第27話:氷炎の決着
――だが。
(……何も、変わらない)
元々、俺には“魔力も闘力もない”。
ゼロを百倍にしてもゼロ。 ゼロを百分の一にしてもゼロ。
イーグル弾の“弱体化”は、何一つとして俺の骨や筋肉にも、魔力にも作用しなかった。
《そうだね。君の力の源は“魔力”でも“闘力”でもない》
ラナが笑う。
《死んだモンスターたちの“遺した魔力”の塊を、制御してるだけだから》
だが――コラキはそれを知らない。
「ヒヒヒヒ!! どうだ! 動けまい!」
俺は、あえて膝をついた。 装甲を一度、ぐしゃりと歪ませる。
カリナが、一歩前に出ようとして――
「俺は大丈夫だ!」
何かがあると察したカリナは唇を噛み、剣を構えたまま一瞬だけ踏みとどまった。
「ヒヒヒ! やはり“イーグル”の弱体化は絶対だぁ!」
コラキが、俺に向かって歩み寄る。 その足取りは、完全に勝利を確信した者のそれだった。
「神獣だろうが、聖騎士だろうが、ゼロにしてしまえばただの肉袋だ! さて、お前から殺すか、そこの聖騎士から殺すか――」
「――」
距離が、縮まる。
十歩。 五歩。 三歩。
コラキの顔が、目の前にはっきりと映る。
皺だらけの顔。ねじ曲がった笑い皺。 瞳に浮かぶのは、純粋な愉悦。
(……今だ)
黒龍の翼が、爆発的な推力を生む。
地面が陥没するほどの加速。 視界に映るコラキの輪郭が、スローモーションになる。
「な――!」
驚愕の色が、老いた瞳に浮かぶ。
俺の右手には、雷を纏ったアークサーペントのクナイ。 左手には、聖王獣ラナの光を纏った拳。
《くらえ》
「――ッ!」
神王獣ラナの力を、全開にする。
世界が一瞬だけ“静止”したように感じた。
次の瞬間、コラキの視界が跳ねる。
腹部に鈍い衝撃。 次いで、雷を纏う斬撃が足を抉る。
コラキは、吹き飛ばされた。
「ぐ、がはっ――!」
転がりながら、デザート&イーグルを取り落とす。
「今!」
カリナが地を蹴る。 光の剣閃が走り、落下するアーティファクトを両方とも弾き飛ばした。
宙を舞った二丁拳銃は、俺の足元へ滑り込んでくる。
「回収完了!」
俺はすぐさまそれを拾い上げ、クリスタルの手甲に守らせた。
「ヒ……ヒヒ……」
コラキが血を吐きながら、笑う。
「くそ! お前まさか…、お前レベルが魔力も闘力もゼロなんて思わないだろ普通、ヒヒヒ」
「知るかよ」
俺は、黒龍の翼を収束させながら息を吐く。
「運が悪かったな」
「……ヒヒ。じゃあ――次はそれも考慮するよ」
コラキの足元で、黒い陣が輝いた。
「逃がすか!」
カリナが飛び込もうとする。
――だが、間に合わない。
「また会おう、“異界の異能力者”。
ヒヒヒヒヒ――!」
コラキの姿は、黒い霧と共に掻き消えた。
残されたのは、血の跡と、冷たい空気。 そして、俺の手には《デザート&イーグル》。
◇
戦いのあと――
「レオンとシグルドは?」
「意識は戻った。コルトの弾は抜いた。今のところ“記憶の上書き”は解除されつつある」
ミストが報告する。 身体中傷だらけだが、二人ともどうにか生きていた。
「……セイレーンの武装がなんか変だ」
視界の端で、眼鏡とマスクにひびが入っているのが見えた。
さっきの戦闘で、何度も発動させていた負荷が、一気に来ている。
《さすがに、使いすぎたのかな……セイレーンの魔力が尽きたんだ》
眼鏡が、さらにひび割れた。
マスクも、細かい欠片になって崩れ落ちる。 その光が、ふっと空気に溶けた。
「ありがとうな、かなり助かったよ」
セイレーンの気配は完全に消えた。
俺は、砕けた破片をそっと拾い集める。 それはもう、ただのガラス片にしか見えなかった。
「お疲れ様」
小さく呟き、 胸元のラナが、わずかに震えた。
《ふん。いい子ぶっちゃって》
(やきもちか?)
《別に? ただ――》
ラナが、少しだけ優しい声で囁く。
《これで、ますます“私を手放せなくなった”ってわけね》
「……頼りにしてるよ、ラナ」
《うん。任せて》
◇
クエルボは、ソーとレイズの手によって確実に仕留められた。 コルトは、どこかへ消えたコラキが持ち去ってしまったが――
アーティファクト《デザート&イーグル》は、俺たちの手に戻った。
レオンとシグルドは治療班に預けられ、 俺たちは、血と煤の匂いが残る八咫烏のアジトを後にする。
戦いは、終わった。
だが――
コルトはまだ八咫烏の手の中。 コラキも生きている。
そして、遠く離れたウルシアとカエサルでは、 別の八咫烏たちが、竜王ウォールやローディオ相手に牙を剥いている。
黒い翼は、まだ折れていない。
そのことだけが、胸の奥に重く沈んでいた。
《でもさ》
ラナの声が、首元で揺れる。
《君も、ちゃんと一歩ずつ“化け物の領域”に踏み込んでるよ》
(褒めてる? それ)
《もちろん》
ラナが笑う。
《次は、もっと派手に暴れようか》
――黒い翼。
戦いは、まだまだ終わらない。




