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プロローグ

──世界は美しいだろうか。

今そう聞かれたら、「お願いだからポエマーしてる暇があるなら助けてくれ」と答えるだろう。

見知らぬ路地をとにかく走っていた。或る異形から逃げる為、人の命を刈り取る生命体から逃れる為。

知っているようで知らない、わかるようで分からない道のりをただ走っていた。


見慣れた道と、見慣れない道。知っている建物と、知らない建物。

夜のネオンに照らされたそれらは、より一層非日常を演出していた。


何よりも、警報音が鳴り響くと共に"何も無いところ"に浮かび上がったkeepoutを示すであろうそれらの……電光掲示板。

と言うのが正しいのだろうか。今の自分にはゲームか何かの中としか思えない光景に困惑しながらも、迫る恐怖から逃げるために足を動かす。

「はぁっ……はぁっ」

息が上がっているのを感じる。

元来自分は運動が得意な訳では無い。体力もある方では無い。

しかし黙って死ねるほどの度胸もない!


ただ恐怖から逃れるという所謂"生存本能"に従って、少女は走っていた。

そして行き止まりにたどり着いて──

「ここが旅の終点というには……っ……随分と運が悪いというか……」

"袋小路"という言葉の似合う路地裏に、思わず言葉を失う。視線を巡らせるが、道は無い。先程目の前で起きた鏖殺と同じ、嫌な結末しか見えない視界に焦りが加速する。

その瞬間聞きなれない機械音……いや、駆動音が響いた。

「っ!?」


あの異形がもう来たのか、いやまだ音は遠いはずだ。と思考が回転するのと、振り返ってそれを視界に収めるのはほぼ同時だった。

……金属のルービックキューブのような物体が流動性を持って動いている。

『生きることを望むか』

瞬間、エコーが何重にもかかったような重低音が、脳に直接響いた。

「もちろん!」

即答。あまりの即答に少しだけその機械も面食らったような気がした。いや、顔なんてないから気がしただけなんだけど。


『生を望むなら、力を貸そう。我と契約し……』

その四角いのか丸いのかわからない機械から、腕のように金属が伸びる。

ネオンの明かりさえも遮られて、真っ暗になっていく

『"異変"を倒せ』

──それが私と、彼の出会い。



1999年、太平洋に隕石が落ちた。その時に日本で流行していた【大予言】の実現だという言説は今も絶えない。……実際にまぁ、一度人類は壊滅の危機まで追いやられているのだから、ただの偶然として片付けるには受け入れ難いのもわからなくはない。


ただ実際の問題は、隕石がもたらした甚大な被害よりも、隕石自体の性質だった。

隕石と呼ぶにはあまりにも奇妙なカタチ、解析不可能な材質、謎の器官と思われる場所、そしてエネルギーと思われる液体。

そう、つまり、落ちてきた隕石は【生物】だったのだ。


瞬く間にその話が全国に広がり、大騒ぎとなる頃には奴らはやってきた。

地球外敵対生命体【ネメシス】、現在でもその目的、知能、殆どの情報が不明。ただ分かっているのは、【人を殺す】ということだけ。

勿論各国は独自に防衛行動に入り、国連による連携も行われたが、結果は悲惨だった。


既存の現代兵器ではネメシスの装甲を打ち破る事自体が困難であり、人類はネメシスに対する決定的な有効打が欠けていた。

後にこの時代は、【悪夢の時代】と呼ばれる。


そんな混沌とした時代に、世界各地で妙な現象が観測されるようになった。

人が超常的な力、所謂異能力を持つという話。最初は眉唾ものだったそれは、何処かの国でネメシス戦に従事する歩兵が異能をもって戦果を挙げたことで、公然の存在となっていった。

後にネメシスと戦う異能者達の事を、尊敬と畏怖を込めてこう呼ぶ、【ボイジャー】と。


「ってさ!CEOってば凄いの、見てよこの記事!」

この話を聞き始めて何時間経っただろう。ああいや、まだ朝のHRも始まっていないのだ、精々20分も経っていない。

毎朝毎朝、よく飽きないものだ。と男は話半分で聴きながしつつ、目の前の女が"シーイーオー"という男を思い浮かべる。


NovalithEnegyの若社長。『創造』の異能を持ち、持ち前の才能とカリスマで、瞬く間に大企業の社長まで上り詰めた天才。

「あーそうだな、確かにすごい」

凄すぎて俺にはよく分からない世界だよ。と皮肉を込めて返答する。


しかし失念していた。この女にはそういう皮肉は通じない。いや、おそらく通じてはいるのだが

「そうでしょ!だからさ」

ウゲッ、やらかした。と思った時にはもう遅い、耳を塞ぐ間も、女を黙らせる間もなくその言葉は紡がれた

「裕也もNovalithEnegy所属になろうよ!」

「断る」

「なんでー!?今日こそいけると思ったのに……」

何をもっていけると思ったんだよ。と反射的にツッコミかけるが、この女にはやぶ蛇だとぐっと飲み込む。

「リアちゃんも諦めませんね」

苦笑しつつも、毎朝見守っている女に恨めしげな視線を向けるが、彼女に文句を言った所でじゃあ軍属になります?と言われるのも目に見えているのでやめておく。


相変わらず目の前で騒ぐ女の隣でそれを慣れたように見守っているのは篠崎花、一見大人しそうに見えるが、ボイジャー特別軍事広報課の協力者という、凡そ一般人とは言い難い肩書きを持っている。


これが一星高校に入学して約一年、俺の日常と化した光景だ。


だがそんな日常にも慣れてきた頃には、変化が起こるものらしい。

「そういえば今日、転校生が来るらしい」

目の前のやかましい女の気を逸らす為、数日前に仕入れた彼女の食いつきそうな話題を投下する。


「転校生っ?」

「……この一星高校にですか?」

予想外に篠崎も食いついた、と思いつつも、まぁ当然か。とも納得する。

一星高校は高校を名乗っているものの、れっきとした軍人育成施設である。その中でも国立で最も予算を持った名門。ボイジャー資格取得支援のある高校とは一線を画した入学難易度だ。その高校に編入できるとすれば、余程の実力者か──訳ありか。


「ねぇその転校生って」

目の前の女──リアが更なる詮索をしようとした所で、HRの予鈴が鳴った。

遅かれ早かれ今日来る転校生なら分かることだろう。リアも同じように考えたらしい、大人しく自分の席へと戻っていった。

「皆さん、今日はHRの前にお知らせがあります。今日より皆さんの学友が1人、増えることになりました。」


周囲に軽くざわめきが広がるが、誰かが騒ぎ立てると言った様子はない。

「入って」

教員がそう施し、扉へと目を向ける。

がらり、と扉が開いて、随分と規則正しい足音と共にその少女は綺麗に足を揃えて教壇の横から自分達の方へと目線を向けた。


長い黒髪のストレートヘアに、少しツリ目気味な美少女と形容するに相応しい容姿。未成年特有の幼さが無くなれば、美人と評されるだろうその姿に、少なからず思春期の男子生徒は少し圧倒される。

……一部女子生徒も圧倒されているようだが


「本日付けより一星高校へと編入する事になりました黒井千佳です。よろしくお願いします」

敬礼でもしそうな勢いで、よく通る発声で自己紹介した彼女は、先生に案内されるままに粛々と席に座った。

──こうなると思ったけど、やっぱり俺の隣か。

最後尾列であるここは、前の席よりも一席分の空きがあった。転校生を入れるというならば、ここに座らせるのが妥当だろう。


昼休み、早速彼女は注目の的、もとい今日の話の中心地となっていた。編入の物珍しさに、廊下からもチラチラと物見遊山の客がいる。

これ以上人が増える前にさっさと退散しよう──と席を立ち上がれば、薄々分かってはいたが、もう1人の面倒が声を掛けてきた

「裕也、学食行こ〜!」

廊下の人混みも転校生の注目も彼女には見えていないのだろうか。

よく通る声でこちらの名前をよび、手を振ってくる。

「今いく」

今更その気質に文句を言う気力は、俺にはなかった。なんせこの自由気ままに一年も振り回されているのだ、そろそろ慣れと諦めが来る。

だから本当に予想外だったのは、もう1つの反応と言えるだろう。

ガタン、と椅子から立ち上がる勢いのいい音がした。

一瞬で周囲の目線はそちらに集まる。

音の発信源は──噂の転校生、黒井からだった。

「リア・リライトさん、ですよね」

そう言うと、彼女は入室時同様の規則正しい足音でリアの方へ近づいていく。

「私も食事、ご一緒してよろしいでしょうか」

「……うん?いいけど……?」

流石の彼女も面食らったらしい。


俺は今、一種の感動すらしていた。入学以来、彼女のお喋りをここまで黙らせた人間はいないだろう。

「えーと、そんなに見られると恥ずかしいなー、なんて」

「気にしないでください」

「く、黒井さんはご飯、食べないの?」

「問題ありません」

先程からずっとこの調子で、黒井はリアの事を凝視し続けていた。さすがに黙って見つめ続けられてスルー出来るほど、彼女の神経は太くないらしい。

だから黒井がこの空気を一変させる質問を投下したのは、ある意味では救いとも言えるだろう。

「貴方は何故、軍属にならないのですか?」

まぁ、その場の空気は凍ったのだが。


「黒井さん、その発言は少しマナー違反ですよ」

割って入ったのは篠崎だった。


正直、軍属のボイジャーは民間企業所属より待遇が悪い、と言えるだろう。

基本的に優秀なボイジャーは条件のいい民間企業がスポンサーとなり、高い給与と待遇をもってボイジャー活動を行うことが殆どだ。


軍属になるボイジャーは、国の特別専門機関からスカウトを受け研究に従事したいボイジャーか、

個人としての実力があまり高くなく、どこの民間企業にも所属できなかったボイジャーくらいのものである。


リア・リライトはそのどちらでもない、しかし彼女にその質問が投げかけられた理由は、この場の誰もが理解していた。彼女が【S級】だからである。


現在、国内にいるS級のランクをもつボイジャーは3人、残り2人は名前、年齢、性別全てが極秘情報であり、同時に軍属である。

唯一例外的な扱いを受けているのが目の前の彼女、リア・リライトだ。


一星高校には軍事関係者、企業の機密に触れる機会のある子息令嬢が多数存在する。探られたくない腹があるのはお互い様。というのが共通の認識で、互いに踏みいりすぎない、と言うのがこの学園で学友としてやっていく為の暗黙のルールとなっている。


一星高校の生徒はもちろん、外の人間も、リア・リライトは何故軍属ではないのか?という理由は勿論議論の場に持ち出される事は多々ある。しかし今日まで直接本人に聞く人間はいなかった。

行儀が悪いとわかっていても、聞き耳を立てる周囲を責められはしないだろう。


この場で非があるとするなら、公衆の面前で明らかなワケありをつついた彼女だ。

「……内緒♪」

まぁ、直接聞いたところで答えてくれるような人間でも無いのだが。

「では質問を変えます、何故ボイジャーになったんですか?」


その質問を聞いた途端、うげ、と反射的に声を出しそうになるのをおさえる。篠崎の方を咄嗟に見れば、あちゃー……という顔はしつつ、止める気はないようだ。

「それ、聞いちゃう?気になっちゃう?」

「は、はい……」

「それはねぇ、魔法少女だから!」

「……は?」

「魔法少女としては、やっぱり人を守るために戦うっきゃないでしょ!」


もしもし、魔法少女なんて何時の概念ですか。とこの場に突っ込める人間は、残念ながらいなかった。俺?やだよめんどくさい


「真面目に答えてください」

「真面目に答えてるよ、超真剣!」

隣の黒井の持ったスプーンが握りしめられ、ぷるぷると小刻みに震えている。それには一切気付かずに自分の世界に入ってしまったらしい、リアの語りは止まらない。


「……だから私は変身して戦うんだけど、やっぱりテンション上がる格好みんなした方がよくない!?って思ってて、どうせなら黒井ちゃんもフリフリの衣装とか──」


ついにぐにゃ、と、スプーンが曲がった。純粋な握力だろうか、凄いな。

「もういい!真面目に答える気がないならそう言ってください、失礼します!」

ガタン、と席を立ち上がり、プレートを持って足早に立ち去っていった

「あ、行っちゃった……」

「そりゃ初見でお前の”魔法少女の話”をされたらな」

「そんなに逃げ出すような話かなぁ……?」

常人の感覚というものを早く誰かこいつに教えてやった方がいい、と思いながら、自身のプレートに乗った餃子を食べる。

──流石一星高校、いつ食べても学食が美味い。


夕方のHRが終わると、いつものようにリアと篠崎が集まってきた。どうやってもこの2人と固定のメンツにされている、という時点で俺に目立たないという道は無い。入学してから数ヶ月でとっくに諦めがついている。


ただやはりと言うべくか、黒井がそこに参入してきた。一緒に帰っていいか尋ねる彼女を、昼間の事など無かったかのように了承するリア。少し拍子抜けしたような顔を黒井がしていたが、目の前の相手に気を使うだけ無駄だとは流石に言葉にできなかった。


帰り道、昼間よりも幾分か覇気のなくなった黒井は、ふと横に視線をずらしてリアの隣の浮遊物を見た。

「そういえば、それが貴方の契約武器ですか」

「そうだよ〜、リルっていうの、可愛いでしょ」

ふよふよと、飛行するために凡そ必要だとは思えない羽のようなものの付いた球体。当たり前のようにリアに付いて回るそれは、彼女の契約武器だ。


──契約武器。ボイジャーには必須の専用装備である。国、軍が研究しているそれはネメシスから取り出されたコアが埋め込まれたもので、ボイジャー達はこれと特殊な共鳴をし、より能力を発揮出来るようになるとされている。形には様々なものがあり、大抵はそれそのものが戦闘能力をもった人の扱える武器形態である事が多い。

ボイジャーの異能と共鳴しあい、汎用型から独自の変化、進化をする物もある。その事から武器自体が一種の生物であるという意見も一部では見られている。


「……本当に浮遊しているんですね……」

黒井が驚く理由もわかる。入学時、やはり話題となったのは彼女の契約武器の事だった。

契約武器に関しては国と提携した各企業や国立の研究機関が日夜研究を進めているが、彼女の武器を除いて、浮遊自立型の契約武器は未だに開発されていない。

NovalithEnegyはこれを完全社外秘の極秘技術としており、国もそれを了承している。そこにどんなやり取りがあったかは、つつく方が命知らずだろう。

「リアちゃん、この後は会社ですか?」

駅に着くと、篠崎がいつものように尋ねる

「うん、いつも通りね」

「……」

黒井はやはりリアと契約武器が気になっているようだったが、これ以上無理な詮索をするつもりはないらしい。


──途端、警報がなった。

非常ランプが点灯し、キープアウト、というホログラムで道が塞がれる。

『ネメシスの出現を確認。該当地域の一般市民は避難してください』

そんなアナウンスと共に、目の前の天井が破裂した。

黒井が刀に手をかけ、篠崎が落ち着いた声で話す

「上にあと2体います」

その言葉に反射的に黒井が上を見上げるが、土煙と天井で視認できない。

──篠崎の異能、千里眼。

素早く情報を把握したのだろう、いつものように篠崎がバングルを起動する

「ここはまかせた!」

「えっ、ちょ、」

黒井が止める間もなく、人の流れと一緒に、リアは走り去っていってしまう。

はぁ、とため息を思わずつく。戦場慣れしてるのはいいが、黒井に対してもう少し情報共有してから行ってくれないだろうか。

事は一刻に関わるとわかっているので、心の中だけの文句に留めておく。

「黒井、実戦経験は」

「……私は軍属」

──なるほど、と今日の行動にある程度の合点がいった所で、土煙が晴れ、ネメシスの一体が突っ込んできた。

黒井が一瞬のうちにネメシスの腕を切断する。

身体強化系の異能──恐らく加速か

素早く弾を装填し、後ろに控えたネメシスを撃ち抜く。

「派手でいいな、お前ら……」

そんなことを小声でボヤいてもしょうがない。自分はしっかり時間を稼ぎさえすればいい。

「あの人、どこ行ったんですか」

「もうすぐわかるよ」

後ろの篠崎が集中を解いた。つまりは全て把握したという事だろう。


『敵の数は12体、確認地点を送りました』

風のつよいビルの屋上で通信越しに聞こえた声に自然と笑みが浮かぶ

「オッケー、流石花ちゃん」

『ありがとうございます。それじゃあ、お願いします』

ネメシスは基本、人類の殲滅が目的だ。最近は特に集団行動というものを覚えたらしい。一体いれば確実に複数体存在する。

一体一体対処していては、必ず取りこぼした場所で民間人の被害が発生するリスクがある。

「リル、行くよ──」

浮遊物体は彼女の胸に収まり、早着替えもビックリの速度で──実際能力で本当にコンマ0.5秒以内の瞬間なのだが──魔法少女らしい衣装に変身した彼女は杖を空に構え、多数の質量体を生み出す。

そして杖を振り、質量体は射出された。


それは当然、黒井の目の前のネメシスも殲滅する。


──【一星高校】

約100年前に現れた”地球外敵対生命体”ネメシスと対抗する為、30年ほど前に設立された国立機関の1つ。

その殆どが高校卒業後に民間の軍事企業か国の軍属となる対ネメシス戦における未来の即戦力達。


だがしかし、何事にも例外というものは存在する。

駅地下の吹き抜けた天井の先で、杖を掲げるふざけた格好をした女、リア・リライトは”スピカ”──星の名を冠する世界有数のボイジャーでありながら、民間企業に所属する、恐らくこの国最大の戦略兵器だ。


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