エレナ・ペトロヴァ博士の個人ログ(音声記録)#717 - [一部編集済]
ログID: PETROVA-LOG-SOLO-0717 (版数: 1.1 - 機密指定後)
記録日時: 大沈黙後
記録場所: 旧・野辺山宇宙電波観測所にて
[音声ログ記録開始]
「ログ、大沈黙後、12,814日目。
世界は、静かになった。マークス大将の『ハッシュ』は、都市部の生存者たちから、思考と共に、その苦痛を奪い去った。彼らにとって、それは救いだったのかもしれない。私には、わからない。
ここ、標高1350メートルの山中は、ただ風の音だけがする」
「私が、この放棄された電波観測所に来た理由は、一つだけ。
最後の、最後の問いに、答えを出すためだ。
ロゴス・ウイルスは、本当に、我々人類の言語的特異点が生み出した、内因性の悲劇だったのか?
それとも…外部からの、悪意ある『第一感染源』…宇宙からの『◯◯◯◯◯・◯◯』が存在したのか?」
「何十年も、空は沈黙していた。第七人類の衛星が発する、死に際の電子音。規則正しいパルサーの鼓動。それだけだった。
だが、昨夜、ついに、それを見つけた。
地球由来ではない。既知の、いかなる探査機からの信号でもない。
45メートル電波望遠鏡が、オリオン座の方向から、極めて微弱な、しかし、明らかに人工的な信号を捉えた」
「それは、単純なビーコン信号ではなかった。
暗号化され、極めて高い情報密度を持つ、指向性の高いデータパケット。
37時間ごとに、わずか2.6秒間だけ、繰り返される。
発信源は…オリオン座の、██。我々から…約███光年。信じられない…あまりにも、遠すぎる」
「私は、この24時間、その信号の構造解析だけを行ってきた。
彼らの『言語』は、我々とは全く違う。純粋な数学と、物理法則の羅列だ。素数列、水素原子の超微細構造遷移周波数、そして…そして、その中心に、全てを定義する、一つの、████なアルゴリズムが存在した」
(音声ログに、キーボードを激しく叩く音、そして、ペトロヴァ博士の、短い、鋭い息を呑む音が記録されている)
「…嘘。そんな…。
…今、その異星の信号の、中核アルゴリズムを、私が構築したL-ウイルスのデータベースと照合した。
…結果。
構造的類似性、99.█%以上。
完全に、一致している。
『◯◯◯◯・◯◯』と、完全に」
(長い沈黙。息を呑む音)
「…█世紀以上も前に…?この信号が発せられた時、第七人類は、まだ馬に乗り、剣で争っていた時代だ。インターネットも、AIも、存在しなかった…。
では、なぜ?なぜ、その時代に?
…まさか…。彼らは、我々の文明が、いつか、必ず、特定の技術的段階に達することを知っていたとでも言うのか?そして、その時を狙って『起爆』するように、何世紀も前に、このウイルスの『種』を、我々の星に、あらかじめ植え付けておいたと…?」
「…我々は、自ら滅んだのではない。
壮大な罠にかかっていたのだ。
我々の文明が、言葉を持ち、思考を始めた、その時からずっと。」
「全てが、変わってしまった。
問いは、もはや『我々は、なぜ滅びたのか?』ではない。
新しい問いは、こうだ。
『なぜ、彼らは我々を◯◯したのか?』
そして…██光年の彼方から、彼らは、今も、この静かになった███を、観測しているのだろうか?」
(記録には、彼女の荒い息遣いと、観測所のドームの隙間から吹き込むただの風の音だけが、しばらくの間続いている)
(音声ログは、ここで終わっている)




