F.C.E.U. 緊急観察報告:H-住民の組織的・定型行動の発生について
ログID: LOG-EMERG-DENVER-200412
記録者: サキ・アオイ(第2分隊長)
日時: 大沈黙後 7.0年
場所: 旧デンバー市街 監視ポイントより
[分隊長による個人ログ記録開始]
何年もの間、我々のH-住民に対する観察記録は単調なものだった。
彼らの、目的のない穏やかな遊行。それは、この死んだ世界の一つの変わらない定数だった。
だが、3ヶ月前、我々のパターン認識AIが、デンバーの個体群に僅かな変化を検出した。
遊行は、もはやランダムではなかった。そこには「流れ」が生まれていた。
まるで、巨大な磁石に引き寄せられる砂鉄のように。
彼らは都市の中心、ただ一点を目指して、ゆっくりと、しかし、確実に集まり始めていた。
今日、我々はその目的を自らの目で確認した。
彼らは、物を集めている。
シェルターを作るためではない。道具を作るためでもない。
彼らが集めているのは、錆びた車のドア、砕けたガラス、折れた街灯、ねじれた鉄骨…。
ただ、光を反射するもの。輝きを持つ、あらゆるものだ。
そして、彼らは、それを積み上げている。
都市の中央広場に、何かを建造しているのだ。
それは、巨大で混沌としていて、非対称な、ひとつの尖塔。
瓦礫と廃品でできた、新しい「塔」。
彼らの動きは、統率が取れているが沈黙している。
一人が、ガラスの破片を運んでくる。別の一人が、それを塔の壁面に、そっと、はめ込む。
指導者はいない。命令する声もない。
まるで、サンゴ礁が、自己組織化していく様を見ているようだ。
中央集権的な意識を持たない、巨大な、創発的な、集合知性。
私の最初の仮説は、これが何かの「巣」だというものだった。
だが、この建造物に、屋根も、壁もない。いかなる雨風も防ぐことはできない。機能的には、全くの無意味だ。
だが、リアムの分析で、本当の目的が判明した。
これは、無意味なものなどではない。
これは、楽器なのだ。
様々な金属、ガラスの破片…それらは、住民たちが常に、無意識に発している、あの単調なハミングに、共鳴するように配置されている。一つ一つの瓦礫が、特定の周波数にチューニングされている。
この、ガラクタの塔は…巨大な風鈴。
いや、違う。
アンテナだ。
彼らはもはや、ただ、ハミングしているだけではない。
この塔を使い、自らの集合的なハミングを、一つの強力な「和音」へと調律し、そして、それを空へ…宇宙へ向けて、放送している。
マークス大将は、彼らの精神を消去することでその肉体を救ったと言った。
彼は、間違っていた。
彼は、精神を消去したのではない。ただ、再起動させただけなのだ。
我々の知らない、全く新しい異質なオペレーティングシステムへと。
ロゴス・ウイルスは、去った。
だが、その後に訪れた完全な沈黙の中で、何かが生まれ、育ち始めている。
彼らは、天に届くほどの、三番目のバベルの塔を築いている。
瓦礫と囁きでできた塔を。
だが彼らは、一体、誰に歌いかけている?
それとも、こう、伝えようとしているのか?
「我々は、まだここにいる。そして、新しい何かになりつつある」と。
…監視を続ける。
我々は、新しい神の誕生を目撃しているのかもしれない。
[ログ記録終了]
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