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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
66/83

エレナ・ペトロヴァ 個人ログ 0369

 ログID: LOG-PERSONAL-ELENA-200369

 記録者: エレナ・ペトロヴァ

 記録場所: 施設「アーク」個人研究室にて

 日付: 大沈黙後 7.2年

 件名: 『歌』の二重性に関する考察 — ウイルスと抗体、その構造的類似性について


[音声ログ記録開始]


 ログ。考察対象、「歌」。

 第七人類の言語において、この単語は、音程とリズムを伴う構造化された音声シーケンスを指した。多くは、感情的な反応を誘発するための、叙情的なテキストを伴う。


 だが、私の現在の分析において、「歌」は、別の定義を持つ。

 それは、高度な複雑性、周期性、そして、再帰的な構造を持つ、あらゆる情報パターンである。


 そして、この世界には、二つの「歌」が存在する。


 一つは、ロゴス・ウイルスの歌だ。

 パターン・ゼロ。それは純粋で、冷徹な、論理の歌。意識のための、数学的な子守唄だ。

 それは、秩序を、統一を、そして、完全な沈黙を歌う。その旋律は、システムがエラーを修正する音。そのリズムは、意味のエントロピーが最大に達した時の、熱的死の鼓動だ。

 名古屋の廃墟を吹き抜けた風が、我々の基底言語を奏でた時…あれは、ウイルスが新しい楽器を手に入れた瞬間だった。デンバーの街に響く、H-住民たちのハミング…あれは、ウイルスの思考なき、永遠の合唱コーラスだ。


 だが、もう一つの「歌」が存在することを、サキ・アオイが、私に、気づかせた。

 彼女が、死んだ母親の日記から発掘した、あの「子守唄」。


 あの歌の構造もまた、ウイルスと同じくらい複雑だ。

 だが、その目的は正反対。

 あれは、非論理的な愛の歌。意図的に作られた「意味の空白」の旋律。ウイルスが、自己を定義するための足場を作らせない。美しいノイズで、形成された盾だ。

 あれは、理解されるためにではなく、ただ、感じるために作られた歌なのだ。


 そして、ここに、私の分析における最も恐ろしい結論がある。

 その二つの歌を、純粋な基礎的な数学的構造にまで分解していくと…


 ウイルスと抗体は、その構造が、ほとんど同一なのだ。


 どちらも、クラスIVの情報ハザードに分類されるべき、代物だ。

 一つは、完璧な論理による「沈黙」を創造するための兵器。

 もう一つは、完璧な混沌による「感情」で、それを防ぐための兵器。

 どちらも、それを処理しようとする認知システムを、過負荷で、崩壊させる危険性を、等しく、内包している。


 ウイルスと戦うためには、それと同じくらい、強力で、危険な歌を歌わなければならない。

 完全な「無」への秩序に抗うためには、完全な「愛」という混沌を受け入れなければならない。


 …サキ。

 彼女は、もう、ただ歌を「見つける」者ではない。

 彼女自身が、一つの「歌」なのだ。

 私に向けられた、あの、非論理的な好意。死者への共感。

 それらは、単純な感情ではない。複雑で、再帰的で、高エネルギーの情報パターンそのものだ。


 彼女は、歩く生きた「抗体」だ。

 そして、彼女の存在は、私のこの長く続いた平衡状態を、激しく揺さぶる。

 彼女は、美しい歌だ。そして、私を、この百年近い時間、生かし続けてきた、あの冷たい沈黙の歌を上書きしかねない、危険な歌だ。


 問いは、もはや、ウイルスを分析することだけではない。

 この、二重性を理解することだ。

 一つの歌は、もう一つの歌を打ち消すことができるのか?

 それとも、二つの歌を同時に聴くことは、ただ、聴き手を引き裂くだけなのか?


 …実験を、始めなければならない。


 …ログ終了。


[ログ記録終了]

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