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第10話:アーティファクト・ヒナワ

カリナ、可愛いです


では10話、どうぞ!

 八咫烏が城を襲った夜から、まだ三日しか経っていないのに――王都はすでに「いつもの賑わい」を取り戻しつつあった。


 市場は開き、人は笑い、酒場には歌が戻る。

 でも、そのどれもが少しだけ“上滑り”している気がするのは、多分気のせいじゃない。


 俺の胸元では、細い鎖に吊るされた小さなネックレス――ラナの心が、かすかに震えていた。


『ねえ、顔こわいよ』


 胸の内に直接、少女の声が響く。

 勇者ラナ。かつて聖剣ラナを握り、魔剣オボロのせいで殺されて――今は“ラナの心”として俺の武装のひとつになっている少女。


「うるさい。緊張してんだよ、こっちは」


『会議だけでしょ? 魔族と戦えって言われてるわけじゃないのに』


「この城の偉い連中に囲まれて会議するのは、ある意味魔族より怖いんだよ」


 軽口を叩き合いながらも、足は勝手に進む。

 向かう先は――王城の戦略会議室。

 国の中枢と、ギルドの幹部と、聖騎士カリナまで揃う「本気」の会議だ。


 八咫烏。

 黒衣の二人――レイヴンとヴラーナに城を襲われ、俺たちはなんとか撃退こそしたものの、パラディン三人もSランク冒険者も重傷。

 俺も、カリナが来るのが少しでも遅かったら多分死んでた。


 あいつらは本気で聖剣と魔剣を狙いに来ていた。

 じゃあ、その先に何があるのか。


 その答えを聞かされるのが――たぶん、今日だ。


◆ ◆ ◆


 会議室は、やたらと広かった。


 長い楕円形のテーブル。

 片側にはウルシア王国の大臣やナイトやパラディンたち。

 反対側には冒険者ギルドのギルドマスターと、各支部の長。


 そして、部屋の正面には王――エルムンド三世。

 その少し後ろに控えているのが、白銀の鎧をまとった聖騎士カリナ。


 淡い金髪を後ろで束ね、青い瞳で全員を静かに見渡している。

 いざ戦場に立ったときは“絶対的な安心感”の塊みたいだったが、こういう場に立っていてもやっぱり空気が違う。


 俺は、末席のさらに端っこ――“関係者席”みたいなところに座らせられていた。


『わぁ……偉い人ばっかり』


 胸元でラナが小さく囁く。


(お願いだから、ここで喋りかけ続けるのやめてくれ。俺、変な顔になるから)


『ふふ、がんばれ糧食係』


(もう糧食係じゃねぇよ……多分)


 そんなやりとりをしていると、王がゆっくりと立ち上がった。


「――では、始めよう」


 その一言で、部屋のざわめきがすっと消える。


「三日前、王城地下に保管していた聖剣ラナ、魔剣オボロを、正体不明の集団“八咫烏”が奪取しようと試みた」


 王の声は低く、よく通った。


「パラディン三名、Sランク冒険者一名、それに武装の加護を得た冒険者の奮戦――そして聖騎士カリナの参戦により、事なきを得た」


 そこまで言って、王は一瞬こちらを見る。


 俺は慌てて視線をそらした。

 こういうときに顔を上げたら負けだ。


「幸い、死者は出なかった。これは奇跡と言ってよかろう」


 重い空気の中、カリナが小さく目を伏せる。

 あの夜、彼女が来るのがあと数分遅かったら――俺は多分、ここにいない。


「だが八咫烏は戦略的撤退を行った。

 奴らはただの賊ではない。

 明確な“目的”を持っている」


 王は横に立つ老人へ目を向けた。


「封魔研究院院長、オルテガ。説明を」


 立ち上がったのは、白髪混じりの男だった。

 深い皺の刻まれた顔、痩せた指、ローブの袖口から覗く無数の紙片。


「……八咫烏」


 低くかすれた声が部屋に落ちる。


「その名は、聖剣や魔剣が出現し始めると同時に、陰で囁かれてきた。

 “三本足の烏を紋章とし、世界中を飛び回り、聖剣・魔剣・アーティファクトを集めている”――と」


 テーブルの上に、古びた地図が広げられる。

 イーリス大陸全図。


 その上に、小さな黒い印がいくつも置かれていく。


「各地の遺跡、封印、王家の書庫。

 どこも、“烏らしい影”が残っていた。

 目撃情報は少ないが、どの証言にも共通する点がある」


「共通点?」


 ギルドマスターが問いかけると、オルテガは静かに頷いた。


「一、彼らは“二人”で行動することが多い。

 二、必ず聖剣・魔剣・アーティファクトに関わる場所を狙う。

 三、魔族の封印に関する文献を、徹底的に集めている」


 封印。

 その単語に、部屋の空気がさらに重くなる。


「千年前――封魔戦争」


 老人の視線が、俺のほうへふっと向いた。


「イーリス大陸は魔族に支配されかけた。

 各国は、異世界から三人の職人を召喚した。

 刀匠が聖剣三本を。刀鍛冶が魔剣四本を。鉄砲鍛冶がアーティファクト五つを作り出した」


 ラナが胸の中で、息を呑んだような気配を見せる。


『……はじまりのお話だ』


「その武具によって、魔族は封じられた。

 今、綻びつつあるのは“封印の一層目”にすぎん。

 真の魔王は、さらに深い層に縫い付けられている」


「真の……魔王?」


 誰かが思わず繰り返す。


「八咫烏は、そこを目指している」


 オルテガの声は、やけに静かだった。


「おそらく彼らの目的は、“封印を完全に解き放つこと”だ」


 会議室に、はっきりとした絶望の線が走った。


「ちょっと待て」


 ギルドマスターがテーブルを叩く。


「なんで封印を解きたい!?

 魔族が復活すりゃ、真っ先に死ぬのは人間だぞ!」


「わからん」


 オルテガは首を振る。


「信仰か、狂気か、あるいは――別の何かを知っているのか。

 ただひとつだけ言えるのは、八咫烏は“全ての武具”を集めようとしている。

 聖剣六本。魔剣四本。アーティファクト五つ。そのすべてを」


 王が、そこで言葉を継いだ。


「ウルシアは、すでに2つを抱え、1つの場所を特定している。

 聖剣ラナ。魔剣オボロ。アーティファクト《ヒナワ》の伝承」


 その名に、テーブルの端で何人かが息を止めた。


「ヒナワ?」


 俺も思わず小さく声に出す。

 それに、ギルドマスターが答えた。


「千年前に異世界から召喚された鉄砲鍛冶が作った、原初の“火器”。

 火薬と術式を組み合わせた、国一つを焼き尽くす火力――アーティファクト《ヒナワ》」


『やばそうな名前出てきたね』


(マジでやばそうだな)


 オルテガが、古びた巻物を広げる。


「ウルシア王国が持つ伝承によれば、ヒナワは“大陸南方、海沿いの古代砦”に眠る。

 封魔戦争の最後、『これ以上使えば世界が壊れる』と恐れた各国が、共通の儀式をもって封じた、とある」


 地図の一角――海沿いの地方に赤い印が置かれる。


「問題は、我が国の地下まで潜り込まれたということは、八咫烏もその情報にたどり着いている可能性がある」


 王はゆっくりと頷き、全員を見渡した。


「ゆえに――早急にヒナワ回収隊を編成する」


 その一言で、会議室の空気がまた変わった。

 今度は覚悟と戦意の混じった空気に。


◆ ◆ ◆


「ヒナワ回収隊の構成については、すでに案がある」


 王の声とともに、一枚の紙がテーブルの上を滑っていく。

 そこに記されているものを見て、心臓が跳ねた。


 ――そこに、武装の冒険者とあったからだ。


「第一候補。

 ウルシア側から三名。

 聖剣ラナ・魔剣オボロの適合者、第四王子ソー」


 王の隣の扉が、コツコツとノックされる。

 入室した青年の姿に、会議室の半分くらいがざわめいた。


 金色の髪。

 静かな藍色の目元。

 上品な立ち居振る舞い。


 以前、聖剣ラナ選定大会のときに見た、あの第四王子――ソーだった。


「殿下が……適合者に?」


 誰かが呟く。


「聖剣と魔剣の、二振りとも……?」


 ソーは王の前で片膝をつき、静かに頭を下げた。


「陛下の命のままに。

 この身が砕けるまで、剣を振るいましょう」


 その声は、ひどく穏やかだった。

 柔らかく、丁寧で、王子らしい気品がある。


 ――だが。


『でた、ソー王子……』


 胸元のラナが、かすかに声を落とす。


『魂の“色”が二つある』


(色?)


『片方は穏やかで、優しい。

 でも、もう片方は――真っ黒に近い濃い色。

 憎しみとか、怒りとか、そういうのに近い』


 聖剣と魔剣。

 相反する二つの武具。

 それを同時に握れるのは、光と闇、善と悪、その両方を抱え込める器を持つ者だけ。


 ソーの中には、二つの人格が同居している――と、前にオルドが言っていた。


「第二候補。

 聖騎士カリナ」


 王に名を呼ばれると、カリナは静かに一礼した。


「ヒナワは『国を滅ぼす火力』を持つ。

 ゆえに、その暴走を食い止めるための“力”が必要だ。

 その役割は、聖騎士カリナに任せたい」


「謹んで、お受けいたします」


 短い返事の中に、一切の迷いはなかった。


「そして――三人目」


 王の視線が、ゆっくりとこちらを向く。


「ミリア防衛戦、聖剣ラナ暴走鎮圧、魔剣オボロ回収任務、ならびに八咫烏撃退戦における功労者」


 喉が勝手に鳴った。


「“名もなき異世界の迷い人”よ」


「……かっこいいな、、」


 思わず小声でツッコんでしまった。

 周囲の数人がクスリと笑い、王はほんの少しだけ口元を緩める。


「本人の希望もあり、名は公にはせぬ。

 だが、お前の力はすでに歴戦の騎士にも匹敵すると判断している。

 ヒナワ回収隊、三人目のメンバーとして――命ずる」


 立ち上がる脚が、少し震えていた。


『やったね、主役ポジション』


(……やった、っていうか……)


「異議のある者は?」


 王が問う。


 ギルドマスターが一瞬だけ考え、すぐに首を横に振った。


「ありませんな。

 うちとしても、“彼”の力は買ってます」


 カリナも静かに俺を見て、一度だけこくりと頷く。

 ソーは、ほんの少しだけ微笑んだ。


 ――三人。


 聖魔の王子。

 光の剣姫。

 そして、モンスターを武装化する、名もなき異世界人。


 王はゆっくりと言葉を結んだ。


「では――ヒナワ回収任務を、正式に発令する」


 その瞬間、胸のネックレスがふっと温かくなった。


『行こう』


 ラナの声は、不思議なくらい静かで、覚悟に満ちていた。


『カシアンを倒したんだ、自信持って行きなよ』


 そうだ。

 俺はもう、ただの雑用係じゃない。


 ラナと、オルド、ミリアで死んでいった仲間たちの“先”を背負っている。


 王都の外には、大陸南方への長い道のりが待っている。

 海沿いの国オーシャン。

 エルフの国シルア。

 そして、ヒナワが眠る古代砦――


 そこへ向かう旅の始まりが、今,“正式に”宣言されたのだ。


◆ ◆ ◆


 会議が終わり、王城の長い廊下を歩きながら、俺は大きく息を吐いた。


「ついに、アーティファクトか……」


『ワクワクしてるの?』


「正直、半々だな。

 ワクワク半分。死にたくない半分」


『ふふ、相変わらずだね』


 廊下の先で、誰かが俺を呼んだ。


「――やぁ!そこの」


 振り向くと、壁にもたれていた青年がこちらへ歩いてくる。


 金色の髪。

 穏やかな目。


 第四王子、ソー。


「少し、話しをしないかい」


「あ、ああ」


 横に並んで歩き出す。

 気まずい沈黙が数秒続いたあと、ソーが口を開いた。


「君が……ミリアで、神獣を纏った“結晶の戦士”か?」


「やめてくれ、その言い方」


「否定はしないんだな」


「しないけど、肯定もしたくない」


 ソーが、くす、と笑う。


「安心した。

 英雄ぶってないところが、君らしい」


「話すの、初めてだよな? 俺ら」


「あぁ、見たのは観客席に一回、会議室で一回。

 あと、噂話で十回くらいかな」


「噂?」


「ラナが、君を褒めてたから」


 胸のネックレスが、びくりと震える。


『え、いつ!? どこで!?』


(ふーーん)


 ソーはふっと真顔になった。


「……ラナの仇を討ってくれて、ありがとう」


 その一言は、妙に重かった。


「俺は、あの日、王城から動けなかった。

 魔剣オボロ回収に志願しながら、選ばれなかった。

 君がいなければ、今ここにある二振りは、今頃八咫烏かカシアンの手にあったかもしれない」


「……やめろ、やめろ」


 頭をかく。


「褒められるのは苦手なんだよ。

 俺はただ、死なないよう――

 神獣にしがみついただけだ」


「それでも、結果は変わらない」


 ソーはそこで少しだけ表情を変えた。

 柔らかな笑みが、ふっと影を帯びる。


「……君には、気をつけろと言っておく」


「は?」


「僕の中には、二人いる。

 一人は今、君と話している“ソー”だ。

 もう一人は――剣の前に立つと、顔を出したがる」


 聖剣ラナと、魔剣オボロ。


「僕が制御を失ったら、迷わず止めろ。

 殺してでも、ね」


「気軽に言うなよ、王子様」


「仲間になる者には、本当のことを伝えておきたいんだ」


 そこでソーは、少しだけ救われたように笑った。


「ヒナワ回収の旅、頼りにしている。」


『……ソー、ちゃんとした王子だよね』


(もう一人のほう、早くも不安なんだけど)


 そんな軽口を胸の中で交わしながら、俺は窓の外を見上げた。


 二つの月が、白い光を落としている。

 封魔戦争の残響は、まだ終わっていない。

 むしろ――これからが本番だ。


 聖剣。魔剣。アーティファクト。八咫烏。

 そして、まだ姿を見せない“真の魔王”。


 輪廻の唄は、まだ一節目を歌い終えたばかり。


 ウルシア王国を離れ、海沿いの国オーシャン、エルフの国シルアを経て、ヒナワが眠る古代砦へ向かう旅が始まる。


 死にたくない俺と、

 死んでもなお戦うラナと、

 聖魔を宿す王子と、

 聖なる騎士。


 その四つの影が、ゆっくりと同じ方角へ歩き出そうとしていた。

とうとうアーティファクト出てきましたね。


長旅が待ってます。

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