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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
74/83

究極の賭け

 記録場所: 施設「アーク」内、エレナ・ペトロヴァの私的ラボラトリ

 日時: 文明復興庁による「緊急公安布告」の12時間前


[SCENE START]


 冷たい観察ガラスの壁に、サキのあまりにも無垢な横顔が映っている。だが、私には、そのガラスの表面に、やがて彼女の首にかかることになるであろう、見えざる断頭台の冷たい光が残像のようにちらついて見えた。

 エレナは、静かに、アーカイブされた監視ログを見ている。

 そこには、戦闘で仲間を失い、独房で、自分の感情へ、必死に名前をつけようとしているサキの姿があった。

 恋愛小説を読み、詩を読み解き、そして、自分にあの不器用な告白をしてきた、サキの姿があった。


 エレナは、ログを閉じる。

 彼女のロジックは、冷徹な結論を弾き出していた。

 このままでは、サキ・アオイは壊れる。

 彼女の、あまりにも人間的な共感性と、探求心は、いずれ、彼女自身を、ロゴス・ウイルスの最も純粋な形へと導いてしまうだろう。それは、避けられない。


 エレナは、立ち上がった。

 彼女の顔には、もう、迷いはなかった。

 第七人類が、そして、マークス大将が人類全体に対して行った、あの惨い選択。

 彼女は、それをたった一人、愛してしまった第八人類の女性に対して、行おうとしていた。


 絶叫の狂気で、終わらせるくらいなら。

 この永遠の静寂の中で、共に、生きさせる。

 それは、傲慢だろうか。呪いだろうか。

 いいや、とエレナは思った。

 これは、愛だ。私が、理解してしまった、ただ一つの愛の形だ。


 彼女は、メインコンソールに、サキを呼び出した。

 数分後、部屋の扉が静かに開いた。

 現れたサキの顔は、憔悴しきっていた。恐怖と、絶望。そして、エレナの顔を見て、わずかに安堵の色が浮かんだ。


 エレナは、言葉の代わりに、メインスクリーンに、一つのファイルを表示させた。

 そのタイトルは、おぞましい文字化けと、警告の羅列で、埋め尽くされている。


[警告:ファイル破損] CASE-ID: A-881-GAMMA [REASON: PATTERN_ZERO_CONTAMINATION]


 サキは、息を呑んだ。

 アークに存在する、唯一の、そして、最強のクラスIV情報ハザード。

 あの、分析官の「遺書」。


 サキが、何かを、テキストで打ち込もうとする前に、エレナは、静かに、彼女の椅子へと歩み寄った。

 そして、サキの後ろから、そっと、その身を抱きしめた。


 それは、恋人の抱擁ではなかった。

 嵐の中から、子供を守ろうとする、母親のようでもあり、

 あるいは、自らの運命に最も大切なものを巻き込んでしまう、共犯者のようでもあった。


 サキの身体が、驚きに強張るのがわかった。

 エレナは、サキの耳元に、その唇を近づけた。

 プロトコル・アルファ「沈黙の遵守」への、最後の、そして、最大の違反。

 彼女は、ほとんど音にならないほどの、息だけの声で囁いた。


「…読んでみて」


 サキは、何も言わなかった。

 ただ、震える指で、コンソールを操作した。

 スクリーン上の文字化けしたタイトルが、クリアになる。

 そして、あの呪われたテキストの最初の一文が表示された。


『これを読んでいるのは、おそらく「調律師」、あるいは彼と同じ、秩序の番人だろう。』


 エレナの腕の中で、サキはその身を硬直させた。

 彼女は目を見開いたまま、第七人類の最後の知性が、その身をウイルスそのものへと変化させて遺した、絶望の聖典を読み始めた。


 エレナは、ただ強く、彼女を抱きしめていた。

 自らが経験した、あの永遠の変質のプロセスを、今、腕の中で、最も愛する人間が辿り始めているのを感じながら。


 静かな、静かな、ラボラトリの中で。

 二人の女性は、一つの究極の賭けに出ていた。

 それは、残された最後の人類の魂を、死んだ神の亡霊に捧げる儀式だった。

第二部 完


新作の小説を投稿しました。

『ノボリト・チルドレン ―GHQ特殊研究報告書より―』

https://ncode.syosetu.com/n1999kv/


関連作品もよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/s2307j/


近日、新作の小説を数本投稿予定です。


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