第19話:魔剣ムラマサ
会議が終わると同時に、王城内は慌ただしくなった。
伝令が走り、避難に関する指示が飛び交い、兵達が持ち場を移動する。
そんな中、俺たち――ソー、カリナ、俺の三人は、ウォールに別室へと呼ばれた。
「……な、なんだってんだ?」
問いかけると、ウォールは珍しく少しだけ言い淀んだ。
「お前に、見せたいものがある」
案内されたのは、カエサル王城の地下にある武具庫――さらにその奥。 重々しい扉が幾重にも続き、最後には、厳重な結界が張られた小さな部屋に辿り着いた。
そこには、一本の刀が置かれていた。
黒い鞘。 手に取る前から、空気がざわりと揺れる。
「……これは」
「魔剣ムラマサだ」
ウォールの声には、僅かな敬意と、僅かな警戒が混ざっていた。
ソーが興味深そうに覗き込む。
「アーティファクトと違って、能力はあまり表に出ていない。 知っているのは代々の王家と竜騎士ぐらいだ、
適合しない者にはただ刀としてしか使えない。そんな伝承だけが残っている」
ウォールは俺を見た。
「お前に、握ってみてほしい」
「……俺に?」
思わず指を自分の胸に向ける。
「ソーじゃなくて?」
「ソーはすでに二本の刃に選ばれている。 これ以上背負わせるのは危険だ」
ソーは申し訳なさそうに笑った。
「正直、これ以上増えると僕も腕が足りないからね」
「じゃあカリナは?」
「私は聖騎士だ。魔剣には拒まれてしまうよ」
カリナは静かに首を振る。
「それに、ムラマサはきっと、“普通の騎士”とは別の何かを求めている」
(……ほらほら、君だよ君)
ラナが、ニヤニヤした声を出した。
(やめろー、胃が痛くなる)
だが、逃げる選択肢は、最初から用意されていない気がした。
俺は一歩前へ出て、魔剣ムラマサへと手を伸ばした。
柄に触れた瞬間――
冷たい。
だがそれは、氷の冷たさではなく、刃物の冷たさでもない。 もっと別の、心の奥をじわじわと冷やしてくるような感触だった。
胸の中のラナの声が、ぴたりと止まる。
世界が、静かになった。
………………
――何も、起こらない。
そう思った瞬間、鞘の中から、かすかな脈動が伝わってきた。
ドクン。
刀の鼓動。
それが、俺の心臓の鼓動と、ほんの少しだけズレて重なる。
不快ではない。 むしろ――妙に、しっくり来る。
自然と、指が鞘を握りしめていた。
「……抜いてみろ」
ウォールの声が遠くで聞こえる。
ゆっくりと、刀を抜いた。
シュル。
黒い刃が、光を吸い込むように姿を現す。 周囲の空気が、さらに冷たく、静かになる。
魔剣ムラマサは―― 俺を“拒まなかった”。
「……やはりか」
誰かのため息が聞こえた。 ウォールか、カリナか、ソーか。 あるいは、ラナか。
(ふふ。やっぱり、そうなるんだね)
ラナの声が戻ってきた。
(ねぇ、君、ほんとに普通の人間なんだよね?)
(俺が一番知りたいよ)
ウォールは腕を組み、満足そうに頷いた。
「これで、“少数精鋭”がさらに精鋭になったな。 ムラマサの詳細な能力は……戦いの中で自分で感じろ」
「説明してくれないんですか」
「言葉で聞いて理解できる類いのものではない。そういう刃も、この世にはある」
ウォールの言い方が妙に楽しそうだったので、余計に不安になった。
「さて」
その時、背後の空間がふわりと揺れた。
「おーおー、やっぱり抜きやがったか」
ローディオが、いつの間にか部屋の入口に立っていた。
「さすがだな、噂の転移者くん。 これで、作戦が失敗したらお前を責められる」
「やめてくださいそういうプレッシャーのかけ方」
ラナが爆笑する。
(相棒がイジられてるのツボすぎて無理)
(楽しむな)
ローディオは手招きした。
「よし、じゃあ――今日からお前の師匠は二人だ。 竜王ウォールと、この聖騎士ローディオ様。 “最強の二人”が、最短でお前を八咫烏殺しに仕上げてやる」
ウォールも、わずかに口元を吊り上げた。
「安心しろ。死なない程度には手加減する」
「“死なない程度”って言葉に安心要素ゼロなんですが」
かくして―― 俺の地獄の特訓が始まった。




