表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
64/83

サキ・アオイ 個人ログ#9022

 ログID: LOG-PERSONAL-SAKI-209022

 記録者: サキ・アオイ

 記録場所: 施設「アーク」個人居住区画にて

 日付: 大沈黙後 7.0年

 件名: 第七人類の遺物(フィクション文学)の一次分析


[音声ログ記録開始]


 サキ・アオイ、個人ログ。

 今夜は、セクターBのアーカイブから、新しいファイルをダウンロードした。

 分類は、クラスI。ジャンルは、フィクション文学。サブジャンル「恋愛」。

 タイトルは、『夏色のソーダ』。

 第七人類の後期に、若者向けに書かれた典型的な小説らしい。


 公式な研究目的は、「大沈黙以前の、大衆文化における情動的構文の分析」。

 本当の目的は…先日、エレナ博士と私の間に起きた、あの出来事を理解するための地図を探すこと。

 私の、このパターンが乱れた感情の名前を見つけること。


 …読み進めている。

 物語の主人公は、私と同じくらいの年頃の少女。彼女は、風邪を引いて、寝込んでいる。

 そこに、彼女が想いを寄せる少年がお見舞いに来る。スポーツドリンクを手に持って。

 彼らは、何時間も他愛のない話をする。笑い合う。そして、少年は、彼女の手を握る。


 …とても非効率だ。そして、とても、饒舌。

 彼らは、単純な好意を伝えるためだけに、何千という言葉を費やしている。

 そして、いとも容易く、触れ合う。

 エレナ先生が…彼女が、私の頭に触れた、あのワンストロークは、まるで、地殻変動のような一大事だったのに。この物語の中では、呼吸をするのと同じくらい自然に、手と手が触れ合っている。


 …ああ、次の章。主人公が嫉妬している。

 少年が、別の少女と親しげに話しているのを見た、と。

 本には「胸が、きゅっと痛んだ」と書いてある。彼女は、枕に顔を埋めて泣いている。

 私が、リアムに対して感じた、あの、冷たい分析的な感情とは、全く違う。

 なんて、厄介で、ぐちゃぐちゃで、人間らしいんだろう。

 第七人類の感情は、あまりにも高帯域ハイバンドウィズで、そして、うるさい。


 …最後のページに、たどり着いた。クライマックスだ。

 少年が、彼らの言語で、最も重要だとされた単語を口にする。


 私は、そのテキストを、声に出さずに、目で読んだ。


「愛してる」


 その瞬間、私のHUDの隅に、微かな警告が表示された。

[意味論的エネルギーが規定値を超過。クラスII級ミーム・ハザードの可能性]


 …馬鹿げてる。

 愛の言葉が、ハザードだなんて。


 でも、本当に、そうだろうか。

 これこそが、L-ウイルスの本質なのかもしれない。

 破壊ではなく、創造のウイルス。

 我々の創設者たちが、何よりも恐れた、あの非論理的で、世界を変えるほどの強烈な「意味」のパターン。

「第二次バベル協定」が根絶しようとした、全てのものの結晶。


 物語の中で、少女は、その言葉への返事として、キスをする。未来の約束。

 私への、エレナ先生の返事は「あなたのパターンが、乱れている」だった。

 でも…。

 彼女が、私のために、運んできてくれた一杯の水。一輪の花。そして、あの、不器用なワンストローク。

 あれが、彼女の世界の文法で綴られた「愛してる」だったのではないか。

 沈黙と、警戒と、そして、恐怖の中で彼女が差し出すことのできた、たった一つの意味。


 …この小説は、もう存在しない、死んだ世界への地図だ。

 でも、もしかしたら、私はこれを使って自分の心を読み解くことができるかもしれない。

 彼女が話す、本当の言葉を。

 データの言葉じゃない。

 たった一輪の白い花の言葉を。


 …サキ、ログ終了。


[ログ記録終了]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ