第22話:束の間の日常
そんな地獄みたいな訓練が、一週間続いた。
ムラマサの柄を握るだけで、頭のどこかが勝手に“五秒後”と“五秒前”をシミュレーションし始める。 ローディオの拳だけじゃない。 ウォールの斧、ミストの槍、七つ星冒険者の魔法。
ありとあらゆる攻撃パターンを「一回喰らってから覚え直す」という、冷静に考えると相当イカれた練習だった。
『ねえねえ、最近さ』
「なんだよ」
『相棒、死に慣れてきてない?』
「やめろ不吉な言い方、でも確かにそうだな」
ラナは楽しげに笑った。
『もし今の戦い方に慣れて、魔剣ムラマサを手放す時が来たら、ウケるね』
「ウケるな」
そうぼやきつつも――心のどこかで、少しだけの誇らしさと拭えない不安が積もっていく。
◇
そして、作戦開始前日。
さすがに今日は「詰め込み」はなし、ということで、ローディオからも正式に休みが出た。
『やっとデート日和だね』
「誰とだよ」
『私と、でしょ』
「オレとムラマサのデートです〜」
ラナはネックレスで俺の首を締め上げる、遠慮なく。
「それにしてもすげぇ国だよな。」
巨大な城壁、高くそびえる尖塔。 武器屋、防具屋、魔道具屋。 さすが軍事国家、どこを見ても“戦う準備”に満ちている。
それでも、露店からは子どもの笑い声と、焼き肉の匂いが漂ってきた。
明日、もしかしたらこの街も戦場になるかもしれないのに。
――それでも、人は、日常を続ける。
『ねぇ』
ラナがぽつりと言う。
『怖い?』
「……当たり前だろ」
即答だった。
「でも――行くしかない」
『うん。そう言うと思ってた』
ペンダントが、胸元で小さく揺れた。
◇
夜。俺は一人で酒場にいた。
カエサルの酒場は、ウルシアと違ってやたらと天井が高い。 壁には竜の牙や、でかい骨が飾られていて、「いかにも武勲!」って感じの雰囲気。
そんな中で一番奥の席に、見慣れた大男が座っていた。
「よぉ、坊主」
ローディオ。手にはジョッキ。既に何杯か空にしているようだ。
「座れ」
「男と2人きりで飲む趣味はない」
「座れ」
「座る」
言われるがまま、俺は向かいに腰を下ろした。 店主が気を利かせて、薄い果実酒を持ってくる。まあ、ジュースみたいなもんだ。
ローディオは豪快に笑いながら、まず一口。
「明日は大仕事だ。 ちょっとくらいは、肩の力抜いとけ」
「……アンタに言われると逆に力が入るよ」
「俺が力を与えているのかぁ!ガッハッハ!」
笑いながらも、ローディオの目は穏やかだった。
「怖いか?」
「それ別の奴にも聞かれた……」
「答えは変わらんか?」
「変わらんよ」
ローディオは「よし」と頷いた。
「怖いままでいい。怖くなくなったら、どっかで死ぬ」
「……アンタが言うと冗談に聞こえないな」
「冗談じゃねぇからな」
ローディオはジョッキを揺らした。
「俺も怖いぞ」
「は?」
「一人でカエサル守るんだぞ? 負けたら笑えねぇ。民も仲間も全滅だ」
「でも、アンタなら――」
「勝つさ、当たり前だ」
ローディオはあっさりと言い切った。
「怖いまま、震えたまま、足もすくむけど――それでも挑む。 それが“勇気”ってやつだろ?」
胸の奥に、しみ込むような言葉だった。
『ねえねえ』
ラナが笑う。
『なんか、お父ちゃんって感じだよね』
「分かる」
「何の話だ?」
「こっちの話だ」
俺とラナの掛け合いを、ローディオは首をかしげて流す。
「坊主」
彼は真面目な声に戻った。
「明日から、お前は“死ぬほど忙しい”ぞ」
「……縁起でもない言い方するな」
「ムラマサも、武装化も――全部使え。 手を抜いたら確実に死ぬ。本気でやっても死ぬときゃ死ぬ。 だが、お前には“もう一回やり直せる”剣がある」
ローディオはムラマサを顎で指した。
「何度五秒戻しても勝てねぇ相手なら、次の5秒で俺を呼べ、俺が何とかする。 五秒戻せば勝てる相手なら――お前が倒せ」
突拍子もないようで現実的なアドバイスだ
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……了解」
ジョッキを軽く掲げる。
「明日、生きて帰ってきたら、その時は本物のもっと良い酒飲ませろよ」
「もちろんだ、聖騎士の力見せてやろう」
ジョッキ同士が小さく触れ合った。
◇
部屋に戻ると、窓の外にはカエサルの夜景が広がっていた。
灯りは少ないけれど、その一つひとつに人の暮らしがある。
その全部を、守りたいと思った。
『ねぇ』
ラナが囁く。
『怖い時は、怖いって言っていいんだよ?』
「何回言わせる気だ」
『じゃあ、こう聞くね。 ――後悔、してる?』
少し、黙った。
転移してきたこと。ギルドに行ったこと。 武装化の能力を持ったこと。 ラナと出会ったこと。 オボロを手に入れたこと。 ヒナワを回収したこと。 カエサルまで来たこと。
カシアンにラナを殺されたこと。
拳を握る。
「後悔は……」
喉が詰まりそうになる。
「ラナを救えなかったことだ」
『そっか』
ラナは、くすりと笑った。
『じゃあ、その分は全部、他の人を救お!』
「……あぁ」
窓の外に、黒い夜空が広がっていた。
遠くで、誰かの笑い声が聞こえる。
どこかで、誰かが今日も眠りにつく。
そして――明日、戦いが始まる。
五秒巻き戻したって、変えられない“はじまり”だ。
『おやすみ』
「おやすみ」
目を閉じる。
頭の中では、もう何度もシミュレーションが始まっていた。
ムラマサを握って、死にかけて、戻って、殺して。
それでも必ず、“明日の終わり”に生きて笑っているルートを、何度も何度もなぞりながら――俺はゆっくりと眠りに落ちていった。




