第33話:傷ついた烏ー2
部屋の中央に、沈黙が落ちた。
コラキ、ヴァリス、クレーエ、クロウ。 それぞれが傷だらけの体を円卓の周りに置き、カラスの言葉を待つ。
レイヴンとヴラーナとクエルボの姿は、ない。 もう、この場に戻ってくることはない。
それでも、誰一人として彼らの名を口に出そうとはしなかった。 出した瞬間に、空気が決壊してしまうのを、本能で理解しているからだ。
代わりに――カラスが、静かに口を開いた。
「総括しよう」
淡々とした口調で、しかし、一言一言を嚙み締めるように。
「我々八咫烏は――」
一拍。
「人員三名喪失。 レイヴン、ヴラーナ、クエルボ。 初めて仲間を失った」
その名が出た瞬間、ヴァリスの肩がわずかに揺れ、クレーエが唇を噛んだ。 コラキはふぅ、と長く息を吐く。 クロウは目を閉じ、3人の名を心の中でもう一度呼ぶ。
「アーティファクトも、一つ喪失。 《デザート&イーグル》は敵の手に渡った」
コラキの口元が歪む。 悔しさとも、諦めともつかない笑み。
「戦略的には――」
カラスは、そこでわざと一度言葉を切った。
「引き分け、もしくは、わずかに我々の“負け”だ」
誰も反論しなかった。
そこから先の言葉を、全員が待っている。 「それでも、まだ終わらない」と言ってくれるのを知っているから。
「だが、成果もある」
カラスは指を折って数え上げる。
「セイレーン武装化の追跡能力を破壊。 ローディオの右腕を封印し、その戦い方の一端を掴んだ。 竜王ウォールの“情報と癖”をクレーエがコピー。 残り二本の魔剣、《オニマル》《ムネチカ》の手がかりを得た。 ウルシアとカエサルの主力戦力――ソー、カリナ、竜騎士三名、聖騎士ローディオ、竜王ウォール、あの武装化の男……その実力と性格も、かなり見えてきた」
カラスは地図から視線を上げ、仲間たちを見回した。
「そして何より――」
その目が、少しだけ優しくなる。
「誰も、戦いを“やめていない”」
クレーエの目から、ぽろり、と涙がこぼれた。 ヴァリスが大きな手でその頭を撫でる。
クロウは静かに瞼を閉じ、仲間の鼓動を確かめるように、ゆっくりと息を整えた。 コラキは、いつものようにヒヒヒと笑いながらも、目の奥にだけは悲しみを隠せていなかった。
「――だから、次の段階に移行する」
カラスの声が、空気を引き締める。
「作戦名は、《戦力増強》だ」
◇
「今までは、封印戦争の“残響”を揺さぶる段階だった。 ウルシアとカエサルという二つの大国が、どれほどの力を持ち、どれだけ聖剣・魔剣・アーティファクトに依存しているか。 それは、もう十分すぎるほど分かった」
カラスは、指で地図上の二つの国境をなぞる。
「だが、これから先は、それだけでは足りない。 封印を解くには、ただ武具を集めるだけではない。 “戦う理由”を持った戦力がいる」
「ヒヒ、つまり……兵隊集めってわけかい?」
コラキがニヤニヤと笑う。
「“仲間”だ」
カラスはさらりと言った。
「人間に限らない。魔獣、亜人、封じられた古き種族。 封印戦争の裏側には、まだ表に出ていない“もう一つの歴史”がある。 そこを掘り起こすのが、次の我々の仕事だ」
「具体的には?」
クロウが問う。
「役割を分担する」
カラスはまず、クレーエを見た。
「クレーエ。お前はしばらく前線から外れろ」
「えっ……」
思わず顔を上げるクレーエ。
「ウォールのコピーを安定させろ。 それから、今回戦った相手――ウォール、ミスト、カリナ、ソー、あの武装化の少年、竜騎士たち――それらの“戦闘データ”を整理しろ。 お前の中で、敵のイメージを固めるんだ」
「で、でも……私、また失敗したら……」
「失敗してもいい」
カラスは即答した。
「お前は、失敗しても死なない位置で戦えばいい。 お前がいるだけで、我々の情報精度は桁違いに上がる。お前は“必要不可欠”だ」
クレーエの目に、また涙が滲んだ。 今度は、少しだけうれし涙が混ざっていた。
「ヴァリス」
「おう」
「お前は、魔獣の領域に行け。 獣化魔法を極めたお前なら、あいつらとも話ができるはずだ。 封印戦争の時代に、人間と一緒に戦った神獣や古き魔獣たちの“子孫”竜王ウォールのようなやつが、どこかでまだ生きている。 それを探せ」
「ははっ、任されたわ」
ヴァリスは豪快に笑う。
「どうせじっとしてるのは性に合わないしね! 暴れながら友達探してくるわ!」
「コラキ」
「ヒヒ。嫌な予感しかしないねぇ、ボス」
「お前は、裏方に回れ」
意外な言葉だった。
「お前の本当の武器は、炎でもデザートでもない。 “頭”だ。 各地に散らばる情報をまとめ、コルトを使って必要な人間の記憶を書き換える。 我々のために動く協力者を、少しずつ増やせ。」
「ヒヒ……楽しそうな役回りだな」
コラキは舌を出して笑った。
「いいねぇ。国の要人を八咫烏のスパイに塗り替えてやるのは、ずっと前からの夢でね」
「やりすぎるなよ」
「分かってるさ。バレない程度に、だろ?」
「それと…何か隠しているだろう、自分の中で固まったら言ってくれ」
そう言いながらも、その目は本気だった。
「あぁ」
「次にクロウ」
「……」
「お前は、俺と来い」
カラスの言葉に、クロウが眉を寄せる。
「どこへ?」
「《オニマル》と《ムネチカ》の眠る地だ。 情報を得た以上、動かない理由はない。 今度は、無策には挑まない」
カラスが、ゆっくりと立ち上がる。
「ローディオとの次の戦いまでに、必ず“対抗手段”を完成させる」
その目は、静かな闘志で燃えていた。
◇
「最後に――」
カラスは、全員を見回した。
「我々は、まだ“負けてはいない”」
その一言で、空気が変わる。
「レイヴンも、ヴラーナも、クエルボも。 死んだ者たちは戻らない。 だが、あいつらが命を張って剥がした“封印”も、確かにここに残っている」
カラスは地図を指先で叩き、聖剣・魔剣・アーティファクトの場所に置かれた駒を弾いた。
「封印戦争は、千年前に終わっていない。 あれはただ、“先送り”にされただけだ」
外では、夜の風に乗って、カラスの鳴き声がかすかに聞こえる。
「俺たちは、その“先送りされたツケ”を、一度まとめて精算してやるだけだ。 聖剣も、魔剣も、アーティファクトも、全部回収する。 封印を解くのも、その解かれた封印の先で笑うのは、魔族でもイーリス大陸でもアルカ大陸でもなく――俺たちだ」
ヴァリスが笑う。 コラキがヒヒヒと喉を鳴らす。 クレーエが涙を拭いてうなずく。 クロウが静かに刀の柄に手を添える。
「全員、覚悟はできているな?」
返事は一つずつ、短く、しかし重かった。
「おう!」
「ヒヒ、もちろんさ」
「……が、頑張る……!」
「ああ」
カラスは満足そうに目を細めた。
「――ならば、八咫烏は《戦力増強段階》へ移行する」
「その前に、レイヴン、ヴラーナ、クエルボ、仲間たちを迎えに行こうか」
その宣言と同時に、外の闇の中を、何羽もの黒い影が飛び立っていく。
封魔戦争の残響は、徐々に形を取り始めていた。 それはまだ、“次の大戦”の前触れでしかない。
だが、この夜。 傷を負った烏たちは、互いの傷を舐め合い新たな目的地へ旅立つ決意をした
誰も知らないところで、“歴史”が刻まれる物語の始まりが動き出した。




