施設「アーク」セクターB 通信ログ(暗号化チャンネル)#2
ログID: LOG-B-SECURE-203214
通信者:
ID: SAKI.A (サキ・アオイ)
ID: ELENA.P (エレナ・ペトロヴァ)
日付: 大沈黙後 6.0年
場所: 施設「アーク」セクターB「図書館」
[通信ログ記録開始]
[17:38 JST] ELENA.P:
サキ。例の「子守唄」のデータセット、第7次解析が完了した。パターンの中に、意図的な「意味の空白」が複数見つかったわ。ウイルスが自己を定義できない、論理的な真空地帯よ。
[17:39 JST] SAKI.A:
…すごい。そんなものを、あの時代の母親が、たった一人で…。
[17:40 JST] ELENA.P:
それは、我々が「愛」と呼ぶ、極めて高度な問題解決行動の産物でしょうね。重要なのは、その構造よ。この「真空」を応用すれば、あるいは…。
[17:42 JST] SAKI.A:
博士。
[17:42 JST] SAKI.A:
あなたは、綺麗です。
(ターミナルに、1分以上の長い空白。エレナ側の入力インジケータが表示されては、消えるのを繰り返している)
[17:45 JST] ELENA.P:
…サキ。その言葉は、IBH分類基準によれば、クラスIIIの情報ハザードです。極めて高い、意味論的・感情的エネルギーを内包している。
[17:46 JST] SAKI.A:
違います。
これは私が、あなたに伝えたかった、ただ一つの、言葉です。ハザードではありません。
[17:47 JST] SAKI.A:
あなたが何十年間も、たった一人で、この静かな墓所で死者たちの声なき声を聞き続けてきたことを、私は知っています。
あなたが、老化しないのではなく、あのウイルスによって、永遠の「今」に、囚われていることも理解しています。
あなたは遺物じゃない。あなたは生きて、ここにいる。
私は…
[17:48 JST] ELENA.P:
…ええ。
理解しています。
[17:49 JST] ELENA.P:
そして、それは…私が今まで解析した、どんなデータよりも、危険で、美しいパターンをしている。
[17:50 JST] ELENA.P:
今日の作業は、ここまで。
あなたの精神衛生状態を、モニタリングする必要があります。プロトコル・ガンマに従って。
[17:51 JST] SAKI.A:
これは、私の問題です。博士には…。
[17:52 JST] ELENA.P:
いいえ。
これは、私たちの問題です。
[通信ログ記録終了]




