第二章3 noワンナイト
お人好し入ってる危機感ない無防備は、食い物にしないのが好きかもしれない。好きです。
二度目に会いに行ったリョンインは、俺の「友達で良い」という方便に安心しきっているのか、警戒心がまるで無かった。
「一緒に寝てくれる?」と誘ったときは、素気無く拒絶されるだろうと予想していた。
ところが返ってきたのは、「腕を下敷きにしないなら」という可愛らしい恨み言。
予想外すぎて、しばらく言葉が出なかった。
土日の公演を終えたばかりで、喪失感で身体以上に精神的に疲れていた俺は駆け引きなんてする気にもなれず、念を押すようにホテルのことまで口にしても、リョンインはまるで気にしたふうもなかった。
あのお人好しぶり加減は、心配になるほどだった。
あれで町の司祭をやっていて、うっかり寂しい奥さんあたりに押し切られたりしないだろうか。
車の中で着替えがないことに気づいたリョンインは、こちらが貸すと言うのを無視して「下着もいるから買いに行く」と言ったくせに、買いに外へ出たかと思うとすぐ戻ってきて気まずそうに「お金、持ってなかった」と呟いた。
金を貸しても良かったが、気まずそうにソジュンの着替えと下着を借りていく姿を見るのは、気分が良かった。
変に意識しているかと思えば、シャワーから戻ってきた彼は、俺の服を着たまま平然と「寝ますか?」と言い出した。
俺の服を着て、一緒のベッドに誘う姿を見れるなら、それは恋人じゃなくて何なんだろうかと思う。
安心しきった様子を見てると、嬉しいような、少し憎らしいような気持ちが入り混じる。
7年経った間に、俺に性欲があることを忘れたんじゃないだろうな。
少し警戒させてやろうと、ベッドに入るときにTシャツを脱ぎ、身を寄せたがリョンインは気づく気配すらない。
後ろから抱きしめてやろうかとも思ったが、しばらくすると、彼の寝息が穏やかに響きはじめた。
わざわざこの穏やかさを壊すなんてのは、愚か者だ。
触れていなくても、リョンインの眠る音と優しい香りを感じると、やっぱり、嘘みたいに眠れた。
扉を乱暴にドンドンと叩く音が聞こえる。まだ眠くて、中々起き上がれない。
「ソジュン!もう、8時なんだけど!遅刻するぞ!」
ドア越しの声に、一気に目が覚める。
「やばい。メンバーだ」
飛び起きたソジュンの動きで、隣のリョンインも目を覚ました。
慌てる体にシーツが絡みつき、躓きそうになっていると、「入るからな!」とドアの向こうから声が聞こえてきて、思わず「ああ、くそ」と悪態をつく。
寝起きのリョンインも戸惑っている様子だが、構っている暇もなく入口に向かう。
「勝手に入るなよ、ユウト」
寝坊常習犯のソジュンの部屋のルームキーは、スペアを同じ階に泊まるメンバーに渡されてるのが通例だった。今回の釜山公演の場合、それはユウトだ。
「それは寝坊しないで言ったら?」
部屋の奥に入ろうとするユウトを、ソジュンは壁に腕をついて阻んだ。
その動きの不自然さに、勘の良いユウトは訝しんで、部屋の中を見渡した。目ざとく、リョンインの服と下着がかかったラックの上に置かれていた、見慣れないスマホを見つける。
「うそだろ!ホテルにまた女を連れ込んだの?」
大げさに大声で叫ぶユウトに頭を抱える。
「連れ込んでない。誰もいないって」
ソジュンが即座に否定したそのとき、奥のベッドでゴン、と何かにぶつかる音がした。
――あぁ、リョンイン。お前って、こういう時は必ず間抜けをやらかす子だったね。
ユウトは呆れ顔でこちらを見て、部屋の奥に声をかけた。
「服を着る時間は待つから、出てきて!」
「帰れよ」
「馬鹿言うな。このスマホでどんな写真撮って、それを何に連絡してるか分からない。操作させて確かめる」
「そんな心配いらない」
「はあ?」
ユウトに、”お前、忘れたのかよ”という目で睨まれる。これ以上リョンインの前で余計なことを言わせる訳にはいかず、ソジュンは黙り込むしかなかった。
二人の会話に気後れしたのか、おずおずと出てきたリョンインが「あの」と声をかけてきた。
リョンインを見たユウトは、予想外の相手に固まる。
「ソジュンってバイだったんだ」
そう言って、リョンインにスマホを渡す。
意味を察したリョンインは、顔を赤くし、きっぱりと言い返した。
「してない!一緒に眠っただけ!」
「そんなの信じないだろ」
ソジュンは顎をしゃくって、昨日リョンインが洗って干した服と下着のラックを示す。リョンインの視線がそちらに向いたのを確認してから、パンツ一丁の自分の姿も示す。
「なっ、なんで裸なの!」
「パンツは履いてる」
「何もしないって言った!」
「今回は言ってなかったけど」
「はあ!?」
つい気になった間違いに訂正を入れると、思ったよりもリョンインが怒ってしまい、慌てて軽口を仕舞う。
「してないです。何もしてないよ」
「僕、帰る」
リョンインは、ソジュンとユウトを押しのけるようにしてドアに向かった。
「リョンイン、電車賃もないだろ」
呼び止められたリョンインは立ち止まり、振り返るとつかつかと戻ってきて、ソジュンが差し出した二万ウォンを乱暴に受け取った。
「ありがとう」
むっとしたまま礼を言い、今度こそ帰るかと思いきや、何か考えるようにこちらを見上げ、顔を寄せて呟いた。
「そんなに素行が良いなら、睡眠薬も一緒に眠る友人も必要ないよね?」
喉の奥がきゅっと鳴る。リョンインはいつも困った顔か、笑っている顔をしていることが多い分、怒った顔で睨まれるとやけに胸に刺さる。
リョンインはさっと背を向け部屋を出ると、足早にエレベータへ向かっていった。
その後ろ姿に、ソジュンは苦笑いを浮かべ、力なく手を振るしかなかった。
「どういう関係?」
見送った後、ユウトがぽつりと問う。
「…」
「彼がいるなら、ワンナイトも睡眠導入剤もいらない感じ?」
「…」
「ごめん、女遊びしてる感じのこと言っちゃって。事実だけど」
「…今はしてない」
「今日のせいでフラれたらごめんね」
「うるさい」




