サキ・アオイ 個人ログ#2666
ログID: LOG-PERSONAL-SAKI-0822-2666
記録者: サキ・アオイ
記録場所: 施設「アーク」個人居住区画にて
日付: 大沈黙後 4.2年
[音声ログ記録開始]
(数秒の沈黙。微かな換気扇の音)
サキ・アオイ、個人ログ。
…報告書を、提出した。事案ID、DENV-CRIME-001。
なんと無機質で、清潔な名前だろう。あの、おぞましい出来事に。
彼の目は、どうでもいい。あの男の目には、予測可能な、ありふれた獣の光があっただけ。
忘れられないのは、彼女の目だ。
被害者の、あの、何も映さない瞳。
痛みも、恐怖も、屈辱も、そこにはなかった。ただ、空っぽの、硝子玉のような静かな瞳。
それが、何よりも恐ろしかった。
私は、考古学者になることを選んだ。
声なき死者に、声を与えるために。
土に埋もれたひと欠片から、それを使っていた人の生活を、想いを復元するために。
過去の沈黙の中に「意味」を見出すのが、私の仕事だった。
では、この一件に存在する沈黙の意味は何?
我々は、文明の全てを「第二次バベル協定」という、たった一つの教義の上に築いた。
『沈黙は、壁である』
『知識は、管理されるべき毒である』
『接続は、弱さである』
私たちはロゴス・ウイルスという、思考を殺す怪物を恐れるあまり、自ら思考を放棄する道を選んだ。
私たちは、壁を築いた。安全で、静かで、秩序正しい壁を。
でも、私たちは間違っていた。
沈黙は、壁などではなかった。
沈黙は、ただの「真空」だ。そして、真空は必ず、何かによって満たされる。
今日、それは卑小な男の、矮小な欲望によって満たされた。
では、明日は?明日は、一体、何があの静寂を満たすのだろう。
私の任務は、第七人類がなぜ、滅びたのかを解明することだった。
だが、もうそんなことはどうでもいい。
今、問われるべきはそれではない。
問うべきは我々、第八人類がこれからどう生きるべきかだ。
私は、もうただの過去の考古学者ではいられない。
未来の建築家にならなければ。
私は、あの「不干渉プロトコル」と戦う。H-住民たちの、失われた人権のために、彼らの代わりに私が声を上げる。評議会に、彼らが作り出したこの静かな地獄と向き合わせる。
あるいは、これこそが「第一次接触調査部隊」の、本当の任務なのかもしれない。
我々が最初に接触し、調査するべき、未知の異星人とは…我々自身のことなのだ。
混沌として、饒舌で、愚かな「人間」であることよりも、秩序だった静かな「家畜」であることを選んでしまう、我々の、心の中にいる、見知らぬ誰かのことなのだ。
…私の仕事は、まだ始まったばかりだ。
サキ・アオイ、ログ終了。
[ログ記録終了]




