第36話:刹那の愉悦と永遠の絶望ー4
ギリーエの視線が、まっすぐに俺を射抜いた。
「…わかった」
ためらいながらも、足は自然と前に出ていた。
カリナが静かに頷く。
ソーは表情を引き締め、だけど目だけは「一緒に行こう」と言ってくれている。
ミストは短く「頼りにしてるわ」と告げ、レイズは歯を食いしばりながらも「暴れられる場所が決まったな」と拳を鳴らした。
宴の喧騒が、遠い昔の幻みたいに感じる。
たった数分前まで、ここは笑いと酒と音楽で満ちていた。
「よくやった!」と互いの健闘を称え合い、「これからもよろしく」と冗談半分に肩を叩き合っていた。
その温度がまだ身体に残っているのに、目の前にあるのは、聖剣二本を持ちながら蹂躙されている国の現実だ。
(ねぇ)
ラナが、そっと問いかけてきた。
(大丈夫?)
「……正直、めちゃくちゃ怖い」
嘘はつけない。
聖剣を二本持ってた国が一日で落ちた。
魔族は遊び半分で人を殺し、聖剣の勇者の首を晒して笑っている。
その“連中”と、次は俺たちが戦う番だ。
(うん、私も怖い)
ラナは素直に認めて、それから、少しだけ笑った。
(でも――怖いからこそ、行こう)
「……そうだな、助けなきゃな」
胸元のペンダントが、かすかに震えた。
それが、ラナなりの「背中を押す」ってやつなんだと思う。
「――グリンデルを見捨てるわけにはいきません」
カリナの声が、大広間に響いた。
光の剣姫らしい、真っ直ぐな声。
「聖剣の勇者たちが倒れたのなら、その後を継ぐのが、私たちの役目です」
「同感だね」
ソーが剣の柄に手を添える。
腰の聖剣と魔剣が、かすかに震えた気がした。
「俺たちはもう、ただ“自国を守るだけ”の段階を過ぎている。 封魔戦争の残響と、真正面から向き合わなきゃいけない立場なんだ」
レイズが大きく鼻を鳴らす。
「いいねぇ、分かりやすくなってきたじゃねぇか。 “ぶっ潰すべき敵”がはっきりしてる方が、俺は好きだぜ」
ミストは小さくため息をつき、それでも目には氷のような決意を宿す。
「……まったく。 少しくらい、休ませてほしいものだけれど」
ギリーエは、そんな面々を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「では――宴の続きを、グリンデルでやれるように」
一瞬だけ、柔らかい笑みを浮かべる。
「まずは各国に伝令、カエサルの騎士や冒険者諸君は自国に戻り状況を伝えてくれ。 始めましょう、魔族と奪われた聖剣を取り返すための、最初の一手を」
安堵と高揚と楽しさで満たされていた夜は、そこで音を立てて終わった。
代わりに訪れたのは、封印が解け始めた“本物の魔族”との戦争の幕開け――
そんな言葉が、頭のどこかで、いやなほどはっきりと浮かんでいた。




