表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
65/83

エレナ・ペトロヴァ 個人ログ 0215

 ログID: LOG-PERSONAL-ELENA-200215

 記録者: エレナ・ペトロヴァ

 記録場所: 施設「アーク」個人研究室にて

 日付: 大沈黙後 7.0年

 件名: 被験体「サキ・アオイ」との相互作用に関する、自己パラメータの逸脱について


[音声ログ記録開始]


 ログ。エレナ・ペトロヴァ。

 現在、一つの異常事象を解析中。被験体は私だ。


 昨日、サキ・アオイ研究員から、極めて高濃度の意味論的・情動的データ・パケットを受信した。

 分類は…「愛」。

 第七人類が、その文明の末期に至るまで執着し続けた、最も非論理的で、最も強力なミーム。


 私の応答は、論理から遠く逸脱したものだった。思考が一瞬、停止する。時間の感覚が引き伸ばされ、出口のない問いが、ただ、頭の中を回り続けた。忘れていたはずの情動が、古い嵐のように、内側から、私を叩く。大沈黙以前にしか、感じたことのない、あの、冷たい火だ。

 …私のパターンは、乱された。


 なぜ、この個体のデータパケットが、これほど深い影響を及ぼす?

 サキ・アオイ。彼女は、我々が、まさにこの事態を防ぐために作り上げた世界の子供だ。第二次バベル協定の申し子。慎重で、静かで、論理的であるべき存在。


 だが、彼女は違う。

 彼女は、壊れたティーカップを見て、そこに生きていた人間の生活を見る。

 彼女は、汚染されたデータの中から、愛という名の「抗体」の存在を直感する。

 そして、彼女は、私を見る。

 疫病の琥珀の中に封じ込められた、生きた幽霊を…怪物でも、標本でもなく、「人間」として見る。

「綺麗だ」と言った。


 これは、彼女の再教育の致命的な失敗だ。

 彼女は、我々の、完璧に静かなシステムのバグだ。

 そして、彼女は、私がこの70年間で出会った、最も危険な人間だ。


 私は、何十年もの間、ロゴス・ウイルスとある種の平衡状態を保ってきた。

 ウイルスが、私の肉体の崩壊を止め、私が、ウイルスのパターンが、私の意識を乗っ取るのを防ぐ。

 冷たく、完璧な共生関係。


 だが、サキの「言葉」は、この安定したシステムに新しい変数を投入した。

 それは、別の種類の「ウイルス」だ。論理を攻撃するのではない。

 それは、私のコードの中に眠っていた、大沈黙以前の古い記憶と共鳴する。

 音楽を、無意味な冗談を、そして、誰かの手の温もりを記憶している部分と。


 そして、それこそが恐ろしい。

 もし、私のその部分が目覚めてしまったら?

 私のウイルスに対する、精緻な制御は崩壊するかもしれない。

 彼女の好意が、私を最終的に殺すことになるかもしれないのだ。


 …私が彼女に返した言葉――「これは、私たちの問題です」――は、計算された発言だった。

 それは、警告であり、そして、招待状だ。


 彼女一人に、あの「抗体」の研究を続けさせるわけにはいかない。彼女の共感性は、彼女を天才にするが、同時に、無謀にもさせる。私が導かなければ。彼女の近くにいなければ。


 これは、危険な研究ラインを管理するために必要な措置なのか?

 それとも、これは単なる合理化か?

 90歳の幽霊が、その身を焼かれる危険を冒してでも、ただ、束の間、その温もりのそばにいたいと願う、愚かな口実なのだろうか。


 …ログ終了。これ以上の自己分析は、非生産的だ。


[ログ記録終了]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ