第14話:強さの理
馬車の旅とかしてみたいですね。
では14話、どうぞ
出発前日。
カリナが俺を呼び出した。
城の裏庭。 手入れされた芝と、簡素な木のベンチが並ぶ静かな場所だ。
「来てくれてありがとう」
カリナは鎧ではなく、軽装だった。 髪を一つに結び、剣も持っていない。
そういう姿を見ると、自分と同い年ぐらいの普通の女性に見えるから、不思議だ。
「なにか、聞きたいことがあるんだろう?」
「…聞きたいことってか、気になることはある」
「君は分かりやすい」
カリナは柔らかく笑った。
「さっき、城下で子どもたちを見ていただろう? 火花を飛ばしたり、水を操ったり、砂を固めたり。 あれを見て、首をかしげていた」
「……うん」
ごまかしても仕方ないので、素直に頷く。
「この世界には魔法があったり、レイヴンやソーみたいに、とんでもない力を出す奴らがいるけど……ああいうのも“魔法”なのか?」
「なるほど。そこからか」
カリナは少しだけ目を丸くし、それから納得したように頷いた。
「君の元いた世界では違うんだな」
「少なくとも、何十メートルもジャンプしたり、火を素手で出したりはしないな」
「では、順番に説明しよう」
カリナはベンチに腰を下ろし、隣を顎で示した。 俺も座ると、ちょうど目線が合う高さになる。
「この世界の人間には、大きく分けて二つの“力”がある。 魔力と、闘力だ」
「魔力と、闘力」
「魔力は分かりやすい。炎や氷、雷などの属性を操ったり、他人の傷を癒したり、他者の能力を上げたり下げたり、幻覚を見せたり……外に作用させる力だ」
「レイヴンの肉体強化は?」
「肉体強化魔法というものもあるが、あれはほとんど闘力だな」
カリナは指を一本立てた。
「闘力は、自分自身に作用する力だ。 筋力を底上げしたり、皮膚を硬くしたり、体幹を強化したり。 傷の治りを早めるのも闘力の応用。 魔力が“外向き”、闘力が“内向き”と考えるといい」
「なるほど……」
「例えば、走るのが速い人、力が強い人、頭の回転が速い人、手先が器用な人。 みんな得意分野が違うだろう?」
「まぁ、いるな。勉強だって、計算が得意とか、歴史が得意とか」
「それと似ている。 魔力にも闘力にも、得意分野と不得意分野がある。 火だけ得意な者。 治癒だけ上手い者。 幻術しか使えない者。 闘力も、筋力強化だけ異様に高い者や、防御だけ得意な者もいる」
カリナは自分の胸元に手を当てた。
「私は、闘力が高い。 体を動かすこと、剣を振るうことと相性がいい。 魔力は……光属性の魔法だけ、そこそこ使えるが、それ以外はからっきしだ」
「カリナは“そこそこ”って言うレベルじゃないと思うけど」
「お世辞かな?」
くすっと笑ってから、続ける。
「八咫烏のレイヴンは、闘力が極限に高いタイプだ。 肉体を鍛え上げ、闘力でさらに底上げし、魔法はほとんど使わない。 魔力は低いが、あれだけの闘力があれば問題ない」
「ヴラーナは?」
「あれは逆だな。魔力、とくに幻術系への適性が異常に高い。 もちろん闘力も高いが、レイヴンほどではない」
たしかに、そうだ。
レイヴンは、暴力、の塊。 ヴラーナは、見えない鎖や幻影で翻弄するタイプ。
「魔力は、先天的なものや幼少期の体験が大きく影響すると言われている。 恐怖、憧れ、信仰、怒り。 何を強く感じて育ったかで、伸びる方向が変わるそうだ」
「闘力は?」
「闘力は、先天的なものもあるが後天的に伸ばしやすい。 鍛錬で筋肉がつくように、訓練次第で高められる。」
カリナは剣士らしく、鍛錬の話になると少し嬉しそうだ。
「で、俺は?」
聞くべきか迷ったが、我慢できずに聞いた。
カリナは一瞬、言葉を選ぶように黙り――正直に答えた。
「君は、不思議と……どちらも感じない」
「…………」
「魔力も、闘力も。 普通の農夫や子どもより、低いくらいだ」
ペンダントの中で、ラナが盛大に吹き出した。
『ぶはっ……ごめ、ごめん……! だってさ、“世界の命運背負ってる男のステータスが、村人以下”ってさ……!』
(笑い事じゃねぇよ!)
『いやいや、落ち込まないの。 その代わり、相棒には武装化があるでしょ』
ラナの声が、少しだけ優しくなる。
「キミの中には、魔力も闘力もほとんどない。 だから逆に、他の存在の力を最大限引き出せる。 モンスターの魔力も闘力も、そのまま“武装化”として受け入れられるのではないかと思う」
「……ガバガバだから、なんでも入る、ってことか」
『言い方』
俺とラナが心の中で言い合っている間に、カリナは続けた。
「正確には、君自身の本来得ているはずの魔力と闘力が“すべて武装化に割かれている”ように感じる。 自分自身を強くする方向には働かず、触れた生物を武装化するためだけに使われている」
「それ、損してない?」
「どうだろうな」
カリナは空を見上げた。
「君は自分自身の身体能力を伸ばしづらいかもしれない。 だが、神獣や神王獣の力を、限界以上に引き出せるかもしれない。 もし普通の者が神王獣を体に纏うならば、身体が耐えられないだろう」
『そうそう。普通の人間だったら、私をまとった瞬間、全身の骨が砕けるだろうね』
(怖いことをさらっと言うな)
「君は、その意味で“特化している”。 魔力も闘力も、方向性が誰とも違う」
カリナはそう締めくくると、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「だから、私にも正確な数値は分からない。 ただ一つ言えるのは――」
「言えるのは?」
「君は、“普通の指標では測れない”ということだ」
なんとも言えない診断結果だ。
でも、なぜか悪い気はしなかった。
◇
出発当日。
王都の門前には、いつも以上の人だかりができていた。
ウルシアの紋章が描かれた旗。 カエサルへ向かうための、頑丈な旅用馬車。 装備を整えたパラディンたち。
その中央に、俺たち五人が立つ。
ソーは二振りの剣を腰に。 カリナは光を受けて輝く鎧をまとい。 ギリーエは動きやすそうな礼装に、書類ケースを肩から下げている。 バルドとメルダは、無言で周囲に睨みを利かせていた。
王城のバルコニーから、王の声が響く。
「ウルシア王国代表よ。 カエサルとの同盟は、魔族復活に備えるための大きな一歩である。 剣を交えるのではなく、剣を揃えるための会談だ」 どこかで誰かが歓声を上げる。
その中で、ギリーエが小声で俺たちに言った。
「さぁ、行こうか。 片道2ヶ月コースの長旅だ」
「なぁ、本当に2ヶ月もかかるのか?」
「最短距離を走れば、1ヶ月弱で行けるよ。 でも――」
ギリーエは、にやりと笑う。
「途中で“困っている街や村”を助けながら進む。 それが、今回の肝だよ」
「……恩売りってやつ?」
「そんな物騒な言い方は好きじゃないな。 正しくは、“先に義理を積んでおいて、あとから利を得る”だ」
この人、やっぱりタチが悪い。いい意味で。
「カエサルは、自国の情報に敏感な国だ。 自分たちの領土に入る前から、“ウルシアの一行が道中で魔物を討伐し、商隊や村を救っている”と噂が届いていれば……」
「会談のテーブルについたとき、“足を組んで頬にひじをついて”会話ができる」
カリナが小さく頷いた。
「ギリーエ殿のやり方は、清濁併せ呑むが、筋は通っている」
「お褒めにあずかり光栄だよ、聖騎士カリナ殿」
ギリーエは軽く頭を下げ、それから俺に向き直った。
「というわけで、君の出番も多い。 派手にやりすぎない程度に、街道の魔物を片付けてくれ」
「やるだけやってみるよ」
『悪くないね! 誰かを助ける旅って』
ラナの声が、少しだけ弾んでいた。
俺は荷物を背負い直し、王都の門を振り返る。 そこには、いつものように人々がいて、いつものように朝の喧騒がある。
その“いつも”を守るための旅だ。
そう思えば、足も自然と前に出る。
◇
カエサルの国境付近。
その手前の森で、いきなり想定内の“仕事”が舞い込んできた。
「助けてくれぇぇ!!」
荷車を引いた商人が、血相を変えてこちらに走ってくる。 その背後からは、牙を剥いた巨大な猪――ロックボアが数頭。
「ギリーエ殿」
「分かってる。ここはやるしかないね」
ギリーエが手を上げる。
「ソー、カリナ殿。派手すぎない範囲でお願いします。 僕たちが通ったことが、ちゃんとお相手に伝わるくらいに」
「了解、兄上」
ソーが柔らかく笑い、二振りの剣に手をかける。 その瞬間、瞳の色が少しだけ鋭くなった――悪ソーだ。
「じゃあ、軽〜くクソ暴れるか」
「どっちだよ」
俺はついツッコんでしまう。
「はいはい分かってるって。今は“外交モード”だろ?」
悪ソーはそう言いながらも、楽しそうだった。
ロックボアたちが突進してくる。 その前に、カリナが一歩踏み出す。
足元に光の輪。 全身に、うっすらと光がまとわりついた。
「――見ていると良い、これが闘力だ」
空気が一瞬、重くなる。
カリナの一太刀。 それだけで、先頭のロックボアの牙が砕け、体が横に弾き飛ぶ。
ソーはその横をすり抜け、聖剣ラナを抜かずに柄で一頭の顎を打ち抜いた。 闘力で強化された一撃。 骨が砕け、猪が沈む。
(これで“手加減”なんだからな……)
俺は苦笑しつつ、後ろから回り込んできた一頭の背に飛び乗り、クリスタルワイバーンの指輪に意識を流す。
右手に、小さな結晶の手甲。 そのまま拳を叩き込むと、ロックボアの体が地面にめり込んだ。
「す、すげぇ……」
助けた商人が、ぽかんと口を開けている。
ギリーエはその肩を軽く叩き、にこりと笑った。
「怪我はありませんか? ウルシア王国の使節団です。お困りでしたら、王都に向かう道すがら守りましょう」
「ウ、ウルシアの……! 聖剣の……!」
商人の目が一気に輝いた。
きっとこうして噂は、勝手に広がっていくのだ。
◇
そんな小さな“善行”をいくつも積み重ねながら、旅は北へ進んだ。
夜。 焚き火を囲んで、俺たちはいつものように簡単な夕食をとっていた。
ギリーエは地図と書類を広げ、カリナは剣を磨き、ソーは焚き火の火をぼんやりと見つめている。
俺はラナの声を聞きながら、魔力と闘力の話を頭の中で整理していた。
「なぁ、ソー」
ふと顔を上げる。
「お前の魔力と闘力って、どんな感じなんだ?」
「僕の?」
穏やかなソーが首を傾げる。 その瞬間、瞳の奥で悪ソーが笑った。
「説明してやろうか?」
「出てきたな」
「いいぜぇ、ちょうどクソ暇してたからな」
声は荒く、笑い方も少し乱暴。 だが、敵意はない。
「俺はな、魔力も闘力も、バランスよくクソ高ぇ方だ。 ただ、二つの人格で得意分野がちょっと違ぇな」
「違う?」
「善い俺は、制御が上手い。 治癒や補助系の魔法、細かい剣技。 俺は、火力と瞬発力に偏ってる。 ぶん殴るのと斬り飛ばすのがクソ得意だ」
「自分で言うのかよ」
「まぎれもねぇクソ事実だ」
悪ソーは誇らしげに言った。
「二つの人格で、別々に器を持ってる感じだな。 だから聖剣と魔剣の両方に“そこそこ適性がある”」
「そこそこ、ねぇ……」
『あのレベルで“そこそこ”って言うの、反則だよね』
ラナが呆れた声を出す。
「ウルシアではカリナが1番の闘力なのか?」
気になったことを、ぶつけてみた。
「私などあのお方に比べたらまだまだだ」
カリナはなぜか誇らしげに言う
「えぇ!?嘘だろ、他にヤバいのがいるのか」
「ああ……」
善ソーと悪ソー、両方の気配が一瞬、黙り込んだ。
ギリーエも地図から顔を上げる。 カリナも手を止めた。
「ローディオ殿、彼はウルシア最強の聖騎士だ」
先に口を開いたのはカリナだった。
「闘力と魔力、どちらも規格外。 剣だけでなく、あらゆる武器を使いこなし、素手でドラゴンを殴り倒すと言われている」
「盛ってない?」
「少し盛ったかもな」
カリナが珍しく冗談を言った。
「だが、おそらく不可能ではない。 事実、彼が動いた戦場で敗北はない」
「そんなやつ、なんで前に出てこないんだ?」
「あまり詳しくは言えないが、ローディオ殿は忙しいんだ、とてもね」
『……ローディオ、会ってみたいね』
ラナの声に喜びが混じっている。
(それまでに、死なないようにしないとな)
『うん、そこ大事』
焚き火の火が弾ける。
魔力。 闘力。 聖剣。 魔剣。 アーティファクト。 竜騎士。 聖騎士。 八咫烏。
名前だけならいくらでも出てくる。
その全部の真ん中に、自分が立ってしまっている――そんな実感が、ゆっくりと腹に落ちていく。
◇
旅から2ヶ月。
カエサル王国の王都が見えてきた。
ウルシアの城壁より一回りも二回りも大きい、黒鉄色の要塞。 その上空には、巨大な影――ドラゴンがゆっくりと旋回している。
「うわ……」
思わず声が漏れた。
「ようこそ、軍事国家カエサルへ」
ギリーエが、少しだけ愉快そうに言った。
国境門前には、白銀の鎧を纏った騎士たちが整列していた。 胸には白い紋章――ホワイトナイト。
ここから気の抜けない毎日が始まる。
とうとう最強の男ローディオの名前が出てきました。




