第20話:最強の師
カエサルの訓練場は、城の裏手、巨大な石造りの闘技場のような場所だった。
観客席らしき石段は空っぽで、その中央で、俺は今――
「――ぐぼっ」
地面にめり込んでいた。
「立て、転移者」
ウォールの声が上から降ってくる。
視界の端で、ローディオがガッハッハと笑っている。
「おー、今のはいい吹っ飛び方したな! 15メートルは飛んだぞ!」
「実況…すんじゃねぇ……」
ムラマサを支えに立ち上がる。 足が、笑っている。腕も笑っている。ラナも笑っている。 全身が悲鳴を上げているのに、ラナだけが妙に元気だった。
(はいはーい、今の感覚、身体に馴染ませて。筋肉に覚えさせなさーい)
(うざい。。お前、トレーナー目線になってない?)
ウォールは一歩、前へ出た。
竜王の名は伊達じゃない。 彼は竜の血を引き、その身に竜の力を宿す存在だという。
闘力を纏っただけで、身体が岩のように硬くなる。 拳一つで城壁を砕き、咆哮一つで群れを散らす。 それが、竜王ウォール。
「ムラマサの重さには慣れたか?」
「……なんとか」
黒い刀身は、見た目以上に“心に”重い。 ただ振るだけで、何か大切なものを削り取っているような感覚があった。
だが、それを怖がっていたら、一生使えない。
ウォールは構えを取る。
「いいか、ムラマサは“斬るための刃”だ。 余計なことは考えず、“斬るべきものだけを斬れ”」
「斬るべきもの……?」
「八咫烏。魔族。人を弄ぶ力。 お前の中で“許せない”と決めたものを、全部まとめてぶった斬る。 それくらい単純でいい」
ローディオが、横からひらひらと手を振った。
「ついでに言うと、“空間”ごと斬れるようになると便利だぞー」
「それは魔剣オボロだろ…」
誰にも聞こえない声でツッコんだ。
「大事なことは戦場が教えてくれる!ガッハッハッ!」
この二人、性格は真反対に見えて、根っこは同じ“戦闘狂”なんじゃないかと、俺は密かに確信していた。
「もう一度行くぞ」
ウォールが目を細める。 次の瞬間、巨体からは想像できない速度で間合いを詰めてきた。
――やべ、見えない。
だが、ラナの声が飛ぶ。
(一歩左斜め後ろ! 刃を斜め上!)
反射的に身体が動く。 ムラマサの黒い刀身が、ウォールの拳を受け止めた。
ガァンッ!
腕がしびれるような衝撃。 足が地面を滑る。 土煙が舞い上がる。
それでも――さっきよりは、マシだった。
「ほう」
ウォールが僅かに口元を緩める。
「今ので立っているとは、たいしたものだ」
「今のは、殺る気満々でしたよね」
「当然だ。命を奪う覚悟ができていない攻撃など、戦場でなんの意味も成さない」
ローディオも、いつの間にか真面目な顔になっていた。
「いいか、坊主。 お前は今、“世界三本の指に入る喧嘩屋2人”に同時に鍛えられてる。 これで弱いままだったら、全てにおいてナンセンスだ」
「プレッシャーのかけ方が独特すぎるんですよ」
(でも、嬉しいでしょ?)
ラナの声は、どこか誇らしげだった。
(君がここまで来れてるのは、全部から“逃げなかったから”だよ)
(ラナ)
(武装化からも、聖剣ラナからも、魔剣オボロからも、あの八咫烏からも、君は全部、背を向けなかった。だから、選ばれてるんだよ)
珍しく真面目な励ましに、少しだけ胸が軽くなった気がした。
「よし、じゃあ次は俺の番だな!」
ローディオがパン、と手を打ち鳴らす。
「ウォール、次は“転移VSムラマサ+武装化”の組み合わせで行こう」
「好きにしろ」
ローディオがこちらを見て、にやりと笑った。
「さぁ、坊主。武装化、全部見せてみろ。 神王獣ラナ、クリスタルワイバーン、アークサーペント、黒龍、セイレーン。 この戦争で全部使うんだ。今のうちに、俺たちに見せておけ」
「……分かった」
俺は深く息を吸い込む。
胸元のペンダントに触れる。
「ラナ」
(うん)
「――武装化」
光が弾けた。
白と金を基調とした神王獣ラナの装甲が、俺の身体を包む。 背中からは黒龍の翼が展開され、足元には魔力の紋が走る。 右手には、クリスタルワイバーンの手甲。 左手には、稲妻を纏うアークサーペントのクナイ。顔にはセイレーンの眼鏡とマスク。 腰には、黒い刀身のムラサメ。
自分でも笑えてくるほど、過剰な武装だ。
「……クソ盛りすぎじゃね?」
ソーの突っ込みが、遠くの観覧席から聞こえてきた。
カリナが笑いながら手を振る。
「いけー!」
ギリーエが目を輝かせる。
「これぞ、人類が魔族に対抗するための“切り札”って感じですね」
ローディオは満足げに頷いた。
「いい。とてもいい。 その全部を、無駄にせずに使い切れ。 ――さぁ、行くぞ。戦の前哨戦だ」
次の瞬間。
ローディオの姿が、ふっとかき消えた。
空間が歪む。
背後から、殺気が来る。
――転移。
それを真正面から受け止めるために、俺はムラマサを振り上げた。
八咫烏を斬るために。 魔族を封じるために。 死んでいった仲間たちの、無念を断ち切るために。
黒い刃が、空を裂いた。
そして、戦いの幕が、本当に上がろうとしていた。




