表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/89

3・6・9 (5)

 エレナが立ち上がった。

 それだけで、アーリンは悟った。次がある、と。

 彼女は部屋の奥へ歩いた。壁一面に並ぶ書架の端、他の資料と区別するように布で覆われた区画がある。その布を、エレナは静かに引き剥がした。


 現れたのは、一台の古い受信機だった。

 第七人類の遺物ではない。エレナが自ら設計し、三十年かけて構築した装置だ。無数のコイルが蜘蛛の巣のように絡まり、その中心に、細い金属の柱が一本、垂直に立っている。


「ドゥーガ・レーダーから引き込んだアンテナに接続している」


 エレナの端末に文字が現れた。


「テスラが『世界ワイヤレスシステム』と呼んだものの、逆変換装置。送信ではなく——受信のための」


「何を受信するんですか」


 エレナは答えずに、端末の操作を続けた。

 受信機の電源が入る。コイルが微かに振動し、金属柱の先端にかすかな光が灯った。


「テスラは情報を送ろうとしていた」


 エレナは打った。


「だが、送信先がなければ情報は送れない。では——彼が送ろうとしていた情報は、二百年以上前から、どこへ向かっていたのか」


 アーリンは、受信機を凝視した。


「まさか」


「LIGELEDを発見した情報分析官は、大沈黙の直前に変容した。彼はその瞬間、テスラの周波数と同調した。そして、遺書の最後の一語を遺した。暗号としてではなく——発信元として」


 アーリンの胸の内で、何かが軋んだ。


「……彼の変容そのものが、信号だった」


「ホモ・ロゴスへの進化は、個体の現象ではない」エレナは続けた。


「それは、宇宙そのものの情報フィールドとの同調だ。テスラはそれを感じた。だが彼には、受信する身体がなかった。時代が早すぎた」


 受信機の光が、強くなった。

 コイルの振動が、可聴域の低い端まで降りてきて、空気を揺らし始める。アーリンは思わず胸に手を当てた。横隔膜の奥が、共鳴している。


「私たちは今」


 エレナの指が、端末の上で一瞬だけ止まった。


「受信できる身体を、持っている」


 その瞬間、受信機の中心から、金属柱が弱い光を放った。

 光は白ではなかった。金色だった。

 アーリンは、ずっと昔に忘れた何かを思い出そうとした。幼い頃に読んだ本の一節か、夢の中の光景か。だが形を結ぶ前に、それは霧散した。代わりに、胸の奥から静かな確信が浮かんできた。


 自分は今、正しい場所にいる。

 それだけが、わかった。


「博士」とアーリンは声に出した。


「これは——」


 受信機が、鳴った。

 音ではない。電気の跳躍だ。金属柱の先端から、細い弧光が走り、宙に数列を描いた。


 3 . 6 . 9 . 3 . 6 . 9


 一秒。

 消えた。

 二人は、ただ受信機を見ていた。


 静寂が戻ってきた。廃炉の余熱。ケーブルの唸り。金属柱はもう、ただの金属だ。

 だが、何かが、部屋に残っていた。

 アーリンには名前がわからなかった。エレナもまた、それを言語化しようとしていないように見えた。


 しばらくして、再び受信機が鳴る——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ