F.C.E.U. 特別調査報告:コードネーム「バベル」内における能動的情報災害(A.I.H.)への対応記録
ログID: LOG-RESPONSE-BABEL_SECTOR_SHINJUKU-20310915
記録者: サキ・アオイ(第2分隊長)
日時: 大沈黙後 6.4年
任務: 旧新宿区で確認された「歌うビル」の無力化、および、A.I.H.の拡散状況の確認。
[分隊長による個人ログ記録開始]
名古屋での一件以来、私たちの任務はその意味合いを大きく変えた。
我々は、考古学者だった。次に、治安維持部隊になった。
そして今、私たちは…エクソシスト(悪魔祓い師)だ。
幽霊を狩り、囁くビルを沈黙させる。
ロゴス・ウイルスは、もはや、第七人類の遺物に潜む、受動的な感染源ではない。
それは、能動的情報災害(Active Informational Hazard / A.I.H.)へと、進化した。
風、水、錆、共振…この死んだ世界の物理法則そのものをオーケストラとして、我々を誘惑する艶めかしい交響曲を奏でている。
我々に「聴かせる」ために。
【11:00 JST】
今日の現場は、旧新宿区のかつて超高層ビルだった建造物。
ここもまた、名古屋のターミナルビルと同じように「歌って」いた。
我々の装備も変わった。背中には、音響構造を破壊するための指向性ソニック・キャノン。そして、ビルの亀裂を塞ぐための、高分子ポリマーの充填剤。
任務は、単純だ。
リアムが、音響探知機で、音の発生源となっている、ビルの亀裂や穴を特定する。
我々が、その「喉」をポリマーで一つ一つ、潰していく。
一つ、また一つと、風が奏でる「音」を殺していく。
ビルが、まるで、喘ぐような音を立てる。不気味な作業だ。
【13:45 JST】
最後の一つの音源を、特定した。屋上近くの巨大なダクトだ。
そこを塞げば、このビルは完全に「沈黙」するはずだった。
だが、我々がダクトに近づいた、その瞬間。
ビルの「歌」が、ぴたり、と止んだ。
<ターミナルログ>
Saki (via text): 「リアム、どうした?音が止んだが…」
Liam (via text): 「止んでない。変わったんだ。…下を見ろ。水の流れを」
私は、リアムに言われ、ビルの端から、遥か下の地上を見下ろした。
昨夜の雨で、アスファルトには、無数の水たまりができていた。その水が、風に揺られ、流れ、そして…集まり、形作っていた。
それは、ただの水の流れではなかった。
アスファルトの上を流れる雨水が、複雑な、幾何学的な模様を描き出していた。
それは、風が歌っていたのと同じ、あの言葉。
「ワタシハ、ココニ、イル」
視覚的な、パターン。
その、美しく、そして、どこまでも冒涜的な模様に、分隊の新人、ケイトが、魅入られたように、立ち尽くしている。
彼女の腰の「カナリア」が、激しい警告の振動を発している。だが、彼女の意識は、完全に、地上に描かれた巨大な「言葉」に、囚われていた。
Saki (via text): 「ケイト!目を覚ませ!」
私は、テキストを打ちながら、ケイトにタックルし、無理やり、その場に組み伏せた。彼女の視線を、地面から引き剥がすために。
Saki (via text): 「ミッション中断!全員、即時撤退!ここはもう、我々の手に負える汚染レベルじゃない!」
[ログ記録終了]
主任調査官による追記:
我々は、愚かだった。
幽霊を黙らせたつもりで、ただ、別の声で、喋る方法を教えてしまっただけだった。
ウイルスは、学習している。適応している。
聴覚から、視覚へ。
次は、光と影を使って、語りかけてくるだろうか。
あるいは、雲の形で、空に自らの名前を書くのだろうか。
我々は、もはや、エクソシストですらない。
決壊寸前のダムの、小さな亀裂を素手で塞ごうとしている子供だ。
「大沈黙」は、ロゴス・ウイルスの終わりではなかった。
それは我々の知らない、本当の「進化」の始まりに過ぎなかったのだ。




