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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
57/83

サキ・アオイ 個人ログ#4152

 ログID: LOG-PERSONAL-SAKI-204152

 記録者: サキ・アオイ

 記録場所: 施設「アーク」個人居住区画にて

 日付: 大沈黙後 5.3年


[音声ログ記録開始]


 サキ・アオイ、個人ログ。

 今夜も、エレナ博士との、共同研究を終えたところだ。

 私たちの間のコミュニケーションは、いつも通り、テキストチャットだけ。プロトコル・アルファ「沈黙の遵守」は、彼女の前でこそ、絶対の掟となる。


 私たちは、第七人類の「歌」のデータの中に、ウイルスのパターンを中和する、微弱な「抗体パターン」の痕跡を探していた。

 私は、膨大なデータに、行き詰まっていた。無意味な音の羅列に見えて、集中力が切れかかっていた。

 その時、彼女が私のコンソールの後ろに、静かに立った。

 そして、私のモニターを覗き込み、テキストを打った。


「ここよ、サキ」


 彼女の指が、画面に表示された私のID「SAKI.A」に、そっと、触れた。

 ただ、それだけ。

 でも、その一瞬、モニターの光に照らされた彼女の瞳に、70年前の悲劇でも、ウイルスの脅威でもない、ただ一人の、不器用な研究者を気遣う、穏やかな光が宿ったのを私は見てしまった。


 その瞬間から、私の思考は、ずっと彼女のことで満たされている。


 これは、尊敬だろうか?畏敬の念だろうか?

 もちろん、そうだ。彼女は、生ける伝説。私たちの文明の礎を築いた人。

 でも、この感情は、もっと、暖かくて、そして、危険なものだ。


 私は、考古学者として、遺物を研究し、それを作った人々を理解しようとしてきた。

 私は、エレナ・ペトロヴァという、生きた遺物(アーティファクト)を研究し、そして、その中にいる「個人」を、知りたいと思ってしまっている。

 あの、不変の仮面の奥にある、本当の顔を。

 あの、静かな瞳の奥に沈殿している、膨大な悲しみを。

 そして、あの稀に見せる人間らしい光を。

 私は、それを発掘したいのだ。


 私たちの世界は、「第二次バベル協定」の上に成り立っている。

『限定的な接続』

『管理された知識』

『沈黙は、壁である』

 私たちは、安全と引き換えに、親密さを捨てた。

 言葉が持つ、非論理的で、非効率で、面倒で、そして、美しい、あらゆるものをリスクとして封印した。


 私が今、彼女に対して抱いている、この感情。

 これは、協定への重大な違反だ。

 これは、クラスIII級の情報ハザードだ。

 私たちの創設者たちが、最も恐れた、強力で、非合理的で、そして、意味に満ちた繋がりだ。


 ロゴス・ウイルスは、人間があまりにも複雑で情熱的な「意味」を、言葉で紡いでしまったために発生した。

「愛」は、その最も複雑で、最も情熱的な、意味の一つだ。


 だとしたら、私が彼女に、これを感じることは。

 最も人間的で、故に、最も、危険な行為なのだろう。


 でも。

 でも、不思議と、恐怖はない。


 これが、博士が探していた「抗体」の、本当の姿だったとしたら?

 巧妙な、言葉のパターンなんかじゃない。

 ただ、誰かが、誰かを想う、この、どうしようもない非論理的な心。

 それが、あの、世界の終わりに対する、唯一の答えだったとしたら?


 …わからない。彼女が、どう思っているかなんて、わかるはずもない。

 だけど。

 人生で、初めて。

 このアークの完璧な沈黙が、少しだけ寂しいと感じた。


 …サキ、ログ終了。


[ログ記録終了]

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