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第28話:獣王の黒翼と魔導の黒翼

 ウルシア王都の上空が、獣の咆哮で裂けた。


「――来たか」


 城壁の上で、竜王ウォールがゆっくりと立ち上がる。  巨大な岩のような筋肉が、吹き上がる風をものともせず隆起する。


 彼の視線の先――


 黒雲を蹴り飛ばすように、ひとつの影が落ちてくる。

 筋肉の塊みたいな女だ。上半身は人間だが、腕と脚はもう人の形をしていない。  

 獅子と熊と竜を混ぜたような、分厚い毛皮と鉤爪。闘気が炎みたいに噴き上がっている。


「――ふむ、強いな」


 ウォールが低く呟いた瞬間、女が口角を吊り上げる。


「おーおー、なんでアンタがこんなところにいるんだぁ?竜王ウォール」  ヴァリスは牙を見せて笑う。「聖騎士カリナを食べる予定だったのにな」


 その少し後ろ、城壁から距離を取る位置に、もうひとつの影がふわりと降り立った。


 フードを目深にかぶった、小柄な女。  長い前髪の奥から覗く瞳は、怯えたように揺れ、手は小さく震えている。


「ヴァ、ヴァリスぅ……作戦変更っ… あの竜王ウォールがいるなんて想定外すぎる……」


「何言ってんだクレーエ。お前だって『強い騎士のデータ取りたい〜』って言ってたろーが」


 ヴァリスは片手で彼女の頭をわしわし撫でながら笑う。


「だ、大体カラスが……わ、私は別に……その……

しかも、竜王なんて強い騎士の枠から飛び出てるし……」


「大丈夫だ、俺にとっちゃ竜王ウォールも想定内だ」  

ヴァリスの獣腕が、ぱきぱきと音を立てて巨大化していく。


 城壁の上では、パラディンたちが既に布陣を整えていた。


「竜王殿、いつでも支援できます」 「正面は我らが受け止めましょう!」


 鋼鎧に身を包んだパラディンたちが、盾を構える。  ウォールは軽く頷き、マントを払った。


「悪いが、正面は俺がやる」  その声は静かだが、揺るがない。 「お前たちは、街に被害を出させるな。それだけでいい」


「はっ!」


 短い返答とともに、パラディンたちは陣形を変える。  竜王の前に“道”を開けるように、左右へ退いた。


 ウォールは、ひとつ深呼吸をした。


「――竜気解放」


 低い呟きと共に、彼の周囲の空気が変わる。  見えない圧力が辺り一帯を押し潰すような、重い重い気配。


 背中のマントが裂け、そこから黒銀の鱗と翼が現れた。  靴の中から覗く足も、爪の生えた竜のそれへと変わっていく。


 竜と人の中間――竜王ウォールの“竜化”状態。


「おお……」


 城壁の上の兵たちが、ごくりと喉を鳴らす。  それだけで、彼の“格”が分かる。


 ヴァリスは、その姿を見て、心底嬉しそうに笑った。


「いいねぇ。ウルシアに来させてくれたカラスの野郎に感謝だな。 ん?じゃあカエサルには誰がいるんだ?まぁ細かいことはいいかぁ!」


「すまんが、女だからといって加減はなしだ、ある男にここを頼まれた以上はな」  


ウォールは、わずかに口元を吊り上げる。


「全力で来い。でなければ、何か別の目的が果たせぬだろう?」


 その言葉に、クレーエの肩がビクリと震えた。


「バ、バレてる!?……」


「挙動が物語ってるぞ、小娘」


 ウォールはちらりとクレーエを見る。


「お前、戦場を前にして、一番最初に“退路と収穫”を計算する目をしてる」


「ひっ……!」


 図星を刺され、クレーエは情けない悲鳴を上げて後ずさる。  だが、その耳元でヴァリスが笑った。


「クレーエ、それは褒められてんだよ、なぁ竜王?」


「ああ。あまりにも貴様の魔力が高いから観察せざるを得なかったからな」  


ウォールは平然と答える。


「……だが、今日は目的も果たせず散ってもらう」


 次の瞬間――


「ウオォォォッ!!」


 ヴァリスの獣腕が、地面を抉り砕いて突撃してきた。


     ◇


 獣の右腕が城壁ごとウォールを薙ぎ払う――直前に、ウォールの足が一歩前に出ていた。


 ガンッ!!


 音が、遅れて聞こえた。


 ウォールの片腕とヴァリスの獣腕がぶつかる。  衝撃で周囲の石が砕け、土が吹き飛び、近くにいた兵士が吹き飛ばされる。


「た、盾ぇ!」 「結界、上げろッ!!」


 後方のパラディンたちが慌てて防御障壁を展開する。  光の壁が、破片と衝撃波を受け止めた。


 ウォールは、びくりとも動かない。


 ヴァリスが、ニヤリと笑う。


「うむ、良い一撃だ」


「腕一本で防がれたのは、流石に初体験だ」


 二人は親しげに軽口を叩きながら、押し合ったままだ。  だが、その足元では、地面が蜘蛛の巣のようにひび割れ続けている。


 ウォールがほんの少し腕を押し返すと、ヴァリスの足がずる、と滑った。


 それだけで、クレーエの顔から血の気が引く。


(まずい……やっぱり、素の力じゃヴァリスでも押される……)


 彼女は震える指で杖を握りしめ、息を吸い込む。


「――《明鏡》」


 クレーエの足元に、複雑な魔法陣が展開する。  紫色の光が塔のように立ち上り、その中から――もうひとりのヴァリスが現れた。


 さっきと同じ、獣腕獣脚の女戦士。  本体と見分けがつかないほど完璧なコピーだ。


「いつ見ても不気味だぜ!」  ヴァリスが笑う。 「行け、ニセモノ! 竜王を後ろからぶっ叩け!」


「コ、コピーに命令しないで……っ」  クレーエは慌てて両手を広げる。 「《魔ノ穿ツ怒リ》!」


 彼女の体から魔力がドッと流れ出し、本物とコピーのヴァリスの身体へと注ぎ込まれた。


 二人のヴァリスが同時に吠える。


「「オラァァァッ!!」」


 本体が右から、コピーが左から。  獣化しパワーアップした巨大な拳が二方向からウォールを殴りつける。


「竜王殿ッ!!」


 パラディンたちが思わず叫ぶ。


 ウォールは――笑っていた。


「面白い連係だ」


 両側からの拳を、ウォールは両腕でそれぞれ受け止めた。  右腕で本体、左腕でコピー。


 ひとつひとつの打撃は、さきほどよりさらに重い。  それを、膝ひとつ曲げずに受け止める。


 その背後で、パラディンたちが息を呑む。


「ば、化け物だ……」 「あれが竜王ウォール……」


 ヴァリスは、殴りながらも目を細めた。


「――楽しいな、おい」


「それはこっちの台詞だ」


 ウォールの瞳が、わずかに細くなる。  次の瞬間――地面が消えた。


 いや、違う。  ウォールが、あまりにも速く前に出たので、踏み砕かれた地面の方が後ろへ吹き飛んだのだ。


「《ドラゴン・頭突き》」


 低い声とともに、ウォールの頭突きが本物ヴァリスの腹にめり込む。


「ぐほっ!?」


 空気ごとバクンと押し出されたように、ヴァリスの体が後方へ吹っ飛んだ。  城壁から百メートル以上離れた地面に叩きつけられる。


 コピーのヴァリスが反射的に殴りかかるが、その拳は空を切った。  ウォールの姿が掻き消えていたからだ。


「左だよ!」


 クレーエが叫ぶより早く――


 ウォールはコピーの背後にいた。


「うむ、素晴らしい、闘力も魔力も本物と全く同じだな」


 竜の足が、コピーの膝を蹴り砕く。


「がっ……!」


 膝から崩れ落ちたコピーの顔面に、ウォールの拳が落ちてきた。


 ドゴッ!!


 地面が陥没し、土煙が上がる。  煙の中から、コピーのヴァリスの身体が霧散していった。


「あの霧散の仕方は、本物なら死んでる……」


 クレーエの悲嘆の声が空に響く。


 ウォールは振り返り、本物のヴァリスの方を見た。


 まだ立ち上がろうとしている。  腹にめり込んだ一撃は内臓にもかなりのダメージを与えているはずだが、それでも腕を地面について、むりやり体を持ち上げていた。


「さすがだな」  ウォールは素直に感心した声を出す。 「あの一撃を食らって、まだ立つか」


「……へへ」  ヴァリスは口から血を垂らしながら笑った。 「クレーエ泣かすんじゃあねぇよ」


「ヴァ、ヴァリス……!」


 クレーエは震える手で、次の魔法陣を描き始める。  今度の陣は、さっきよりも薄く、精密だ。


(……今は――“動き”だけでも)

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