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プロジェクト・サイクロス 定例会議 議事録 #01

 文書レベル: TOP SECRET // ORCON / NOFORN


 日付: 大沈黙の2年5ヶ月前


 場所: 国防高等研究計画局DARPA 第7カンファレンスルーム(遠隔参加者含む)


 件名: 複合的地球規模異常現象(G.A.P.)に関する初期報告と今後の調査方針




 出席者:




 議長: エヴァンス博士(DARPA)


 物理宇宙部門: アリス・ソーン博士(NASA/JPL)


 地球物理部門: タナカ・ケンジ博士(JAMSTEC - 海洋研究開発機構)


 情報科学部門: デヴィッド・チェン博士(MITメディアラボ)


 認知言語学部門: エレナ・ペトロヴァ博士


 オブザーバー: [編集済](国家安全保障局)


[議事録開始]




 議長(エヴァンス博士): 皆、集まってもらい感謝する。これが「プロジェクト・サイクロス」の第一回公式会合となる。目的は言うまでもない。我々が現在G.A.P.(Global Anomalous Phenomena)と仮称している一連の異常事態――地磁気の不規則な脈動と、発生源不明の低周波音「The Hum」――の原因を特定し、予測モデルを構築し、対抗策を立案する。時間は限られている。早速、各部門の初期見解を聞きたい。まずはNASAのソーン博士から。




 ソーン博士(NASA): ありがとう、エヴァンス博士。単刀直入に言います。これは太陽の問題です。我々の観測網が捉えきれていない、特殊なスペクトルを持つコロナ質量放出、言うなれば「ステルスCME」が断続的に地球を打っている。それ以外に、これだけのエネルギー規模を持つ全球的な現象は説明できません。地磁気の脈動も「The Hum」も、その二次的、三次的な影響に過ぎない。




 タナカ博士(JAMSTEC): 異議あり、アリス。あなたの仮説は、現象の「非同期性」を全く説明できていない。もし太陽が原因なら、影響は地球全体にほぼ均一に現れるはずだ。しかし、我々のデータが示しているのは、極めて局所的で、まだら模様の、混沌としたパターンです。まるで地球全体が、無数の小さなスピーカーで、それぞれバラバラのタイミングで唸っているかのようだ。発生源は外部(エクスターナル)ではなく、内部(インターナル)…あるいは地表そのものにあると考えるべきだ。




 ソーン博士(NASA): 内部にこれほどのエネルギー源があるというのか、ケンジ?地殻変動の兆候はない。火山活動ともリンクしない。非科学的だ。




 議長(エヴァンス博士): チェン博士、情報科学の観点から何かあるかね?通信インフラへの影響が報告されているが。




 チェン博士(MIT): 障害の質が異常です。物理的な断線ではない。シグナルが、まるで「意味論的なノイズ」によって上書きされているかのように破損する。私のチームの一人が、冗談でこう言いました。「まるで宇宙そのもののOSがバグり始めたようだ」と。もちろん、これは比喩ですが、我々の知るいかなる物理的干渉とも異なる挙動です。




 ペトロヴァ博士(認知言語学): (静かに挙手し、議長に指名される)…皆さんの議論は、すべて物理的な「信号」と、それを記録する「媒体」に集中しているように思えます。しかし、もし、その媒体が…我々人間自身だとしたら、どうでしょう?




 ソーン博士(NASA): …どういう意味かね、ペトロヴァ博士。




 ペトロヴァ博士(認知言語学): ここ数年で報告が急増している、原因不明の精神疾患、AIの翻訳能力の低下、そして…新生児の異常な啼泣パターン。これらの「人間」にまつわる異常の発生頻度と、あなた方が観測しているG.A.P.の活動レベルには、不気味なほどの相関関係が見られます。




 ソーン博士(NASA): 馬鹿な。相関と因果は違う。それはオカルトだ。




 ペトロヴァ博士(認知言語学): では、こう考えられませんか?「The Hum」とは、我々の耳が聞いている音ではない。我々の「認知」が、理解不能な情報に晒された時に生み出している、幻聴のようなノイズだと。地磁気の脈動は、何十億という人間の脳が一斉に異常な活動パターンを示した結果、副次的に発生している、微弱な生体電磁場の総和だと。つまり…原因は宇宙でも地球でもなく、我々の「思考」そのものに起きているのではないかと。




(室内に重い沈黙が落ちる)




 議長(エヴァンス博士): …ペトロヴァ博士、その仮説は、あまりにも…飛躍しすぎている。検証のしようがない。




 ペトロヴァ博士(認知言語学): いいえ、できます。世界中の病院や学校、SNSから、人間の「言葉」のデータを集めるんです。失言の頻度、文章の構造的複雑性の変化、新しい「意味のない言葉」の出現率を。もし私の仮説が正しければ、G.A.P.の活動と、言語の「崩壊」にも、完全な相関が見つかるはずです。




 議長(エヴァンス博士): …わかった。今日のところはそこまでだ。各部門は、自らの仮説を補強する更なる証拠を収集し、次回の会合で報告すること。ソーン博士はステルスCMEのモデルを。タナカ博士は内部発生源のシミュレーションを。チェン博士はノイズパターンの更なる解析を。…ペトロヴァ博士、君は、その「言語崩壊」とやらの統計分析の予備調査を。ただし、予算は回せん。ボランティアベースでやってくれたまえ。


 諸君、我々には時間が残されていないことだけは、全員の共通認識としたい。以上だ。解散。




[議事録終了]

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