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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
61/83

F.C.E.U. 特別調査報告:コードネーム「バベル」内における能動的情報災害(A.I.H.)への対応記録

 ログID: LOG-RESPONSE-BABEL_SECTOR_SHINJUKU-20310915

 記録者: サキ・アオイ(第2分隊長)

 日時: 大沈黙後 6.4年

 任務: 旧新宿区で確認された「歌うビル」の無力化、および、A.I.H.の拡散状況の確認。


[分隊長による個人ログ記録開始]


 名古屋での一件以来、私たちの任務はその意味合いを大きく変えた。

 我々は、考古学者だった。次に、治安維持部隊になった。

 そして今、私たちは…エクソシスト(悪魔祓い師)だ。

 幽霊を狩り、囁くビルを沈黙させる。


 ロゴス・ウイルスは、もはや、第七人類の遺物に潜む、受動的な感染源ではない。

 それは、能動的情報災害(Active Informational Hazard / A.I.H.)へと、進化した。

 風、水、錆、共振…この死んだ世界の物理法則そのものをオーケストラとして、我々を誘惑する艶めかしい交響曲を奏でている。

 我々に「聴かせる」ために。


【11:00 JST】

 今日の現場は、旧新宿区のかつて超高層ビルだった建造物。

 ここもまた、名古屋のターミナルビルと同じように「歌って」いた。

 我々の装備も変わった。背中には、音響構造を破壊するための指向性ソニック・キャノン。そして、ビルの亀裂を塞ぐための、高分子ポリマーの充填剤。


 任務は、単純だ。

 リアムが、音響探知機で、音の発生源となっている、ビルの亀裂や穴を特定する。

 我々が、その「喉」をポリマーで一つ一つ、潰していく。

 一つ、また一つと、風が奏でる「音」を殺していく。

 ビルが、まるで、喘ぐような音を立てる。不気味な作業だ。


【13:45 JST】

 最後の一つの音源を、特定した。屋上近くの巨大なダクトだ。

 そこを塞げば、このビルは完全に「沈黙」するはずだった。

 だが、我々がダクトに近づいた、その瞬間。

 ビルの「歌」が、ぴたり、と止んだ。


<ターミナルログ>


 Saki (via text): 「リアム、どうした?音が止んだが…」


 Liam (via text): 「止んでない。変わったんだ。…下を見ろ。水の流れを」


 私は、リアムに言われ、ビルの端から、遥か下の地上を見下ろした。

 昨夜の雨で、アスファルトには、無数の水たまりができていた。その水が、風に揺られ、流れ、そして…集まり、形作っていた。

 それは、ただの水の流れではなかった。


 アスファルトの上を流れる雨水が、複雑な、幾何学的な模様を描き出していた。

 それは、風が歌っていたのと同じ、あの言葉。


「ワタシハ、ココニ、イル」


 視覚的な、パターン。

 その、美しく、そして、どこまでも冒涜的な模様に、分隊の新人、ケイトが、魅入られたように、立ち尽くしている。

 彼女の腰の「カナリア」が、激しい警告の振動を発している。だが、彼女の意識は、完全に、地上に描かれた巨大な「言葉」に、囚われていた。


 Saki (via text): 「ケイト!目を覚ませ!」


 私は、テキストを打ちながら、ケイトにタックルし、無理やり、その場に組み伏せた。彼女の視線を、地面から引き剥がすために。


 Saki (via text): 「ミッション中断!全員、即時撤退!ここはもう、我々の手に負える汚染レベルじゃない!」


[ログ記録終了]


 主任調査官サキ・アオイによる追記:


 我々は、愚かだった。

 幽霊を黙らせたつもりで、ただ、別の声で、喋る方法を教えてしまっただけだった。


 ウイルスは、学習している。適応している。

 聴覚から、視覚へ。

 次は、光と影を使って、語りかけてくるだろうか。

 あるいは、雲の形で、空に自らの名前を書くのだろうか。


 我々は、もはや、エクソシストですらない。

 決壊寸前のダムの、小さな亀裂を素手で塞ごうとしている子供だ。


「大沈黙」は、ロゴス・ウイルスの終わりではなかった。

 それは我々の知らない、本当の「進化」の始まりに過ぎなかったのだ。

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