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第29話:龍王の覇気

 クレーエの瞳が光を宿す。


 ウォールを見ている。  その筋肉の動き、魔力の流れ、闘力の高まり。  一瞬一瞬を、目と魔力で“写し取って”いく。


(この人を完全にコピーするなんて、今の私には無理……) (でも、せめて“土台”だけでも――)


 彼女は自分の限界を理解している。  だからこそ、そのギリギリのラインで勝負する。


 ヴァリスが再び獣化を進める。


 背中から、狼のような毛並みと巨大な尾が生えた。  肩には骨のような装甲が突き出し、牙はさらに長く伸びる。


「第二段階だ」  ヴァリスが拳を握る。 「――ここからが本気だぜ、竜王!」


「そろそろ終わりにしようかと思ってたところだが」  ウォールは肩を回す。 「もう少しだけ、付き合ってやる」


 彼の背中の翼が大きく広がった。


 黒銀の鱗が首筋から頬にかけて覆い、目の色が完全に竜のそれになる。


 竜気が爆発した。


 それだけで、近くにいたパラディンたちが膝をつく。


「うっ……! 空気が……重い……!」


「下がれ! 巻き込まれるぞ!」


 彼らは本能的に、一歩、二歩と後退した。


 ウォールとヴァリスの間の空間だけが、別の世界になった。


「うわぁぁぁぁっ!!」


 ヴァリスが吠えながら飛びかかる。  獣化した拳、脚、尾、牙――全ての武器をフルに使って、竜王に襲いかかる。


 ウォールは――受けない。


 一歩目を横へ。  二歩目で懐に。  三歩目にはもう、ヴァリスの顎の下に拳を潜り込ませている。


「《ドラゴン・殴り》」


 ガンッ!!


 顎を殴られたヴァリスの視界が、真っ白に弾けた。  体が持ち上がり、そのまま地面を転がる。


 だが、倒れない。


「まだ、まだぁぁぁっ!!」


 獣化した尾が地面をえぐり、無理やり体を止める。  ヴァリスは血だらけの顔で笑った。


「終わりにするか……」  ウォールが少し呆れたように言う。 「ここまでしても、まだ戦う意思があるのか」


「あるに決まってんだろ……!」  ヴァリスは虚ろな目で歯を食いしばる。 「私がやられたら、クレーエが死ぬ。あいつは昔っから頭も良くて魔力も高ぇ、でも戦えねぇ」


 その背後で、クレーエが震えながら叫んだ。


「わ、私は戦えるもん!」 「今回のお前の“戦い”は、データ取りと撤退判断だろうが」  ヴァリスはほぼ意識がないまま笑う。 「カラスも言ってたろ。クレーエは八咫烏にとって必要不可欠だって」


 ウォールは、その言葉にわずかに目を細めた。


(必要不可欠か、ここで消す必要が出たな)


 彼はクレーエの方へ、一歩だけ視線を向ける。


 その瞬間――クレーエの魔力が満ちた。


(今!)


 彼女の中で、ひとつの“像”が完成する。


 竜王ウォールの、筋肉の動き。  魔力の流れ。  闘力のうねり。  戦いながら、ずっと“見続けて”きたそれが、一枚の絵のように脳裏で繋がった。


「――《明鏡:ウォール》」


 クレーエの手の中に、小さな光の結晶が生まれた。  誰にも見えないように、そっと握り込む。


(これでいい……これを、いつか――)


 その瞬間、ウォールの気配が、急激に近づいた。


「っ……!」


 次に視界に映ったのは、竜の拳だった。


 中途半端な防御魔法ごと、クレーエの体が空中を弾かれる。  パラディンたちが慌てて結界を張り、衝撃だけはなんとか受け止めた。


「クレーエッ!!」


 ヴァリスが叫び、ウォールに飛びかかる。


 竜と獣の拳がぶつかり、互いに後退する。  しかし、バランスを崩したのはヴァリスだ。


 ウォールの膝蹴りが鳩尾にめり込み、続けざまの肘が背中に落ちた。


「――ッ!!」


 喉から声も出ない。  ヴァリスは膝から崩れ、地に伏した。


 ウォールが、とどめを刺すべく拳を振り上げる。


 その拳が、途中で止まった。


 クレーエが、ヴァリスの前に飛び出してきたからだ。  ボロボロの体で、震える腕を広げて――。


「や、やめてください……! 降参、降参ですっ……!」


 声は震え、足も震え、今にも倒れそうだ。  だが、その手の中には、さきほど握り込んだ光の結晶がまだ残っている。


 ウォールはしばらく黙って見下ろし――それから、拳を下ろした。


「……いけ」


 彼は背を向ける。  パラディンたちが、一斉に武器を構え直した。


「追わないのですか、竜王殿!」


「今追わなければ!」


「いや、俺の任務は王都の守護だ、あの男との約束は果たした」


 ウォールは肩越しに言った。


 ヴァリスが、地面に手をつきながら笑った。


「……覚えていやがれ……」


「次はもっと楽しませてみせろ」


 クレーエは、何度も何度も頭を下げながら、ヴァリスの肩を支えて立ち上がる。


「す、すみません……すみません……」


「あんな奴に謝んなよ、クレーエ」  

ヴァリスはその頭を軽くこづいた。


「目的は果たせたんだろ?」


 クレーエは、小さく頷く。  握り込んだ拳の中で、光の結晶が静かに脈打っていた。


(――竜王ウォールの“枠”は、手に入れた)


 それはまだ、ただの“枠”だ。  だが、そこにどれだけ魔力を流し込み、どれだけ時間をかけて“理解”を深めるかで――


 いつか、本物と変わらないコピーが生まれるかもしれない。


「じゃあな、竜王」  ヴァリスが振り返る。

「次は、殺してやるからなぁ!!」


「楽しみに待っている」  ウォールは短く答えた。


 次の瞬間、クレーエの足元に転移陣が展開する。  二人の姿が、光の粒となって空へ消えていった。


     ◇


「……追撃の準備は?」


「いつでも可能ですが……」


「やめておけ」  ウォールは、人間の姿へと戻りながら言った。 「今は民を安心させるのが先だ」


 彼は城下の方を見下ろす。


 怯えた顔。  泣き出した子ども。  それでも歯を食いしばって店を閉めずに立つ商人たち。


「竜王様、万歳だ!」 「ウルシアは守られたぞ!」


 歓声が、徐々に広がっていく。


「カエサルの俺がウルシアで英雄扱い、これもあの男の作戦のうち、か、食えない男だ」


 ウォールは歓声を聞きながら、ふっと笑った。


(――さっきの小娘に、別の目的を果たさせてしまったか)


 気づいていないわけではない。  だが、それでも良いと判断した。


竜王ウォールは、口元だけで笑った。


(十中八九、俺のコピーをとった、と言ったところか、かまわん!楽しみだ)


 その頃、遥か離れた場所で。


 クレーエは、ヴァリスの背中におぶられながら、小さな光の結晶を見つめていた。


「……とったよ、ヴァリス」


「おう。さすが、うちの天才魔道士だ」


 ヴァリスは豪快に笑う。


「次に会う時は、“竜王ウォール”をぶつけてやろうぜ」


 その言葉の実現は、遠い未来の話ではないことを確信している2人だった。


 大陸のどこかで、新たな“世界の脅威”が芽吹いた瞬間だった。

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