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第35話:刹那の愉悦と永遠の絶望ー2

 「今日も一段と美しいな、カリナ!」


宴がちょっと落ち着いたころ、いつものやり取りがまた始まった。


言うまでもなく、竜騎士レイズだ。


「なぁ、いい加減俺の女になってさー、  カエサルで一緒に竜騎士やろうぜ? な? 絶対幸せだって!」


「丁重にお断りします」


カリナは真顔で即答した。

ドレスの上に軽装の鎧。髪はいつもより少しだけ巻かれていて、普段より柔らかい印象……控えめに言って、とんでもなく美人だ。


「なら、オレがウルシア行っちゃおうかな〜。  あ、でもそうなるとミストが毎晩枕を濡らす――」


ごっ。


「静かに飲め」


ミストの拳が、無駄のない軌道でレイズの頭に落ちた。


「いってぇぇぇ!」


「毎回同じ口説き文句でよく飽きないわね。  別の口説き文句が出るまで殴ってあげようか?」


「コワ〜……ミストちゃん、今日冷たくない?」


「いつも通りでしょ」


レイズとミストのやり取りを、カリナは苦笑しながら眺めている。


「仲が良いのですね」


「全然、ただの腐れ縁よ」


そう言いつつ、ミストはちゃんとレイズのグラスに水を足していた。

本気で嫌ってたら、そんな世話は焼かない。


俺とソーは並んで、その光景を肴に酒を飲む。


「こういう“どうでもいいやり取り”ができるのってさ……」


ソーがぽつりと言う。


「本当は、すごく幸せなことなんだろうね」


「その幸せを当たり前にするんだろ」


「はは、そうだね、ごめん」


謝りながらも、ソーは苦笑するが瞳は真っ直ぐだ。

ソーは、そういうところはブレない、やはり王子なんだなと思う。


(……みんな良い顔してるしね)


「……良い顔?」


(うん、少なくとも今ここにいる人たちが、明日も生きてる未来を、前よりちゃんと想像できる)


――その未来が、次の瞬間粉々になるなんて、誰も思ってなかった。



「――失礼します!!」


大広間の扉が、勢いよく開いた。


楽団の演奏が止まり、歌声が途切れ、笑い声が凍る。

重い鎧のこすれる音だけが、妙に耳についた。


血と砂埃にまみれた鎧。

肩で息をしながらも、ぎりぎり礼を失わない姿勢。


伝令だ、と誰もが理解した。


「ウルシア…王…国!・第三騎士……団所属!伝令兵…マルス!」

「急報を……お届けに…参上いたし…ました!」


疲労と焦りで言葉がうまく出てきていない。


「落ち着いてください、マルス」


ギリーエが、さっきまでの穏やかな笑みをわずかに残しつつ、包み込むような声で言う。


「ここにいるのは、皆味方です」


マルスと名乗った兵士がギリーエの声を聞き落ち着きを取り戻す。

若い。俺より少し下くらいか。息が荒く、目の下には酷い隈。ここに来るまでに相当無理をして走り続けてきたのは一目で分かった。


「どこの国からの報せです?」


「……グ、グリンデル王国より!」


その名が出た瞬間、大広間の空気がぴん、と張り詰めた。


グリンデル王国。

亜人、獣人、ドワーフ、エルフ、人間――多種族が肩を並べて暮らす、文化と芸術の国。

そして、聖剣二本の伝承と伝記を持ち、「聖剣狙いで攻めれば他国から総叩きにされるから落とせない国」とまで言われていた、あのグリンデル。


レイズの顔から笑みが消える。

ミストが静かに目を細める。

カリナの背筋が、さらに一段階まっすぐになる。


「…グリンデルに、何が?」


ギリーエの問いかけは、さっきまでの柔らかなものではなく、王族としての責任を背負った声だった。


マルスは唇を噛み、震える手で血塗れの書状を差し出す。


「王都グリンデルより、脱出に成功した者からの伝文にございます……!」


ギリーエがそれを受け取り、魔法灯の下で開く。

その肩越しにソーとカリナが覗き込み、カエサル側からはミストとレイズが身を乗り出す。


俺は文字までは見えないが――マルスの震える声が、代わりに内容を空間に刻みつけていく。


「……魔族の、出現を確認……!  名は、下位貴族ワーズと、その配下四体。  ――合計、五体の魔族により――」


ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。

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