第15話:聖の国と竜の国
カエサル王国の王都は、ウルシアとはまるで違う匂いがした。
まず、空気が重い。
石畳の道、そびえ立つ黒鉄色の城壁、その上を旋回する巨大な影――竜。
王都全体を覆うように張られた結界が、肌にチリチリと触れてくる。
街のあちこちに掲げられた旗には、竜と剣を組み合わせた紋章。
ここは、軍事国家カエサル。
イーリス大陸最大の国土と人口を持ち、ウルシアの一・六倍の規模。
軍事力と冒険者の数は、ウルシアの「倍」とまで言われる、戦いの国。
「……すげぇな」
思わず声が漏れた。
門の前だけで、全身鎧の兵士が百人はいる。
その後ろに控えるのは、白いマントを翻す精鋭たち――ホワイトナイト。
ウルシアでいうパラディンに相当する存在。
さらに、背中に星の紋章を刻んだ冒険者たち――七つ星冒険者。
ウルシアのSランク冒険者に相当する者たちがいる。
王都の門前だけで、ウルシア王都全体の「戦力の圧」が違う。
(……こいつらと、これから肩並べて戦うってマジかよ)
俺が圧倒されている横で、ギリーエがいつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「歓迎してくれているようで、何よりだね」
第ニ王子ギリーエ。
ウルシアが誇る「外交の天才」。
穏やかな物腰、気取らない言葉。
それでいて、相手の懐に入るのが上手すぎる男だ。
「行こうか。ここからが本番だよ」
ギリーエに促され、俺たちは城門をくぐる。
先頭は聖騎士カリナ。
その隣に第4王子ソー。腰には二振りの異様な存在――聖剣ラナと魔剣オボロ。
後ろにギリーエと俺、さらにパラディン二名――バルドとメルダ。
六人の影が、竜の紋章に満ちた城都へと伸びていった。
◇ ◇ ◇
カエサル王城の謁見の間は、ウルシアとは別種の重さがあった。
壁には、歴代竜騎士の肖像画。
天井近くには、翼を広げた竜の骨格標本。
床一面に敷かれた赤黒い絨毯は、まるで血の上を歩いているような錯覚を覚えさせる。
玉座に座る男は、大柄だった。
豊かな黒髪、鋭い黄金の眼光。
厚く鍛え上げられた腕には、竜の鱗を模した黒金の腕輪。
――カエサル王。
その左右に控えるのは、三人の竜騎士。
一人は銀髪に冷たい青の瞳、氷のような気配を纏う細身の女騎士――竜騎士ミスト。
一人は赤髪に陽気な笑みを浮かべた青年――竜騎士レイズ。
そして、真ん中に立つ巨躯の男。
漆黒の鎧、背中に巨大な竜の影を背負っているかのような圧。
その名を、誰かが小さく呟いた。
「……竜王ウォール」
カエサル最強の男。三人の竜騎士の頂点に立つ存在。
さらに、その背後にはホワイトナイト数名と、七つ星冒険者が六名。
どいつもこいつも、空気が濃い。
そんな中、ギリーエが一歩前へ出た。
「ウルシア王国、第ニ王子ギリーエ・ウルシア。
このたびは急な会談の申し出にも関わらず、受け入れてくださり感謝いたします」
深々と頭を下げる。
仕草は丁寧だが、決して卑屈ではない。
「対等な立場」として礼を尽くす、その絶妙な間合い。
カエサル王は少しだけ口角を上げた。
「遠きウルシアより、よくぞ来た。
我らが竜の国は、力ある同盟者を歓迎する」
低く響く声。
その一言で、場の緊張がわずかに解けた。
ギリーエはさらに続ける。
「まずは、我らウルシアの力の内訳を明らかにいたしましょう。
現時点で、我が国には――
聖剣ラナ。
魔剣オボロ。
アーティファクト・ヒナワ。
以上、封魔戦争級の武具が三点、存在しております」
その言葉に、ざわり、と空気が揺れた。
七つ星冒険者の一人が、低く口笛を吹く。
「三つ……本当に集めやがったのかよ」
ホワイトナイトたちの視線が、自然とソーの腰へ向く。
そこにある二本の剣――白銀に輝くラナと、闇を湛えたオボロ。
カエサル王は興味深そうに目を細めた。
「聖剣と魔剣を、王子が携えるか。
……二振りとも“適合者”に選ばれたと?」
ソーが一歩前に出る。
穏やかな笑み――善のソーだ。
「はい、陛下。
この身には、二つの魂が共存していると申しますか……
おそらくそのため、聖剣と魔剣、光と闇、双方に適性があったのだと」
背筋を伸ばして話す姿は、まさに王子。
だが、その奥底にはあの荒々しい人格――悪ソーも眠っている。
カエサル王は笑った。
「面白い。
では、我らも切り札を晒さねば、礼を失するというものだな」
王の合図で、竜騎士ミストが一歩前に出る。
白布に包まれた長い包みを、静かに捧げ持って。
布がめくられ、黒い刀身が姿を見せた。
「魔剣ムラマサ」
ミストの声とともに、その名が広間に落ちる。
闇を吸い込むような刀身。
鞘からわずかに覗く刃は、光をも斬り捨てるかのような鋭さを放っていた。
さらに、別のホワイトナイトが二丁の銃を。
七つ星冒険者の一人が、短めの回転式拳銃を。
「アーティファクト――デザート&イーグル。
そして――コルト」
デザート&イーグルは、対になる二丁拳銃。
一方は太陽のような紋様、もう一方は鷲の翼を模した刻印。
コルトは、地味な黒鉄色の回転式拳銃。
だが、握られた瞬間、空気がぴり、と変わった。
カエサル王が指を折る。
「我が国が所有する封魔戦争級武具は――
魔剣ムラサメ、一振り。
アーティファクト、デザート&イーグルと、コルト。
以上、三点」
ウルシア三点、カエサル三点。
六つの伝説級武具が、今ここに存在している。
ラナが、胸元のペンダントからひそりと笑う。
(ふふっ、こうして数えてみると、うちらかなり物騒じゃない?)
(やめろ、今笑うな。場の空気見ろ)
(見てるよ? だからこそ笑ってるんじゃない)
ラナの声は、俺だけに届く。
からかわれているのか、励まされているのか、その境界はいつもあやふやだ。
ギリーエは、そんな俺の内心などお構いなしに、会話を進める。
「我々の目的は、ただ一つ。
魔族復活の兆しが見える今、残りの聖剣・魔剣・アーティファクトを
“人間側の管理下”に置くこと。
そして、千年前の封魔戦争のごとく――
この大陸を守るための切り札とすることです」
カエサル王は静かに頷いた。
「八咫烏――その名の影の集団が、すべての武具を回収しようとしている。
目的は、おそらく“封印の完全解除”。
我らはそれを、決して許すわけにはいかぬ」
竜王ウォールが一歩、前へ出た。
床板がわずかに軋む。
「八咫烏は、すでにカエサルでも暗躍している。
ここ最近、黒ずくめの二人組の存在が、何度も報告されている」
その様相に、ギリーエとソーが目を細めた。
ラナが、胸元で小さく息を呑む。
(……レイヴンとヴラーナがいなくなっても、すぐ次が出てくる。
八咫烏ってあのレベルがたくさんいたりして)
(物騒なことをさらっと言うな)
ギリーエは一呼吸おき、言葉を継いだ。
「そこで、提案があります。
ウルシアとカエサルの共同軍を組織し、
残りの魔剣とアーティファクトの回収を――
“連合部隊”として行う、というのはどうでしょう」
ホワイトナイトの一人が眉をひそめる。
「主導権はどちらが握るつもりだ?」
その問いに、ギリーエは笑った。
「そこですよね」
正面から。
逃げずに。
「どちらが主導権を握るべきか。
それを決めるために――
“力”を、見せ合ってみませんか?」
ざわ、と今度は大きく空気が揺れる。
ギリーエの視線を、竜王ウォールがニヤリと受け止めた。
「ほう……」
ウォールの目に、わずかな愉悦の光。
「王子、良い度胸だ。
言葉ではなく剣で決めようというのか」
「ええ。
我々は、戦うためにここに来たわけではありません。
ですが――“共に戦う力”を確かめ合うことは、無駄ではないはずです」
一瞬の沈黙。
やがて――
ウォールは豪快に笑った。
「気に入った!」
竜の咆哮かと思うほどの声量
その声に、ホワイトナイトたちの背筋が伸びる。
七つ星冒険者たちの目がギラリと光った。
「ならば――剣術大会を開こう。
ウルシア代表五名。
カエサル代表五名。
それぞれの“精鋭”を選び、
このカエサル王都の闘技場で、二日後に手合わせをする」
ウォールの視線が、こちらを順番になぞる。
「ウルシアからは……
聖剣ラナと魔剣オボロの適合者、第4王子ソー。
聖騎士カリナ。
パラディン――バルド。
パラディン――メルダ。
そして……獣を纏いし異邦者――お前だ」
指先が、俺を指した。
「異世界から来た戦士。
名は、まだ伏せているのだったな?」
「……まぁ、今はそれで通ってます」
「よかろう。
強ければ名などどうでもいい」
竜王の視線は、敵意ではなく、純粋な“期待”の色を帯びていた。
「対するカエサルからは――
ホワイトナイト三名。
七つ星冒険者二名。
我らが精鋭を選び出し、ウルシアと正面からぶつけよう」
力を見せ合うなら竜騎士が出るべきでは?と思ったが何も言わなかった。
ギリーエが軽く会釈する。
「ありがたい申し出です。
二日後、楽しみにしております」
こうして――
ウルシアとカエサルの同盟は、剣を前提とした、独特な形で結ばれた。
◇ ◇ ◇
会議が終わったあと、俺たちは城のテラスに通された。
夕陽が王都を赤く染め、遠くには竜がゆったりと飛んでいる。
風に乗って、金属と汗と血の匂い。
「いやぁ、ギリーエ殿は噂に違わぬ手腕をお持ちだ」
背後から、気楽な声が響いた。
「相手の懐に入りながら、いつの間にか交渉の流れをこっちに引き込んでる」
振り返ると、竜騎士レイズが立っていた。
赤髪に、いたずらっぽい笑み。
さっきまでの厳かな雰囲気はどこへやら、すっかり“陽気な兄ちゃん”の顔だ。
「おかげで我が国は、ウルシアの戦力を堂々と観察できる。
――なぁ?カリナ」
いきなり名指しされたカリナが、わずかに眉を上げる。
「何でしょう、レイズ殿」
「今日も一段と美しいな、カリナ。
いい加減、俺の女になって、うちの国で竜騎士名乗ってくれよ〜?」
「丁重にお断りします」
即答だった。
一切の迷いなく。
レイズは胸を押さえて大袈裟にのけぞる。
「ぐはっ。
竜の鱗より固い心の壁……!」
俺とソーがつい吹き出すと、レイズはニヤリと笑った。
「まぁ、それはいいとしてだ」
レイズの目が、少しだけ真面目になる。
「ところで――ローディオの旦那は来てないのか?」
その名が出た瞬間。
カリナの表情が、ほんのわずか緩んだ。
「ローディオ殿は……魔族復活よりも大事な案件をいくつも抱えていますので」
「おいおい、魔族復活より大事って何だよ」
「さぁ?」
カリナは表情1つ変えずに淡々と答えた。
「他国の騎士様には言えぬことです。
ただ一つ言えるのは――
ローディオ殿の手に余ることが起きた時、この世界が本当に終わる時でしょうね」
静かな言葉。
そこには、圧倒的な信頼が滲んでいた。
俺は堪えきれず、口を挟む。
「なぁ、カリナ。
ローディオって、そんなに強いのか?」
「ウルシア最強の男です」
即答だった。
「聖騎士の中の聖騎士。
“光の災厄”とも呼ばれています」
「名前からして物騒なんだが」
「実際、名前以上に物騒ですよ」
ソーが横から口を挟む。
「僕も一度だけ手合わせしてもらったことがあるけど……
正直、あの人が本気を出したら、王都一つくらいなら“誤差”で巻き込まれると思うよ」
(えぐ……)
ラナが、胸元でクスクス笑う。
(そんな人が“魔族復活より大事な案件”抱えてるって、逆に怖いわよね)
(本当に何してんだろう……)
そんな噂話をしていると、テラスの向こうから重い足音が近づいてきた。




