文明復興庁 遺物取扱規定 補遺B:情報生物ハザード(IBH)分類基準
文書ID: 8C-RA-AHR-ADD_B-001
分類レベル: 機密(CONFIDENTIAL)
発行日: 大沈黙後
1. 序文
本規定は、第七人類文明の遺物から発見される、特有の脅威に対する安全基準を定めるものである。
「情報生物ハザード(Info-Biohazard / IBH)」とは、物理的・生物学的な手段ではなく、情報そのものを媒介として、第八人類たる我々の認知・精神の健全性を脅かす、あらゆるオブジェクト、データ、あるいはパターンと定義する。
本分類基準の遵守は、全調査員及び研究員の安全を確保し、「大沈黙」の再来を阻止するための、最優先事項である。
2. ハザードレベル分類
クラスI:要注意情報 (Information of Concern)
定義: L-ウイルスの直接的なパターンは含まないが、その存在や影響について言及している情報。間接的な精神負荷を与える可能性がある。
具体例: 第七人類の一般的なニュース記事、気象データ、汚染初期の無害な個人の日記。
取扱規定: 標準的なデジタル検疫下での保管。人間がアクセスする前に、少なくとも1体の解析AIによる安全性スキャンを必須とする。
クラスII:汚染疑い情報 (Suspected Contaminated Information)
定義: L-ウイルスの下位パターンや、特徴的な言語マーカーを含む可能性のある情報。あるいは、クラスIII以上のハザードと同時に発見された情報。低濃度の汚染の危険性。
具体例: 文明崩壊末期のSNS投稿、AIの異常応答ログ(Mimir、Babel-7など)、『最後の棋譜』のような、極めて高度な思考の痕跡。
取扱規定: 厳重なデジタル隔離。2体以上の独立したAIによるクロスチェックで安全性が確認された後、精神衛生カウンセラーの同席のもとで、限定的なアクセスが許可される。
クラスIII:高濃度汚染情報 (High-Concentration Contaminated Information)
定義: 明白かつ強力なL-ウイルス・パターンを含む情報。直接的な接触(閲覧・聴取)は、高い確率でGPA(広域進行性失語症)の症状を誘発する。
具体例: 「沈黙の火曜日」の市場取引データ、「魚の大臣」の答弁音声記録、GPA末期患者の会話の録音。
取扱規定: 遠隔操作ロボットアームによる物理的取り扱いのみを許可。いかなる人間、及び基幹AIも、直接的なデコードや解釈を行ってはならない。解析は、使い捨ての隔離されたAIインスタンスによってのみ行われ、タスク終了後、当該インスタンスは即座に物理破壊される。
クラスIV:即時起爆型・ミーム兵器 (Immediate-Detonation Memetic Weapon)
定義: これが本規定における最高危険レベルである。単なる汚染情報ではなく、第七人類によって、あるいは現象そのものによって、意図的に「兵器」として構築された、純粋なL-ウイルス・パターン。処理を試みた認知システムを、即座に、かつ回復不能な形で崩壊させる。情報の形をした、大量破壊兵器である。
具体例:
事案A-881-GAMMA(分析官の遺書)で発見された、意図的に構築されたテキスト。
「パターン・ゼロ」の純粋な音響信号。
取扱規定:
【接触の絶対禁止】: いかなる生命体、及びAIも、当該情報のデコード・解釈を試みることは、絶対に許可されない。
【物理的封じ込め】: オリジナル媒体は、光、音、電子情報、あらゆるスキャンを遮断する「ゼロ・インフォメーション保管庫」に、永久に封印する。
【研究の禁止】: クラスIVパターンの再現に繋がる、いかなる研究も、「第二次バベル協定」に基づき、固く禁じられている。
3. 結び
遺物と兵器の違いは、そこに込められた意図である。第七人類は、我々にその両方を遺した。
我々の義務は、彼らの遺産と、彼らの呪いを、正確に峻別することにある。
本規定への違反は、懲罰の対象にはならない。それは、我々自身の絶滅に直結する。
第九人類は、存在しない。
(この規定は、文明復興庁の全職員に適用される)