第23話:烏の巣
八咫烏のアジトへ向かう道は、やけに静かだった。
カエサルの外れ、岩山と荒野が入り混じる灰色の大地。 空気は乾いていて、風は冷たい。 ――これから血の臭いで満たされる場所に向かってるとは思えないくらい、空だけは澄んでいた。
「カリナ。今日も一段と美しいな? その銀髪に、その鎧、海より深いその瞳――」
こいつは起床してカリナに会うと毎回これを言う
「レイズ。歩きながら口説かないでもらえるかな」
竜騎士ミストが呆れた口調で言う。
いつもの調子で竜騎士レイズが口角を上げる。 聖騎士カリナはため息をつきながらも、歩調を崩さない。
「なぁなぁ、そろそろ我が家に――じゃなくて我が国に来ない? 竜騎士カリナって響き、悪くないだろ?」
「“我が家”って言いかけたよね今」
「気のせい気のせい!」
ぺしん、と乾いた音が響いた。
「黙って歩け、レイズ」
隣を歩いていた竜騎士ミストが、無表情のままレイズの後頭部を小突いたのだ。 薄い水色の髪が揺れる。目つきは鋭いが、どことなく面倒見の良さが滲んでいる。
「いってぇ! ミスト、加減ってものをだな……!」
「戦の前だ。浮ついた空気のまま突っ込まれて死なれてもその後の手続きに困る」
「手続きじゃなくて死なれることで困ってくれよ」
カリナがくすっと笑った。
「ありがとうミストさん。少し緊張ほぐれました」
「……そうか、ならば殴ってよかった」
ほんの一瞬、ミストの口元が緩む。 やはり騎士とは言え同じ年頃の女の子同士だと安心するのであろう。
(戦う顔と、話す顔が、ちゃんと分かれてる……)
俺は少しだけ羨ましくなって、その後ろを歩きながら耳を澄ませた。
◇
「ミストさんはどうして竜騎士になろうと思ったんですか?」
「……大した理由はない。カエサルで生まれて、剣と槍を持つのが当たり前の家で育って、気づいたらこの立場にいた」
「ふふ、十分“大した理由”だと思うけど」
「カリナは?」
「私は……“守る役”が欲しかっただけです」
カリナは空を見上げた。
「教会で育てられて、祈り方ばかり教えられて、“守られる側”でいることに息が詰まってさ。 だったら自分で剣持って守る側に回ったほうが早いなって」
「……似てるいな」
「え?」
「私も、“守る強さ”が欲しかった」
そんな会話が、後ろまで聞こえてくる。
「いいですなぁ〜……」
「いいですなぁ〜……」
俺とレイズは、並んで歩きながら同時に呟いた。
カリナとミストが、ちょっとだけ振り返る。 二人の騎士の真面目な横顔を、俺と竜騎士が揃って眺めている図は――どう見ても軽薄だ。
「何ですか二人して」
「いやぁ、いいですねこういう“女の子同士の本音ガールズトーク”ってやつは。心が洗われる」
「顔がいやらしいんだよお前ら」
ミストが若干呆れ顔で言う。 その瞬間――
《……へぇ。ああいうのがいいんだ?》
「ぐえっ」
首元に冷たい鎖の感触。 ネックレスのラナが、遠慮ゼロで絞めてきた。
《戦の前に他の女を“いいですなぁ〜”とか言ってるヤツに、力貸すのやめようかな》
(めちゃくちゃご立腹だ……!?)
「お、おい大丈夫か?」
「だい、じょぶ……ネックレスが、ちょっと絡まってな……」
《絡めてるの。絞めてるの。》
ラナの声は、相変わらず俺にしか聞こえない。 カリナとミストは怪訝そうに首を傾げ、レイズは「まさか、興奮したのか?」と言いかけて――
「レイズ」
「はいすみませんミストさん拳を下ろしてください」
日常のようなやり取り。 日常のような軽口。 ――これが、嵐の前の静けさだって分かっていても。
俺は、こんな時間が少しだけ愛おしかった。
◇
やがて、大地の色が変わった。
黒ずんだ岩肌。 ひび割れた大地。 焦げ跡のような痕があちこちに散らばっている。
「ここだな」
ミストが立ち止まり、前方を指差した。
断崖の下に、ぽっかりと口を開けた洞窟。 ――いや、洞窟というより、昔は砦か何かだったのだろう。 崩れた石壁と柱の残骸が、ここが“人の作ったもの”であることを示していた。
「セイレーン」
俺はピアスに意識を流し、眼鏡とマスクを装備する。
視界が一瞬だけ青に染まり、すぐに元に戻る。 だが、世界の輪郭が変わった。 空気の密度、魔力の流れ、残滓。
――八咫烏の魔力が、何層にも折り重なって残っていた。
(……やっぱり、ここが拠点か)
ラナが、ネックレスの奥で小さく呟く。
《感じる? 大きな気配》
(ああ。二つ感じる、アピールしているみたいだ)
炎の匂い。 氷の匂い。
――コラキと、クエルボ。
「ローディオの読み通り中にいるのは二人だけだ……多分」
「“多分”か」
ソーが肩を竦めた。今日は悪い方の人格が前に出ているようで、瞳がどこかギラついている。
「まぁいい。出たとこ勝負には慣れてる」
ギリーエ王子は今回は同行していない。 ここにいるのは、俺とソー、カリナ、レイズ、ミスト。 それとホワイトナイト数名、七つ星冒険者数名――その中の二人、レオンとシグルドは特に腕利きだ。
「陣形は?」
カリナが短く問う。
「俺とソーで前に出る。お前とミストは中衛、指揮はカリナ、頼む」
レイズが言い、ミストが頷く。
「了解。ホワイトナイトと七つ星は私の指示に従え。 “絶対に無駄死にさせない”ことを約束する」
意味のある死は許容しとけという意味だなと思った
その言葉に、全員の背筋が伸びた。
――そして、俺たちは八咫烏のアジトへと踏み込んだ。




