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釜山の司祭  作者: 花火
檸檬色の壁、海風、笑い声。
16/21

第四章1 許してないよ

判然としない意識の中で、喉に管を通され、冷たい液体が


流れ込み、次の瞬間には吐き出す――その繰り返しが延々と続いていた。

何度か、白い光の向こうにセバンとマリアの顔が見えた気がしたが、まぶたが重く、声も出なかった。





目を覚ますと、そこは見覚えのある病院だった。学生の頃、慰問活動で何度か訪れたことがある。

神学院に併設された大きな病院の一室だ。


わざわざ大きい病院に来ていたんだな。そんなことをぼんやり考えていると、ベッドの脇に座るセバンの姿に気づいた。


目が合うとセバンは何も言わずに、静かに十字を切って赦しの言葉を授けた。


喉を動かそうとすると、ひりつく痛みに顔が歪む。

かすれた声が、やっと空気のように漏れた。

「…なにも」


セバンがそっと水差しを持ち、リョンインの唇を濡らしてくれた。

水を飲むのにも痛む喉を、せき込みながら少しずつ潤す。


「なにも、告白していません」


「言ってくれていたよ」

セバンは微笑むでもなく、ただ穏やかな目でそう答えた。


リョンインは小さく首を振った。

「僕を、許さないでください」

泣くつもりはなかったのに、目じりから少し涙が溢れてにじんだ。


しばし沈黙が落ち、セバンがやわらかい声で言った。

「リョンイン、信仰を捨ててはいけないよ。待ってるから、帰ってきたら一緒にミサをしよう」








目が覚めてから翌日。

体調は問題ないが、自殺未遂を起こした者は精神科医との面談が必要だと言われた。司教も処遇を決めるまでここから出す気はないようで、病院の外には記者が張りついているらしく窓は塞がれて、病室からは出ないように言いつけられていた。


することもなく、病室のベッドの上にただ座っていると、部屋の入り口から、松葉杖をついた中年の男が雑誌を放り投げてきた。

「良い感じに映ってたぞ」


その時、ちょうどミンソクが入ってきて、すかさずその男の松葉杖を軽く蹴り飛ばし、追い払った。

「小児病棟に移されたいか?3歳児」

リョンインは、あぁ、ここにはミンソクが居たんだった、まずいな。と呑気に考える。


ミンソクが振り返り、リョンインを見て、少しだけほっとしたように息をつく。

「お前のスマホ、司教が保管してる」


リョンインは男に投げつけられた手元の雑誌の表紙に目線を落とす。

じっと見ていると、ミンソクが横から喋りかける。

「大丈夫、ハメ撮りは載ってなかった」

「そんなのない」

いつもの調子のミンソクの質の悪い冗談に怒る気力はなかった。


ミンソクがページを開いた。

記事には、ソジュンとリョンインが夜道を並んで歩く写真や、抱きしめられ、キスをしている姿が載っていた。

〈お騒がせアイドルと堕ちた神父 深夜の密会〉

〈ソジュン 神に仕える身と禁断の恋〉――そんな見出しが躍っている。


ミンソクが雑誌の写真に映るソジュンを指さす。

「そいつから、お前のスマホにすげー連絡来てて、通知音で司教がブチ切れて壊しそうだった」


リョンインは乾いた笑いを落とした。

そんな様子を伺い見るようにミンソクがいつもより少しやわらかい声で続ける。

「すぐには来れないって。この病院に張り込んでるマスコミいるから、事務所が許さないって」


「もう、会わないよ」


「別に…すぐには無理でも。その内落ち着くさ」

ミンソクは気休めのように言い、肩をすくめる。

「カン神父なんか一緒に住んでる」


リョンインは目を伏せたまま、かすかに首を振る。

「セバンとは違うよ。…司教が観想修道会に行きなさいって」


ミンソクは言葉を失った。観想修道会に入り、世間から離れれば、ミンソクとだって会うことは難しくなるだろう。


「僕も、そうすべきだと思う。弱い人間なんだ。会ったら、また誘惑に負ける」


「お前にとって、そいつは悪魔なの?」

真剣な顔のミンソクに問われた。


「リョンイン、誰かを愛することは罪じゃないだろ?」

ミンソクはそう言って、リョンインをそっと抱きしめ、頭を撫でた。


リョンインはその手を拒むように身を引いた。

「僕を許さないでよ」


どうして、セバンもミンソクも、優しく出来るのか分からなかった。

リョンインは自分が許せないのだから、その優しさを受け入れられるはずもなかった。

頭をなでる手を離してほしくて身体を引き離すと、目に入ったミンソクの表情に瞠目する。

ミンソクは顔を歪ませて、目からは涙があふれていた。


「…許してない。許してないよ」

ミンソクは泣きながら、震える声で言った。

「連絡が来て、俺がどんなに怖かったか…なにやってるんだよ、馬鹿」


ミンソクが泣いているところを初めて見た気がした。本当は見たこともあったかもしれないけど、でも、本当に泣いているのは初めてな気がした。


「ごめんなさい」


「お前が俺に隠し事するなんて生意気だ」

ミンソクは泣きながら怒った。

「お前がしたことが教会への背信だとしても、自殺は神の否定じゃないのか? なあ、お前は何を信じてるんだよ」


リョンインは、絞り出すようにもう一度、同じ言葉を繰り返した。

「ごめんなさい」










リョンインの処遇は決まらないまま、ひとまず退院し、神学院の寮に移ることになった。

セバンは司教に抗議してるが、おそらく元の小教区に戻ることはないだろう。


「これは罰ではない。だが、君は、群れを導く立場にはない。人々の前に立つより先に、自分の魂を整えねばならない。」


司教は、観想修道会入りを勧めることをこう言った。

リョンインも、その言葉に逆らう気はなかった。




◾️観想修道会

修道院の中だけで祈り働いて暮らす生活を送る修道会のこと。一生を修道院から出ずに過ごして、選挙などの際にだけ外出許可をもらって外に出ることができます。

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