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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
72/83

サキ・アオイ 個人ログ#9063

 ログID: LOG-PERSONAL-SAKI-209063

 記録者: サキ・アオイ

 記録場所: 施設「アーク」セクターC「解剖室」前、観察廊下にて

 日付: 大沈黙後 7.1年


[音声ログ記録開始]


 サキ・アオイ、ログ。

 ……私は今、取り返しのつかないことをしたのかもしれない。


 私たちはセクターCの観察廊下にいた。分厚い遮蔽ガラスの向こうでは、ロボットアームが新たに回収されたクラスIII遺物を解体している。私たちは、並んでその光景を見ていた。

 エレナ先生は、いつものようにコンソールのスクリーンへ流麗なタイピングで分析結果を表示させていく。

 だが、私の目はデータではなく、ガラスに映る彼女の横顔だけを追っていた。

 九十年もの間、変わることのない、その孤独な横顔を。


 私は、私たちの間の暗号化通信チャンネルを開いた。


 Saki (via text): 「博士。私の、あなたへのこの感情も解析できますか? これもウイルスのパターンなのですか?」


 彼女の指が、止まった。

 ゆっくりとこちらを振り向いたその瞳には、初めて見る強い動揺の色が浮かんでいた。

 彼女は自身のタブレットに言葉を打ち込む。


 Elena (via text): 「やめなさい、サキ。それはあなたが理解すべきことではない。危険すぎる」


 それは拒絶の色ではなかった。恐怖だ。

 ウイルスに対してではない、この私に対する純粋な恐怖。私の言葉が、彼女の中で眠る巨大な何かに触れてしまうことを、心から恐れている顔だった。


 だが、私はもう止まれなかった。


 Saki (via text): 「嫌です」


 Saki (via text): 「知りたいのです。危険を冒してでも、あなたの世界の意味に、触れたい」


 そして、私は第二次バベル協定を破った。

 この静かで、清潔で、安全な世界の、絶対的なルールを。


 私は彼女との一歩の距離を詰め、その肩にそっと手を置いた。

 大きく見開かれた彼女の瞳の奥に、七十年前の、まだ人間だった頃の古い光が一瞬、灯ったように見えた。


 私は、彼女にキスをした。


 第七人類の恋愛小説にあるような情熱的なものではない。ただ唇が触れただけ。

 まるで考古学者が、未知の聖遺物に初めて触れるように。


 彼女は抵抗しなかった。

 未知のデータを受信してシステムがフリーズしたかのように、ただ固まっていた。


 私がゆっくりと顔を離した、その時だった。

 私は、それを見た。


 彼女の頬に、一本の光る糸が走ったのだ。

 美しい白磁に入った金色のひび割れのように。

 それは「パターン・ゼロ」の不気味なリズムで一瞬だけ明滅し……そして、すっと消えた。


 彼女の中の「平衡」が、たった一度の接触で乱されたのだ。

 その現象が何を意味するのか、私たちは瞬時に理解した。


 エレナ先生は、震える指でタブレットに最後のメッセージを打ち込む。


 Elena (via text): 「……事象を記録。あなたは今、規定違反の極めて危険な実験を行った。私の隔離レベルは、これより最大に引き上げられる」


 それは、私を断罪する言葉。

 そして同時に、私を庇うための言葉だった。


 ……私は、一体、何というものを愛してしまったのだろう。


[ログ記録終了]

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