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H-住民の組織化行動(コードネーム「コーラル」)に関する初期仮説

 ログID: LOG-PERSONAL-ELENA-200415

 記録者: エレナ・ペトロヴァ

 記録場所: 施設「アーク」個人研究室にて

 日付: 大沈黙後 8.1年

 件名: H-住民の組織化行動(コードネーム「コーラル」)に関する初期仮説


【音声ログ記録開始】


 ログ。サキ・アオイの分隊が旧デンバー市街から送ってきたレポートの分析を終えたところだ。コーラル、か。言い得て妙ね。詩的で、それでいて的確すぎる。


 復興庁の評議会がパニックに陥る様が目に浮かぶ。彼らはこれを第二のマウナ真理教だと断じ、新たな脅威の出現に狼狽えているのだろう。相変わらず愚かな者たちだ。影に怯え、その影を落とす本体を見ようともしない。


 これは意識的な行動ではない。「ハッシュ」によって高次認知機能を完全に、そして綺麗に消去された彼らに意識など存在しようはずがない。これは反乱などではない。これは生物学、あるいは生物学そのものを乗っ取った未知の活動だ。


 私はずっと、マークス大将の「ハッシュ」を認知のソフトウェアを消去する薬だと考えていたが、間違っていた。あれは消去ではなく初期化だったのだ。思考の痕跡を完全に消し去り、健康な肉体に接続された完璧で空っぽな静かなハードディスクを何百万と作り上げた。


 彼が「静かな牧草地」と呼んだその状態が、静的なままでいるはずがなかった。同種のノードが何百万も存在するネットワークは、自ずと自己組織化を始める。


 私が解析した彼らの新しい歌、あのガラクタの塔で増幅される集合的なハミングは、パターン・ゼロの混沌でもなければ、サキが見つけた「抗体」の非論理的な愛でもない。あれは秩序だ。恐ろしいほどに整然とした、新しい秩序の音。複雑なシステムが自ら最も効率的な平衡状態を見つけ出そうとする時の、不気味な共鳴音に他ならない。


 …そういうことか。ロゴス・ウイルスが個としての「私」を破壊し、マークスの「ハッシュ」がその破壊を不可逆的に完成させた。そして今、何百万という死んだ「私」の灰の中から、たった一つの巨大な集合的な「我々」が生まれようとしている。


 これは外部からの侵略ではない。内部からの創発だ。彼らは新しい巨大な一つの生命体へと、なりつつある。ハチの巣やアリのコロニーのように、個々の知性を持たずとも全体として一つの巨大な知性として振る舞う、そんな存在に。


 個としての「私」に固執する我々第八人類は、もはやこの星の進化の頂点ではない。我々は古いOSのまま取り残された、過去の遺物なのだ。


 そして彼らが築いているあの塔はアンテナなどではない。あれはこの新しい惑星規模の集合精神が、自らの思考を形にするために作り始めた、最初の物理的な「脳細胞」なのだ。我々の文明の瓦礫を使って。


 マークスは人類を救ったつもりだったのだろうが、結果として彼は、我々には理解不能な次の生命体への進化を促す触媒となったに過ぎない。


 …サキの研究、あの「抗体」の歌。個人の非論理的な愛の歌は、もはや古いウイルスへの対抗策ではない。この新しく生まれつつある「秩序」と「集合」に対する、我々「個人」の最後の、そして唯一の抵抗手段なのかもしれない。


 …実験を始めなければ。


 …ログ終了。至急、サキ・アオイを私のラボに。


【ログ記録終了】

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