3・6・9 (5)
エレナが立ち上がった。
それだけで、アーリンは悟った。次がある、と。
彼女は部屋の奥へ歩いた。壁一面に並ぶ書架の端、他の資料と区別するように布で覆われた区画がある。その布を、エレナは静かに引き剥がした。
現れたのは、一台の古い受信機だった。
第七人類の遺物ではない。エレナが自ら設計し、三十年かけて構築した装置だ。無数のコイルが蜘蛛の巣のように絡まり、その中心に、細い金属の柱が一本、垂直に立っている。
「ドゥーガ・レーダーから引き込んだアンテナに接続している」
エレナの端末に文字が現れた。
「テスラが『世界ワイヤレスシステム』と呼んだものの、逆変換装置。送信ではなく——受信のための」
「何を受信するんですか」
エレナは答えずに、端末の操作を続けた。
受信機の電源が入る。コイルが微かに振動し、金属柱の先端にかすかな光が灯った。
「テスラは情報を送ろうとしていた」
エレナは打った。
「だが、送信先がなければ情報は送れない。では——彼が送ろうとしていた情報は、二百年以上前から、どこへ向かっていたのか」
アーリンは、受信機を凝視した。
「まさか」
「LIGELEDを発見した情報分析官は、大沈黙の直前に変容した。彼はその瞬間、テスラの周波数と同調した。そして、遺書の最後の一語を遺した。暗号としてではなく——発信元として」
アーリンの胸の内で、何かが軋んだ。
「……彼の変容そのものが、信号だった」
「ホモ・ロゴスへの進化は、個体の現象ではない」エレナは続けた。
「それは、宇宙そのものの情報フィールドとの同調だ。テスラはそれを感じた。だが彼には、受信する身体がなかった。時代が早すぎた」
受信機の光が、強くなった。
コイルの振動が、可聴域の低い端まで降りてきて、空気を揺らし始める。アーリンは思わず胸に手を当てた。横隔膜の奥が、共鳴している。
「私たちは今」
エレナの指が、端末の上で一瞬だけ止まった。
「受信できる身体を、持っている」
その瞬間、受信機の中心から、金属柱が弱い光を放った。
光は白ではなかった。金色だった。
アーリンは、ずっと昔に忘れた何かを思い出そうとした。幼い頃に読んだ本の一節か、夢の中の光景か。だが形を結ぶ前に、それは霧散した。代わりに、胸の奥から静かな確信が浮かんできた。
自分は今、正しい場所にいる。
それだけが、わかった。
「博士」とアーリンは声に出した。
「これは——」
受信機が、鳴った。
音ではない。電気の跳躍だ。金属柱の先端から、細い弧光が走り、宙に数列を描いた。
3 . 6 . 9 . 3 . 6 . 9
一秒。
消えた。
二人は、ただ受信機を見ていた。
静寂が戻ってきた。廃炉の余熱。ケーブルの唸り。金属柱はもう、ただの金属だ。
だが、何かが、部屋に残っていた。
アーリンには名前がわからなかった。エレナもまた、それを言語化しようとしていないように見えた。
しばらくして、再び受信機が鳴る——




