第1話:始まりの唄
はじめまして。
この物語は――
剣も魔法も使えないまま異世界に放り込まれた、ただの“雑用係”が、
聖剣・魔剣・アーティファクト、そして千年前の戦争の“続き”に巻き込まれていく話です。
最初は本当に何もできません。
俺TUEEEも、即チートもありません。
できることは、生き残ることと、情報を集めることだけ。
ですが、この世界には
・千年前に封印された魔族
・伝説だと思われていた聖剣や魔剣
・それらを巡って動き出す各国と怪しい勢力
が、確かに“眠って”います。
静かな日常から、少しずつ歯車がズレていく――
そんな物語を楽しんでもらえたら嬉しいです。
※更新はできるだけ頑張ります。
※感想・評価、とても励みになります!
眩しい、という言葉じゃ足りない。
光は“爆ぜた”というより、世界のページが破られて、裏側の白紙が露出したみたいに――視界のすべてが真っ白になった。
次の瞬間。
足裏に伝わる感触が、はっきり変わった。
アスファルトの頼りない熱じゃない。
硬く、冷たく、容赦のない石の感触。
ゴツゴツした継ぎ目が靴底越しに骨まで響く。
同時に、鼻を刺す匂いも変わる。
鉄。
焚き火。
香辛料みたいな甘辛い匂い。
そして――どこか獣臭い、濃い生命の匂い。
「……は?」
声が出た。
情けないほど小さい声が、喉の奥から漏れた。
目の前にそびえていたのは、巨大な城壁だった。
現代日本の“防潮堤”みたいな無機質さじゃない。
白い石で組まれ、ところどころに魔法灯らしい光が埋め込まれて、夜をじわりと照らしている。
城門の周辺には、鎧姿の戦士。
腰に剣。槍。盾。
歩哨の足音が石畳を鳴らし、夜市みたいな屋台が並び、ランタンの明かりが揺れている。
――異世界。
よくあるやつだ。アニメで見たことがある。
なのに、胸が躍るより先に、身体が勝手に警戒態勢に入っていた。
「立ち尽くすな、ここは“入口”だ」
そんな警告が、背骨の内側から湧き上がる。
ここがどこであれ、ぼーっと突っ立ってる奴は、真っ先に狩られる。
そして俺は、まさに“狩られる側”の匂いを出している。
「……まずい」
自分で言って、自分で頷く。
状況が分からない。武器もない。逃げ道もない。
その時だった。
空が――影で、切られた。
見上げた瞬間、肺が呼吸を止めた。
二つの月。
青白い月と、少し赤みを帯びた月が、夜空に並んで浮かんでいる。
その間を、巨大な影が滑るように横切った。
翼を広げた黒い巨体。
鱗が光を吸い、尾が空気を裂き、重い羽ばたきが“音”としてではなく“圧”として落ちてくる。
――ドラゴン。
「……いや、マジかよ」
俺の声は震えていた。
恐怖よりも、現実感が追いついてない震えだ。
だが、周りの人間は驚かない。
誰も逃げない。
屋台の親父は酒を注ぎ続け、兵士は巡回を続け、子どもは指をさして笑っている。
ここでは、あれが“日常”なのだ。
(……俺だけが、異物)
そう思った瞬間。
背後から柔らかい声がした。
「困りごとか?」
振り向くと、騎士が立っていた。
銀の胸甲。青い外套。
肩には紋章。
目つきは鋭いが、敵意はない。
“困っている者を見つけた”と判断した者の視線だった。
「……少し、事情があって」
俺は、言葉を選びながら答えた。
ここで「異世界に飛ばされました」なんて言っても、信じてもらえない。
信じてもらえないなら、次は“面倒な奴”扱いされる。
面倒な奴は、最初に切り捨てられる。
騎士は、俺の全身を一度だけ見た。
武器なし、荷物なし、ぼんやりした目――“素性不明”の典型。
それでも、彼はため息をつくだけで済ませた。
「そういう顔だな。ギルドで話を聞くといい。ついてこい」
拒否権がない言い方。
けど、これはたぶん“助け舟”だ。
俺は黙って頷き、彼の後ろについて歩き出した。
石畳の街路。
窓から漏れる灯り。
酒場の笑い声。
魔法灯が、ランタンみたいに揺れている。
そして――聞き取れない言葉が飛び交っているのに、意味だけが頭に入ってくる。
(……なんで分かる?)
ありがたいが、不気味だ。
転移者にありがちな“仕様”だと割り切らないと、頭が壊れる。
◆
案内された建物は、木造の大きなホールだった。
分厚い扉の上に掲げられた紋章は、剣と獣の頭骨を組み合わせたもの。
血なまぐさいのに、妙に整っている。
扉が開く瞬間、喧騒が一気に溢れた。
酒の匂い。
肉の焼ける匂い。
汗と鉄と香辛料。
笑い声と怒鳴り声と、乾杯の音。
――冒険者ギルド。
広いホールには、人、人、人。
獣人もいる。耳の長い奴もいる。
背丈が低くて筋肉が岩みたいな奴もいる。
誰もが武器を持ち、傷を持ち、目が生きている。
壁の掲示板には依頼票がびっしり貼られていて、札の前には人だかり。
誰かが魔法を見せびらかして小爆発を起こし、店主らしき男が怒鳴り散らす。
混沌の見本市だ。
カウンターの奥には、受付嬢がいた。
髪は結い上げ、目は利発。
そして“新人”を見た瞬間に、顔が少しだけ柔らかくなった。
「あら。新顔ね?」
「ああ……えっと、そうだな」
(どう説明する?)
迷ってる俺を見て、受付嬢は“迷ってる奴の扱い”を心得た笑みを浮かべる。
「剣術とか魔法はできる?」
「……いや、どっちも使えない」
一瞬だけ空気が止まった。
周りの冒険者が「え?」って顔をするのが視界の端に見えた。
だが受付嬢は、迷いなく言った。
「じゃあ雑用班ね!」
即決。容赦なし。
でも、その即決が俺を救った。
「雑用班……?」
「そう。依頼票の運搬、倉庫整理、荷車押し、護送隊の補助、街の掃除。地味だけどね、ギルドが回るための大事な仕事なの」
彼女はにこにこしながら、銅色のプレートを差し出した。
「ここ、ウルシア王国は冒険者大国。新人が“生き延びる道”を作るのもギルドの役目。焦らず慣れなさいな」
ウルシア王国。
国名だけが、やけに耳に残った。
「……ありがとう」
「いいのよ。で、名前は?」
名前を言うのは嫌だった。
名乗ってしまったら元の世界に帰れない。
そんな気がした。
でもここで黙ると、それはそれで怪しい。
俺は少しだけ考えて、声を発した。
「……俺は、――」
言いかけた瞬間、喉が詰まった。
自分の名前が“異物”になる気がして、舌が拒否した。
受付嬢はそれを見て、少しだけ声を落とす。
「事情ありって顔ね。無理に聞かないわ。」
彼女は、俺にプレートを握らせる。
「今日は宿の手配もしておくわ。まずは寝ましょ。生きるためには、まず寝るの」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
◆
宿は、ギルドの裏手の小さな建物だった。
窓からは王都の灯りが見える。
部屋は狭いが、清潔だ。
ベッドは硬いが、地面よりマシだ。
俺は、備え付けの服に着替えた。
布は粗いが丈夫で、動きやすい。
“冒険者の世界の標準”が、こういうのだと分かる。
窓を開けると、夜の空気が冷たく、澄んでいた。
二つの月が、静かに浮かぶ。
街の灯りは、花火じゃない。
城の塔に並んだ魔法灯と、街中のランタンと、篝火が混ざって、夜の空気そのものがほんのり明るい。
(……現実味がねぇ)
なのに、心臓だけは現実的に鼓動している。
(……俺、戻れるのか?)
考えた瞬間に、脳が拒否した。
答えがない問いは、人を壊す。
今は――生きる。
生き残って、情報を集めて、状況を掴む。
それが最優先だ。
◆
翌朝。
俺はギルドの倉庫で、依頼票の束を運んでいた。
紙の束は意外と重い。
腕がじわじわと疲れてくる。
だが、こういう単純作業は、頭を守るにはちょうどいい。
掲示板の前に依頼票を補充していると、昨日の騎士が現れた。
「新入り。お前、物怖じしないな」
「物怖じしてる。ただ、表に出さないだけだ」
自分で言って、自分で笑いそうになる。
騎士は鼻で笑った。
「いい答えだ。手伝え。今から食料搬入の荷車を隊商に付ける」
「……護送?」
「補助だ。戦う必要はない。
だが“国の外”を知るにはちょうどいい。ついてこい」
俺は頷いた。
“国の外”。
それは今の俺に一番必要な情報源だ。
◆
城門を抜けると、壁の外は広い。
草原が広がり、遠くに森があり、さらに遠くに山の影が見える。
王都の壁は近くで見ると、凄まじい厚みだった。
しかも、ただの石壁じゃない。
ところどころに刻まれた文様が、薄く光っている。
俺が見上げていると、騎士が言った。
「ウルシア王国はな、大陸で二番目にデカい。
だが、本当にすごいのは……あの壁だ」
「壁?」
「魔物や魔族を寄せつけない《聖域障壁》が埋め込まれてる。
千年前の封魔戦争の時に造られた技術らしい」
封魔戦争。
またその言葉だ。
「封魔戦争って?」
騎士は肩をすくめた。
「ああ。千年前、大陸を支配しようとしていた魔族に対し、
人間、亜人、獣人、ドワーフ、エルフ……色々な種族が同盟して戦った戦争だ」
「……どうなった?」
「勝ったさ。魔族は封印された。
まあ、俺も文献と伝承でしか知らんがな」
封印。
その言葉が、妙に嫌な形で胸に残った。
封印ってのは、“倒せないから閉じ込める”って意味でもある。
つまり――
今もどこかに、“倒せなかったもの”が眠っている。
◆
隊商は、食料と布と道具を積んだ荷車を数台。
護衛に冒険者が数名ついている。
俺は荷車を押しながら、周囲の会話を拾う。
この世界で生きるなら、会話は“無料の情報”だ。
「なぁ、最近また増えてんだろ?」
冒険者が言う。
「《聖剣》だの《魔剣》だの、《アーティファクト》の噂」
「ウルシアには聖剣ラナと魔剣オボロの伝承があるらしいぞ」
「グリンデル王国には、実際に聖剣の所持者もいるって噂だ」
グリンデル。
その名前は、なぜか不思議と耳に残った。
多種族が共存する国。芸術が栄え、訪れるだけで楽しい国――と、昨日ギルドで誰かが言っていた気がする。
別の冒険者が声を潜めた。
「八咫烏って名乗る連中が動いてるって噂も聞いたぞ。
聖剣六本、魔剣四本、アーティファクト五つ――
それ全部回収して世界統一するとか言ってるって」
「馬鹿げてる」
「でも、一人一人が“聖騎士”並みって話だぞ」
その瞬間、荷車を押す手に力が入った。
聖騎士。
それがどれくらい強いかは知らないが、周囲の反応で“桁が違う”ことだけは分かる。
「……マジか」
俺は思わず呟いた。
剣も魔法も使えない俺が、そんな世界に放り込まれた。
冗談じゃない。
でも、同時に――
胸の奥で、小さく火が灯る。
“それでも知りたい”という火だ。
世界の仕組み。
武具の真実。
封魔戦争のこと。
知りすぎるのは危険だ。
でも知らなければ、確実に死ぬ。
◆
ギルドに戻ると、俺は受付嬢を捕まえた。
「聖剣とか魔剣とかアーティファクトって、結局なんなんだ?」
受付嬢は、少しだけ困った顔をしてから、指を折って説明した。
「この大陸のどこかには、聖剣が六本。魔剣が四本。アーティファクトが五つ封印されている。
封魔戦争の頃に作られた武具だって伝説があるの」
「伝説、か」
「そう。昔話よ。……でもね」
受付嬢の笑顔が、ほんの少しだけ固くなる。
「近頃、その昔話が“現実”に近づいてる。
聖剣や魔剣が発見されたって冒険者達が噂してる。
千年前の封魔戦争も、実話だったんじゃないかってね」
「みんな信じてないのか?」
「信じてる人もいる。でも千年も前だし、魔族なんて単語も、
子どもに言うこと聞かせる時に使うぐらいだもの」
彼女は肩をすくめる。
だが、その目だけは笑っていない。
「……ただね。最近、焦げ臭いのよ。空気が」
「焦げ臭い?」
「言い方が難しいけど……世界が、火種を抱えてる感じ。
誰も口にしないだけで、みんな薄々気づいてる」
俺は喉を鳴らした。
異世界に来たばかりの俺でも、薄々分かる。
ここは“平和なファンタジー”じゃない。
平和は、薄い膜みたいに張り付いてるだけで、下には確実に血が流れている。
◆
夜。
部屋に戻り、窓から外を見た。
遠く、王都の上空を、黒い影が飛んでいた。
黒龍だ。
こっちの世界では、街の上をドラゴンが飛ぶ。
それなのに、街の人々は驚かない。
誰も叫ばない。
誰も逃げない。
(……この壁があるからか)
《聖域障壁》。
魔族も魔物も寄せつけないという壁。
つまり、魔物は――
寄せつけないようにしないといけないほど危険ってことだ。
窓辺で月を見ながら、俺はぽつりと呟いた。
「ドラゴンのいる世界で……雑用係かよ」
自嘲のつもりだった。
でも、胸の奥で“音のない予感”が鳴った。
これは――ただの雑用じゃ終わらない。
終わるはずがない。
俺はまだ、剣を握れない。
魔法も使えない。
魔力とかも……きっと、ない。
それでも。
この世界は、俺を見逃してくれない。
なぜなら――
聖剣、魔剣、アーティファクト。
封魔戦争。
八咫烏。
魔族。
全部が一本の線で繋がって、未来へ向かっている気がした。
「……巻き込まれるな、これ」
そう呟いたのに、心のどこかが少しだけ――
ワクワクしていた。
怖い。
でも、未知がある。
そして、未知には“生き方”を変える力がある。
俺は拳を握り、息を吐く。
「まずは生き残る。
次に情報を集める。
それで――その先は、その時考える」
その瞬間、胸の奥がほんの少し熱くなった。
まるで、まだ見ぬ何かが――
俺に“準備しろ”と言っているようだった。
◆
こうして俺の異世界生活が始まった。
転移者で、剣も魔法も使えず、冒険者ギルドの“荷物運び要員”。
……だが、このときの俺は知らない。
この“雑用係”が、
聖剣、魔剣、アーティファクトの争奪戦へ――
そして、封魔戦争の“続き”へ――
否応なく引きずり込まれていくことを。
夜空に二つの月が並ぶ世界で、
俺の物語は静かに始まり、静かに狂い始めていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第1章は
「異世界に来た」「何もできない」「でも世界がヤバそう」
という“導入と違和感”を重視して書いています。
・封魔戦争とは何だったのか
・聖剣や魔剣は本当に「正義の武器」なのか
こうした疑問は、今後すべて物語の中で明かされていきます。
次章からは
王都の外
冒険者たちとの本格的な関わり
そして“雑用係では済まされなくなる出来事”
が始まります。
もし少しでも
「続きが気になる」
「この世界をもっと見てみたい」
と思っていただけたら、ぜひブックマークしてもらえると嬉しいです。
それでは、また次の章で。




