?」
ソーがさらっと突っ込んできた。
カリナも小さく笑う。
「そうですね。あなたが言うと説得力はゼロですね」
「ひどくない?」
「ひどくないです。事実です」
そんなやり取りに、レイズが豪快に笑う。
「いいねぇ、こういう空気。
――よし、いってくる」
レイズは飛竜の鞍に足をかけ、そのままくるりと軽やかに乗り上がった。
ミストも無駄のない動きで続く。
「じゃあな、ウルシア王国。
次に会うときは、戦士の顔で会おうぜ」
レイズが片手を上げる。
俺も、それに手を上げて応えた。
二頭の飛竜が、夜空に向かって翼を広げる。
次の瞬間――轟音と共に、彼らは闇の中へ飛び立った。
「……行ったか」
風が一瞬だけ強く吹いて、俺の髪を揺らした。
(戻ってきてくれるかな)
ラナがぽつりと言う。
(だって――カエサルも自国を守らないとだしさ)
「……そうだな」
俺は胸元を軽く押さえ、城壁から見える闇の空を睨んだ。
魔族。
グリンデル陥落。
下位貴族ワーズ。
(待ってろよ、お前ら)
胸の奥で、小さく、静かに燃えるものを感じながら――
俺たちはそれぞれ、次の準備へと散っていった。




