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第七人類絶滅報告書  作者: ななめハンバーグカルパス
第二部 文明復興庁
49/83

F.C.E.U. 治安維持部隊 内部調査報告書

 事案ID: DENV-CRIME-001

 件名: 旧デンバー市街区における「ハッシュ」影響下住民への第一級人道犯罪について

 主任調査官: サキ・アオイ(第2分隊長)

 日付: 大沈黙後 4.2年


 1. 発見経緯

 定時パトロール中、監視ドローンが、旧デンバー市街第7居住区における住民の行動パターンに、顕著な異常を検知した。

 通常、「ハッシュ」影響下の住民(以下、H-住民)は、ランダムかつ無目的な遊動を行う。しかし、当該地区では特定の住居ビルを、住民たちが明らかに「避けて」移動する、指向性のあるパターンが形成されていた。

 この行動異常を、社会的混乱の兆候と判断。第2分隊が調査のため現場に派遣された。


 2. 現場状況


 被害者:

 問題の住居ビルの一室にて、H-住民の女性1名を発見。衣服は乱れ、身体には複数の打撲痕が確認された。医療班によるその後の検査で、最近の激しい性的暴行の痕跡が認められた。

 特筆すべきは、被害者の精神状態である。彼女は発見時、一切の情動反応(恐怖、怒り、悲しみ)を示さず、他のH-住民と同様、穏やかで、虚ろな表情のままであった。彼女は、自らに何が行われたのかを、理解する能力そのものを持っていなかった。


 被疑者:

 隣室にて、男性1名の身柄を確保。第七人類時代の保存食料から作られた、粗悪なアルコール飲料を摂取し、酩酊状態にあった。

 身元照会の結果、被疑者は、ロゴス・ウイルスへの遺伝的耐性を持ち、認知機能を完全に保持した「耐性者」と判明。文明復興庁に登録せず、都市の廃墟で、我々の管轄外の生活を送っていた、いわゆる「野良(ノラ)」である。


 3. 主任調査官サキ・アオイによる所見

 これは、憎悪や、狂気による犯罪ではない。

 これは、加害者の身勝手な都合と、その場の状況が生んだ犯行である。

 加害者は、被害者を「人間」として見ていなかった。彼は、彼女を抵抗しない「モノ」として、自らの欲望を満たすための「道具」として、認識していた。

 彼を咎める社会も、彼女が上げる悲鳴も、そこには存在しない。彼は、ただそこに抵抗しない、完璧な人形がいたから、犯したのだ。

 第七人類の遺跡を調査し、彼らの滅亡を悲しむことが私の仕事だった。だが、私は間違っていた。

 本当の恐怖は、沈黙そのものではない。

 誰も、悲鳴を上げることができなくなった、その沈黙の中で何が行われるか。それこそが、本当の恐怖だ。


 我々は、H-住民を「干渉しない」という名目で事実上、放置してきた。

 だが、我々の不干渉は、彼らに自由を与えたのではない。ただ、我々を、彼らが蹂躙されるのを黙って見ている、冷酷な傍観者にしただけだ。

 我々は、完璧な被害者たちで満たされた、静かな地獄を、自らの手で作り上げてしまった。


 4. 措置および勧告


 被疑者: 身柄を拘束。復興庁の評議会による裁決のため、高レベル拘禁施設へ移送する。


 被害者: 医療処置を施した後、他のH-住民のコミュニティへ帰還させた。彼女に、我々の社会で生活する能力はない。


 勧告:

 本件を受け、「対H-住民・不干渉プロトコル」の即時見直しを、強く勧告する。

 我々は、H-住民を我々の法の保護下に置くべきだ。たとえ、彼らがそれを理解できなくとも。

 あるいは、マークス大将の、あの「惨い治療」を、より完全な形で、我々自身の手でやり遂げるべきなのかもしれない。

 彼らを、この無抵抗な地獄に放置し続けることは慈悲ではない。それは、我々がもつ道徳的責任の完全な放棄である。

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