第一次接触調査部隊(F.C.E.U.)市街地パトロール記録 #717
文書名:F.C.E.U. 市街地パトロール記録 #717
ログID: LOG-PATROL-NAGOYA_SECTOR1-20717
記録者: サキ・アオイ(第2分隊長)
日時: 大沈黙後 6.2年
任務: 旧名古屋市中心部の定時巡回、および、未確認の音響パターンの発生源調査。
[分隊長による個人ログ記録開始]
大沈黙から6年。我々の仕事は、日常になった。
死んだ世界の、静かな墓守。それが、私たちF.C.E.U.だ。
廃墟と化した都市を巡回し、危険な遺物を回収し、そして、第七人類が犯した過ちの痕跡を、一つ一つ、カタログに収めていく。
だが、今日、その日常が少しだけ軋んだ音を立てた。
今回の任務は、旧名古屋市栄地区で、数週間前から長距離音響センサーが断続的に観測している、奇妙な「音」の発生源を特定すること。
それは我々が知る、いかなる「パターン・ゼロ」とも異なる。もっと有機的で、不規則で…そして、どこか物悲しい響きを持っていた。
【12:30 JST】
旧栄地区に降下。6年の歳月は、アスファルトの街を緑の森へと変えつつある。蔦に覆われたテレビ塔が、墓標のように空を突いている。
発生源に近づくにつれて、ヘルメット「サイレンサー」の音響フィルター越しに、その音が、微かに聞こえ始めた。
電子音ではない。まるで、誰かが巨大な楽器を不器用に、しかし、ある一定の規則性をもって、奏でているような…そんな音だ。
【14:00 JST】
音源を特定。それは、かつて「中部地方の空の玄関」と呼ばれた、空港の巨大なターミナルビルだった。半壊した天井と割れた無数の窓ガラス。そこが、音の発生源だった。
【14:20 JST】
ターミナルビル内部に進入。音はここで反響し、増幅されている。
そして、我々は、その正体を見た。
それは人間でも、機械でもなかった。
風だ。
ビルに空いた、無数の亀裂や、割れた窓。そこを、風が吹き抜けるたびに、ビル全体が、巨大な笛、あるいは風のハープのように、鳴り響いていたのだ。
ワイヤーが風に震え、割れたガラスがこすれ合い、それが、あの奇妙な「音楽」を生み出していた。
私は、安堵のため息をつきそうになった。ただの自然現象。それだけのことだ、と。
だが、その時、分隊員のリアムが、私のヘルメットのHUDに緊急のテキストを送りつけてきた。
Liam (via text): 「サキ…このパターンを解析した。これは、ランダムな風の音じゃない。」
Saki (via text): 「どういう意味?」
Liam (via text): 「周波数と音の間隔を言語パターンに変換した。これは、我々の…基底言語だ」
私は、背筋が凍りつくのを感じた。「基底言語」は第七人類が滅んだ後、我々が、L-ウイルスに対抗するために、人工的に作り上げた、安全なはずの言葉だ。
Saki (via text): 「何ですって? 基底言語?」
リアムからの最後の返信が、私のHUDに表示された。
Liam (via text): 「ああ。翻訳する。『ワタシハ、ココニ、イル。アナタハ、ダレ?』…それを、ずっと、繰り返してる」
[ログ記録終了]
主任調査官による追記:
ロゴス・ウイルスは、死んでいなかった。
それどころか、それは、我々を「学習」していたのだ。
もはや、第七人類の遺した言葉の残響を、オウム返しに繰り返すだけの受動的な存在ではない。
それは、我々の安全なはずだった「基底言語」を解析し、そして今、風や、瓦礫といった、この死んだ世界そのものを自らの声帯として、我々に語りかけようとしている。
それは、もはや、受動的な罠ではない。
能動的に、我々と「接触」しようとする、未知の知性へと変貌しつつある。
我々は、奇妙な音の調査に来た。
だが、見つけたのは、我々の名前を呼び始めた幽霊だった。
この日を境に、我々の任務の性質は、根本的に変わってしまった。
廃墟は、もはや静かではない。
それは、囁き始めている。




