第3話:聖剣ラナ
いつも読んでくださってありがとうございます!
第3章は、ついに「雑用係」の“いつも通り”が完全に壊れる回です。
できるだけ息継ぎできないテンポで書いてます。
※本章は街が壊れたり人が死んだりする描写があります。苦手な方はご注意ください。
ミリアに着いてニ日目の昼下がりだった。
俺はギルド併設の倉庫で箱の山と格闘していた。荷札を確認して、傷んでる袋を別に分けて、帳面に数字を書く。ただの雑用だ。だけど今の俺には、この「いつも通り」が妙にありがたかった。
そんな空気を、バン!と扉を開け放つ音がぶち破った。
顔を上げると、受付の男が息を切らせて立っている。その肩越しに、弓を背負ったリード、双剣のカナ、大剣を担いだガロウが見えた。三人とも、いつもの軽さをつとめて纏っていたが、目の奥は違った。
「……どうした」
無意識に口から出ていた。リードがちらりとこっちを見る。
「例の古城に、討伐隊が出ることになった。聖剣ラナの奪還だ」
短く、それだけ。
ギルドの空気が一瞬で変わった。ざわめきが引き、誰かが息を飲む音が聞こえた。
「お前らも行くのか」
「ええ」
答えたのはカナだった。口元だけ笑っているが、手は無意識に柄を握っている。
「ミリアの精鋭を集めた部隊らしい。ウルシアから来てた人間も何人か合流するって」
ガロウが鼻で笑った。
「ま、俺らが行かねぇわけにはいかねぇだろ。俺が聖剣ラナを持ち帰る」
「ガロウは魅了されなそうだもんな」
俺がそう返すと、三人は同時に吹き出した。張り詰めた空気が、ほんの少しだけ緩む。
「兄ちゃんは、来ちゃダメだぞ」
ガロウが言う。
「これはもう、雑用の仕事じゃねぇ。……いいな?」
当たり前だ、俺が行っても足を引っ張るだけだ。
そんなことを、ふと思った。
「……気をつけろよ」
それしか言えなかった。
三人はそれぞれに頷き、ギルドを出ていった。背中はいつも通り大きく見えたのに、今までで一番遠かった。
夕方から夜にかけて、ミリアの街は不自然な静けさに包まれた。
酒場の歌声も、いつもの半分。酔っぱらいの笑い声も途切れ途切れだ。俺は宿の部屋で寝転んだまま、天井の木目を延々と数えていた。まぶたを閉じれば、リードたちの背中と、ギルドの男の張り詰めた声が何度でも再生される。
眠れそうにないので、服を着直して外に出た。
夜気は冷え込んでいた。王都の外れの小高い丘に登ると、古城の方角を見た。その上空で、かすかに光が瞬いた。
――聖剣の光か?。
どれくらい見ていたのか分からない。時間の感覚が薄れていく中、ひときわ大きな閃光が一瞬だけ夜を切り裂く。
それきり、なにも光らなかった。
闇だけが残る。
俺は丘の上で、しばらく動けなかった。
明け方。
宿全体が震えるほどの轟音で、目が覚めた。胸の奥が冷たい。起き上がるより早く、身体が勝手に窓へ向かっていた。
窓を開ける。
空に浮かぶ影があった。
白く光る剣を片手に磨りガラスのような光を纏う男。顔は陰になって見えない。ただ、目だけが、異様な白さでこちらを見下ろしている気がした。
「聖剣ラナ…」
その周囲に、複数の大きな影が並んでいた。
鯨のような巨大なもの。翼を持つ石の鳥。炎を噴く蜥蜴。雷を纏う狼。どれも、リードたちが「神獣クラスモンスター」と呼んでいたような存在だ。
喉が鳴る。
おそらく聖剣ラナの能力だろう。
それを、何のためらいもなく最大まで使っている印象だ。
次の瞬間、白い光が地上へ降り注いだ。
ミリア王都の塔が一つ、音もなく折れた。
屋根ごと家が消え、石と木片が空へ舞い上がる。
逃げ惑う人の影に、空から火が降る。
悲鳴と、爆音と、獣の咆哮。
世界が壊れる音が、耳の中で飽和していく。
俺はようやく、自分の足で床を蹴った。
宿の階段を駆け下り、扉を蹴るように開ける。
外はもう戦場だった。
遠くの広場で兵士が防御陣形を組み、魔法使いらしき者が詠唱しながら防壁を張る。だが、それを上から白い斬撃が容赦なく切り裂いていく。
空鯨が低く鳴いた。
重い空気の震えだけで、人々の膝が折れる。
――俺は、なにをしている。
足は、別の方向へ向かっていた。
道中カナから聞いた話を思い出す。
神獣クラスのモンスターが二体、縄張り争いで相打ちになり、その死骸が解体場に保管されている――クリスタルワイバーンと、アークサーペント。
あの二体。
無意識に、歯を食いしばっていた。
リードたちは戻らなかった。
あの古城の光が消えたとき、薄々分かっていた。
なのに俺は、ただ見ているだけだった。
……今も、見ているだけか?
違う。
足を前に出す。一本。もう一本。
やがてそれは走りになり、石畳を蹴る音が連続した。
目指すは、街の外れ。屠殺場と解体場の集まる区画。
視界の端で、何かが光る。反射的に身を捻った。
白い線が、さっきまで俺の胸があった空間を通り過ぎる。
石畳がそこだけ消し飛び、砂煙が舞った。
聖剣ラナの斬撃。
空から放たれた一振りが、地面ごと世界を抉った。
心臓が喉の奥を叩く。
だが足は止まらない。止めない。
角を二つ曲がる。細い路地を抜ける。
息が焼けるほど苦しい。だが頭は妙に冷静だった。
正面の建物の屋根が崩れ落ち、土煙とともに木片が雨のように降ってきた。腕で頭を庇いながら抜け、低く飛んできた石を跳び越える。
遠くでまた、空鯨が鳴いた。その声に重なるように、人の悲鳴が一つずつ途切れていく。
――間に合え。
走りながら、何度も心の中で繰り返していた。何に対してかは、分からない。ただそうせずにはいられなかった。
解体場の鉄扉が見えた。
厚い鉄板に、獣を模したマーク。鍵は歪み、半開きになっている。短く息を吸い、扉に肩をぶつけるようにして中へ滑り込んだ。
ひんやりとした空気と、鉄と血の匂い。
大きな作業台がいくつも並び、その奥――冷気の溜まった暗がりに、それは横たわっていた。
クリスタルワイバーン。
全身が透明な鱗に覆われた竜。翼は半ば折れ、胸には深い咬み傷。
アークサーペント。
雷を纏った巨大な蛇。体のあちこちが抉れ、牙が数本折れている。
二体とも、完全に動きを止めていた。
完全に、死んでいる。
――条件は、揃っているはず。
喉が乾く。掌に汗が滲む。
スライムとゴブリンのときと同じだ。
だが、桁が違う。
この二体を武装化すれば、俺は一時的に“神獣クラスモンスター”の力を握ることになる。
それでも、迷いは一瞬だった。
迷っている間に、誰かが死ぬ。
さっきまで、それを目で見てきた。
俺は、クリスタルワイバーンの胸に手を伸ばした。
触れた瞬間、世界が裏返った。
冷たいはずの鱗が、火傷しそうなほどの熱を持って肌に貼り付く。
視界が白と青に弾け、骨が軋み、筋肉が別のものに組み替えられる感覚。
叫び声を上げる暇もなかった。
気づけば、俺は立っていた。
全身を覆う、水色く機械のような結晶の鎧。
腕から指先にかけて流線型の甲が走り、胸と背には薄く折り重なるクリスタルの装甲。
一歩踏み出すたび、床にかすかな衝撃が響いた。
硬いのに、重さはほとんど感じない。
身体の中心に、もう一つ脈動があるような感覚。
それが、クリスタルワイバーンが持っていた魔力だと、直感的に分かった。
その流れを、今度は隣のアークサーペントへ向ける。
巨大な蛇の頭に手を置いた瞬間、また別の熱が腕を駆け上がった。
両手の中に、重みが生まれる。
気づくと、俺は二本の剣を握っていた。
長さは身の丈ほど。
黒に近い金属の刃が、内側から淡い黄色の光を漏らしている。
振ってみれば、空気が短く裂け、刃の周りに小さな火花が散った。
アークサーペント――雷を司る蛇。
その力が、今はこの双剣の形を取っている。
「……やるしかねぇだろ」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
解体場の扉を蹴り開ける。
外の光が、クリスタルの装甲に反射して瞬いた。
街は、地獄だった。
石畳はあちこちで割れ、屋根は崩れ、煙が立ち上る。
人が倒れている。叫んでいる。呻いている。
空では、聖剣ラナを握った男が、まるで玩具を壊すみたいに斬撃を放ち続けていた。
その周囲を回る神獣たち。
空鯨が咆哮し、衝撃波で建物を吹き飛ばす。
炎蜥蜴が火球を吐き、石造りの家が炎に包まれる。
雷狼が走り、通りごと電撃が駆け抜ける。
一歩踏み出すたびに、誰かの悲鳴が聞こえた。
クリスタルの装甲越しに、心臓の鼓動が伝わってくる。
脈が合う。違う生命が、自分の中で生きている。
上を見上げる。
聖剣ラナの持ち主――魅了されたAランク冒険者。
表情は見えない。だが、そこに自我の色はなかった。
白く濁った光だけが、空洞のように空を見下ろしている。
あれはもう、人間ではない。
「いくぞ」
双剣を握り直し、足に力を込める。
地を蹴った瞬間、雷が足元で弾けた。
身体が軽い。
石畳を三つ分、一気に飛び越え、崩れた屋根から屋根へと駆け上がる。
クリスタルワイバーンの魔力が脚に流れ込み、筋肉を焼くように強化している。
大通りに出たところで、視界の端に動く影があった。
子どもを庇うようにして立っていた兵士の前に、白い斬撃が落ちる。
考えるより先に身体が動いた。
双剣を交差させて前に出す。
白い線と剣がぶつかり合い、耳を裂くような音がした。
刃の先端で、透明な壁が生まれる。
クリスタルワイバーンの魔法防壁。
装甲全体から魔力が集まり、目に見えるほど濃い膜を作る。
斬撃が弾かれ、光が四散した。
自分でも、少し驚いた。
「逃げろ!」
振り返りもせず叫ぶと、兵士が子どもを抱えて駆け出す気配がした。
俺はそのまま屋根へ跳び上がる。
聖剣ラナが、こっちを向いた。
白い光が、わずかに濃くなる。
次の瞬間、斬撃が三本、矢のように飛んできた。
一本目は正面から弾く。
二本目は身体を捻って避ける。
三本目は、避けきれない角度で飛んできた。
とっさに、左腕を前に出した。
刃が結晶装甲を裂く感触があった。だが、そこで止まる。
内側で何かが砕け、魔力が弾ける音がした。
「っ……」
痛みはある。だが、腕はまだ動いた。
クリスタルワイバーンの装甲がなければ、今ので身体ごと両断されていただろう。
「助かった……」
自分に言い聞かせるように呟く。
上空で、空鯨がまた低く鳴いた。
今度は、そいつに狙いを定める。
双剣の一本を逆手に構え、全身の力を込めて投げた。
雷を纏った刃が空を裂き、空鯨の首元へ一直線に飛ぶ。
刃が鱗に突き立った瞬間、そこから雷光が爆ぜた。
空鯨の咆哮が悲鳴に変わる。
巨体がバランスを崩し、空中で一度仰け反ってから、ゆっくりと落ちていった。
俺の手の中には、もう一本の双剣が残っている。
投げたほうの剣に意識を向けると、全身が雷に変わり投げた剣に向かい瞬間的に移動していた。
「黄色い閃光かよ」
いまいましく笑ってみせる。
聖剣ラナの持ち主は、空鯨が墜ちたことに反応したのか、ほんのわずかにこちらへ飛び出してきた。
間合いが、縮まる。
白い斬撃と、黄の雷光。
空中で、それぞれの色が交錯した。
防御に徹すれば、ラナの斬撃は防げる。
だが、それだけでは終わらない。
一歩踏み出す。
足元に小さな円が描かれたように、雷が走った。
それに合わせるように、身体を前へ滑らせる。
双剣で受けた一撃を、力任せに弾く。
その反動で相手の体勢がわずかにぶれる。
胸の装甲が、熱くなる。
クリスタルワイバーンの魔力が、防御に回っていた分を一気に攻撃へと解き放とうとしているのが分かった。
「……ここだ」
吐息と同時に、双剣を横一文字に振り抜く。
雷光が白い光を割り、その隙間から刃が肉を断った感触が伝わる。
聖剣ラナの持ち主の身体がぐらりと傾き、そのまま空から落ちていった。
ラナの白い光が、ふっと弱まる。
同時に、空に浮かんでいた神獣たちの影が次々と霧散していった。
世界から、音が消えた。
気づけば、俺は地面に膝をついていた。
結晶の装甲はひびだらけで、ところどころ砕けている。
手の中の双剣も、刃の半分が欠けていた。
おそらく2体の神獣の魔力が尽きかけている、そんな気がした。
呼吸が重い。
それでも、目だけは閉じなかった。
目の前に、聖剣ラナが落ちていた。
先ほどまで人を殺し、街を焼いていた剣。
今はただ、冷たい金属の棒のように見える。
それでも、その中にひそむ何かの気配は消えていなかった。
伸ばした手が、柄に触れる。
冷たい感触。
心臓が、一回大きく跳ねた。
だが――何も起きなかった。
意識を奪われることも、視界が白一色になることもない。
ただ、重みだけが手の中にある。
「……暴れんなよ」
握りしめたまま、立ち上がる。
クリスタルの装甲が、ぱらぱらと剥がれ落ちた。
足元に散らばった破片は、しばらく光ってから、やがて砂のように消えていく。
遠くで、誰かが泣いていた。
誰かが名前を呼び、誰かがそれに答えない。
ミリアの街は、完全には元に戻らないだろう。
それでも――
俺の手の中には、聖剣ラナがある。
暴走の元凶であり、同時に、これから始まる何かの鍵でもある。
リードたちの姿は、どこにもなかった。
古城で消えた光景が、脳裏に焼きついて離れない。
「……見てろよ」
誰に向けての言葉か、自分でも分からない。
ただ、言わずにはいられなかった。
俺はラナを肩に担ぎ、崩れかけた街を見渡した。
二つの月が、煙の向こうでかすかに光っている。
その下で、俺の世界は、元の場所から完全に外れてしまっていた。
そのことだけは、はっきりと分かった。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
「雑用係で終わる予定」だった主人公、ついにやらかしました(良い意味でも悪い意味でも)。
神獣素材を“武装化”して戦う
聖剣ラナの暴走を止める
でも代償として、街は元に戻らない/仲間も戻らない
この章で、物語のギアが一段上がりました。
そして主人公の手に残ったのが――聖剣ラナ。これが“希望”なのか“呪い”なのかは、次章以降でじわじわ効いてきます。
感想・誤字報告・ブクマ・評価、めちゃくちゃ励みになります!
次回は「聖剣を手にした雑用係」が、周囲からどう見えるのか、そして“封印が揺らぐ世界”がどう牙を剥くのか…その辺りを濃くしていきます。




