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第16話:炎帝の黒翼と氷獄の黒翼

竜王ウォールだ。


「ソー王子」


「はい」


「明後日の剣術大会。

 貴殿らと私の弟子たちが戦う前に――一つ確認したいことがある」


 ウォールの視線が、俺に移る。


「異邦の戦士。

 お前の武装化の力――

 魔剣オボロを打ち倒したと聞いている」


「……まぁ。一応」


「お前は、仲間のために死ぬ覚悟はあるか?」


「ねぇよ」


 間髪入れず、答えが口からこぼれた。


「俺は死なないし仲間も死なせない」


 一瞬の沈黙のあと。


 ウォールは、ふっと口元だけで笑った。


「よし。

 それでいい」


 そのまま背を向ける。


「せいぜい――この竜王を楽しませてみせろ」


 その一言が、妙に胸に残った。


 ◇ ◇ ◇


 そして、剣術大会当日。


 カエサル王都の大闘技場は、早朝から人で埋め尽くされていた。


 観客席には、カエサルの民だけでなく、他国からの使節団、

 隣国の商人や貴族たちまで押し寄せている。


 中央の石畳のリングを囲むように、石造りの観客席。

 その上を、竜が悠々と周回していた。


「凄い熱気だな……」


 俺は観客席からリングを見下ろしながら呟く。


 隣でソーが苦笑した。


「こういう“見せもの”は、カエサルの方が上だね。

 うちでやってもここまでの熱気はなかなか。」


「そうか?聖剣ラナの選定者決めはすごかったぞ」


 カリナはすでに鎧を身につけ、腰の剣に手を添えている。

 パラディンのバルドとメルダも、緊張した面持ちでリングを見つめていた。


 反対側には、カエサル代表の五人。


 白いマントを翻す三人のホワイトナイト。

 胸には竜と盾を象った紋章。


 そして、七つ星冒険者が二人。


 一人は双剣を携えた獣人の男。

 一人は長杖を持ち、背中に魔導書を幾つも下げた女魔導士。


 ギリーエが後ろからひょこっと顔を出す。


「さてさて。

 大国同士の“お披露目試合”。

 盛り上がらないわけがないね」


「ギリーエ殿。

 お気楽に見えるが、あなたの言葉一つでこの大会、意味合いが全部変わりますからね?」


 カリナがため息混じりに言うと、ギリーエは肩をすくめた。


「分かってるよ。

 だから、できるだけ楽しい“お祭り”として終わらせたいんだ。


 ……断じて“どちらが上だ”と突きつける場には、したくない」


 その真剣な言葉に、カリナは少しだけ口元を緩めた。


「そうでなくては、外交の天才など名乗れませんね」


 やがて、太鼓が鳴り響いた。


 カエサル王が立ち上がり、観客席全体に声を投げる。


「――今より、ウルシア王国とカエサル王国の友誼を祝し、

 剣術大会を開催する!!」


 咆哮のような歓声。


 竜の鳴き声がかぶさり、闘技場の空気が一気に沸騰する。


 竜王ウォールがリングの中央に進み出る。


「第一戦は――」


 その瞬間だった。


 空気が、変わった。


 闘技場の真上。


 高く、高く。

 竜が飛ぶよりもさらに上。


 空間が、ねじれた。


「……?」


 誰かが見上げた、その直後。


 ドサァンッ!!


 黒い影が、リングの真ん中に叩きつけられた。


 砂煙。

 観客席から悲鳴。


 煙が晴れる。


 そこにいたのは――竜騎士レイズだった。


 全身ズタズタ。

 鎧は焼け焦げ、ところどころ凍り付いている。


 血だらけになりながらも、レイズはかろうじて意識を保っていた。


「……っは、は……」


 口元から血を垂らしながら、笑う。


「悪ぃな、オジキ……

 ちょっと、負けちまった……」


 竜王ウォールの顔が、わずかに歪んだ。


「誰にだ」


 その問いに、レイズは震える指で、ゆっくりと空を指さした。


 俺たち全員が、その方向を見る。


 ――二つの黒い翼が、空に逆光で浮かんでいた。


 一人は、曲がった腰をくの字に折り、背中に黒いマント。

 白い髭と禿げかけた頭。

 細い目は、蛇のようにいやらしく細められている。


 もう一人は、黒いロングコートを纏った長身の男。

 髪は青黒く、氷のような瞳。

 ただ立っているだけで、空気が冷える。


 レイズがかすれた声を絞り出す。


「……八咫烏……

 “炎帝のコラキ”と、“氷獄のクエルボ”……」


 炎帝。

 氷獄。


 その二つ名に、観客席全体が凍りついた。


 曲がった腰の男――コラキが、ヒヒヒ、と喉の奥で笑う。


「おぉ〜、紹介してくれるとは、礼儀正しいねぇ、レイズ坊や」


 その両手には――二丁の銃。


 一つは砂漠の太陽を思わせる意匠。

 もう一つは、空を翔る鷲の翼を模した刻印。


「アーティファクト、デザート&イーグル……!」


 誰かの叫び。


 もう一人の男――クエルボは、無言で一丁の拳銃を握っていた。

 地味な黒鉄色のそれは、けれど見ているだけで、記憶の奥を引っ掻かれるような不快感を呼び起こす。


「……コルト」


 竜王ウォールの声が低く沈む。


「我らの宝物庫から奪ったか」


 コラキは肩をすくめた。


「いやいや〜、ちゃんとした“お預かり”だよ?

 だって、あんな狭い部屋に閉じ込められてたんじゃ、こいつらかわいそうだろ?」


 デザートとイーグルを軽く振る。


「ねぇ、たまには外の空気吸いたいって言ってるよ? ヒヒヒ」


 クエルボが、冷ややかな声で続ける。


「……我々は、ただ“本来あるべき場所”に戻しているだけだ。

 力は、封印されるためにあるのではない。

 使われるために、創られたものだ」


 その言葉に、ラナが胸元でピクリと反応する。


(……ムカつく言い方ね)


(同意)


 観客席は騒然としていた。


「アーティファクトが……」

「竜騎士レイズがやられた……?」

「八咫烏……またか……!」


 ウォールが、一歩前に出る。


「コラキ、クエルボ。

 ここがどこか、分かって言っているのか?」


「もちろんもちろん」


 コラキはヒヒヒと笑いながら、銃口をくるくると回した。


「竜の国、カエサル。

 そのど真ん中だろ?


 だからこそ、わざわざ来てやったんだよ。

 “こいつらは、俺たちが預かる”って、ちゃんと宣言しにね」


 クエルボは冷ややかに辺りを見回す。


「ここには、ウルシアの英雄たちも揃っている。

 聖剣ラナ。魔剣オボロ。アーティファクトヒナワ。


 そしてこちらには、デザート&イーグルと、コルト」


 氷の瞳が、俺たちを射抜く。


「……いい戦力だ。

 だが、まだ足りない。


 我々は、すべてを集める」


 その言葉は、宣戦布告そのものだった。


 竜王ウォールが剣に手をかけた瞬間――


 クエルボが静かにコルトを掲げた。


「忠告しておく。

 ここで我々とやり合えば、観客席の半数は死ぬ。


 レイズ一人で、これだ。

 竜王、お前ならわかるだろう」


 ウォールの瞳が細くなる。


 リング中央では、治療班がレイズを必死に運び出していた。

 炎と氷の痕が、全身に刻まれた彼の姿は、まさに瀕死そのもの。


 ギリーエが小さく舌打ちする。


「最悪のタイミングで、最悪の事態だね……」


 カリナはすでに剣を抜いていたが、動かない。

 ソーもラナとオボロに手をかけながら、じっと空を睨む。


 俺は――


 セイレーンの眼鏡を、そっと指先で触れた。


「ラナ」


(分かってる。

 “見て、覚えろ”でしょ?)


 視界が、わずかに色を変える。


 セイレーンの眼鏡――

 視覚魔法・幻術を見破り、対象の“姿”を記憶し、追跡する力。


 俺は、コラキとクエルボを凝視した。


 曲がった背中の角度。

 デザート&イーグルの刻印。


 クエルボの無駄のない立ち姿。

 コルトを握る指の角度まで。


 すべてを、視覚と感覚に焼き付ける。


(――登録完了っと)


 ラナの声が、頭の中に響いた。


(これで、あの二人が“どこにいても”、大体の位置は分かるよ)


(助かる)


 クエルボが、コルトを地面に向けた。


「今日は、“宣言”だけだ。


 我々が、お前たちの大切な宝をいただいた。

 その失態だけ、記憶しておけばいい」


 そう言って――


 地面が、真っ白に凍りついた。


 同時に、コラキがデザートを空に向けて撃つ。


 炎の柱が立ち上がり、氷と炎が渦を巻く。

 その中に、二人の姿が溶けて消えた。


 風だけが、あとに残る。


 闘技場は、静まり返っていた。


 竜騎士レイズのうめき声だけが、遠くで聞こえる。


 ――剣術大会は、開始すらできなかった。


 ◇ ◇ ◇


 数時間後。


 カエサル王城の戦略会議室には、重い空気が漂っていた。


 長い円卓を囲むのは、カエサル王、竜王ウォール、ミスト。

 ホワイトナイト数名と、七つ星冒険者たち。


 そこに、ウルシア側からギリーエ、ソー、カリナ、俺、バルド、メルダ。


 机の上には、デザート&イーグルとコルトを模した簡易な図。

 そして、八咫烏の紋――三本脚の烏のマーク。


「……状況を整理しよう」


 ギリーエが口を開く。


「八咫烏の構成員――


 炎帝のコラキ。

 氷獄のクエルボ。


 この二名が、カエサルの宝物庫を襲撃。

 アーティファクト・デザート&イーグルと、コルトを奪取。


 そのうえ、竜騎士レイズを瀕死に追い込んだ」


 ミストが悔しそうに拳を握る。


「宝物庫には、ホワイトナイト五名と七つ星四名が配備されていた。

 だが、ほんの数分で沈黙させられた……」


 アーティファクトコルトの能力。

 記憶の改ざん。


 味方同士で戦った形跡がある。


 ウォールが、俺を見る。


「異邦の戦士。

 お前の目は、あの瞬間、何を捉えていた」


「……二人の姿を、“登録”しました」


 セイレーンの眼鏡に触れながら、俺は言う。


「この能力が正しければ――

 あの二人が“この世界のどこにいても”、大まかな位置は把握できます」


 ギリーエの目が輝いた。


「それはつまり――“アジト”も追えるということですね」


「多分」


「多分で十分ですよ」


 ギリーエは笑い、カエサル王に向き直る。


「陛下。

 これは好機です。


 八咫烏は、こちらに牙を剥きました。

 ならば――こちらも全力で叩き返すべきです」


 カリナが静かに頷く。


「ウルシアも、聖剣ラナと魔剣オボロ、ヒナワを持っている以上、

 もはや安全圏にはありません。


 やつらが力を蓄えきる前に、潰す必要があります」


 バルドが低く唸る。


「とはいえ、敵の戦力は未知数。

 レイヴン、ヴラーナ、コラキ、クエルボ……

 少なくとも四人は“人外級”の怪物だ」


 メルダが唇を噛む。


「正面から突っ込めば、こちらもただでは済まないでしょう」


 ラナが、胸元で静かに呟く。


(でも、今行かなきゃ、もっとひどいことになる)


(……分かってる)


 カエサル王が、ゆっくりと立ち上がった。


「――よかろう」


 重い声が、部屋全体を震わせる。


「ウルシアとカエサルの同盟は、

 “名目”ではなく“実戦”によって証明されるべきだ。


 竜王ウォール」


「はっ」


「ホワイトナイト五十名のうち二十を動員せよ。

 七つ星冒険者三十名のうち十を選抜せよ。


 竜騎士ミスト、お前は後方を。

 レイズは治療が終わり次第、志願するなら一名として加えろ」


 ウォールが片膝をつき、静かに頷く。


「承知した」


 カエサル王の視線が、今度はギリーエに向けられる。


「ウルシアは?」


 ギリーエは、ここで初めて少しだけ真面目な顔を見せた。


「聖騎士カリナ。

 第四王子ソー。


 パラディン、バルドとメルダ。


 そして――異邦の戦士」


 俺を指差す視線に、ラナがくすぐったそうに笑う。


(はいはい、主役指名入りましたよ)


(うるさい)


「これに加え――

 ウルシア王都から、追加でパラディンと冒険者を数名派遣させます。


 “八咫烏全滅作戦”。


 それにふさわしい戦力を、揃えてみせます」


 カエサル王は、満足げに頷いた。


「よし。


 八咫烏――

 聖剣と魔剣、アーティファクトを奪い続けた影の集団。


 この大陸の裏から、ずっと我らを嘲笑ってきた黒き翼。


 その巣を――今度はこちらが、焼き払ってやろう」


 竜王ウォールが立ち上がる。


「作戦名――“八咫烏殲滅戦ネスト・ブレイカー”。


 異邦の戦士」


「……なんだよ」


「お前の目と、お前の武装。

 その両方が、この作戦の要だ」


 真正面からの信頼。


 ぐっと喉の奥が熱くなった。


 ラナが、優しく笑う。


(大変な役目だけど……一人じゃないからね)


(分かってる。

 お前も、ちゃんと働けよ)


(もちろん♪)


 俺は深く息を吸い、頷いた。


「――やってやるよ。


 竜だろうが、八咫烏だろうが。


 全部まとめて、へし折ってやる」


 こうして――


 ウルシアとカエサル、二つの大国が、

 本気で「同じ敵」を見据えた瞬間。


 八咫烏全滅作戦が、静かに動き出した。

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