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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
63/83

サキ・アオイ 個人ログ#9021

 ログID: LOG-PERSONAL-SAKI-209021

 記録者: サキ・アオイ

 記録場所: 施設「アーク」医療区画 個人病室にて

 日付: 大沈黙後 7.0年


[音声ログ記録開始]


 サキ・アオイ、個人ログ。

 医療区画の独房と変わらない、白い部屋。

 昨日の戦闘の後、私はここにいる。身体的な負傷はない。だが、プロトコルは絶対だ。「重大な情報ハザード事象への曝露後、24時間の強制的な精神衛生観察」彼らは、そう呼ぶ。


 タクヤの顔が、瞼の裏に焼き付いている。

 最後に彼が発した、あの、人間らしい本物の悲鳴。

 何年も、聞いていなかった音。


 リアムも、ケイトもそれぞれの観察室にいる。私たちは、隔離されている。

 それがルールだから。


(記録に、静かなドアの開閉音が記録される)


 医療ドロイドか、カウンセラーだと思った。

 でも、そこに立っていたのは、彼女だった。

 エレナ・ペトロヴァ博士。

 小さなトレイを、手に持って。


 彼女が、この医療区画に来るなんてありえない。

 彼女自身が、アークにおける最高レベルの「情報源」であり、そして「ハザード」なのだから。


 彼女は、もちろん、何も話さない。

 ただ、持っていたタブレットの画面を、私に見せた。


「水よ。飲みなさい」


 トレイの上には、一杯の水の入ったグラスと…そして、小さなガラスの花瓶に挿された、一輪の白い花があった。水耕栽培区画で咲いた、本物の花。このアークの中では、これ以上ない贅沢品。


 私の手は、震えていた。グラスを、まともに持てそうになかった。

 彼女は、それに気づくと、静かに、私のベッドの端に腰掛けた。

 そして、グラスを手に取り、私の唇に、そっと、近づけた。

 まるで、母親が、幼い子にするように。あるいは…。


 その時、私の中で何かが切れた。

 報告書のことも、失った部下のことも、この世界のことも、全てがどうでもよくなった。

 私は、F.C.E.U.の分隊長でも、考古学者でもない。

 ただのサキ・アオイだった。


 私は、衝動的に身を乗り出した。

 そして、彼女の、その華奢な身体を抱きしめていた。

 彼女の肩に、顔を埋めた。


 彼女は、驚くほど静かだった。そして、冷たくはなかった。

 まるで、もう存在しないはずの太陽の光を、ずっと、その身に蓄えていた古い石のように、穏やかで、静かなぬくもりがあった。

 彼女の身体から伝わる、あの、彼女を生かし、そして、老化を止め続けているウイルスの微かな規則正しい振動。

 不思議と怖くはなかった。初めて、それを恐ろしいと思わなかった。


 長い、長い、一瞬。

 彼女は、ただ、されるがままだった。

 やがて、ためらうように、彼女の手が、そっと、私の頭の上に置かれた。

 その仕草は、ひどくぎこちなかった。

 まるで、何十年も前に忘れてしまった、古い言語を思い出しながら話そうとしているかのように。


 彼女は、ゆっくりと私を引き離した。

 そして、再び、タブレットに言葉を打ち込んだ。


「今は、おやすみ。サキ。あなたのパターンが乱れている。休息が必要」


 その言葉を残して、彼女は、部屋を出て行った。

 ベッドの脇には、白い花と飲み干された空のグラスだけが残されていた。


 …彼女は、私の頭に触れた。

 そして、私の名前を呼んでくれた。


 これが何なのか、もうわからない。

 でも、これが理由なのだと思う。

 私が、この静かな終わってしまった世界で、もう少しだけ戦い続けるための。


 …サキ、ログ終了。


[ログ記録終了]

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