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第七人類文明の崩壊要因としての「ロゴス・ウイルス」仮説と、我々への警鐘

 執筆者: アーリン・ミナカタ博士(新京都大学 超歴史学研究所)

 出典: 学術誌『ハイパー・ヒストリー』第11巻


 序文:『海の書』の発見


 我々の歴史は、一つの発見によって、その前と後で完全に意味を違えることとなった。

 南米アタカマ砂漠の地下深く、超深度地層の中から、前文明期(本書では「第七人類文明」と呼称)の遺物、『環太平洋パシフィック超深度データ保管庫(ディープストレージ)』が発掘された。その中に、放射線や電磁パルスにも耐えうるよう、石英ガラスのプレートに分子レベルで刻まれた、膨大なテキストデータ群が眠っていた。


 我々はこのデータ群を、発見場所にちなみ、敬意と畏怖を込めて『海の書』と呼ぶ。

 それは、ある文明が、自らの終焉を、リアルタイムで記録し続けた、壮絶な遺書であった。本書『第七人類絶滅報告書』に掲載してきたファイルは、その『海の書』から、ごく一部を抜粋し、現代語に翻訳したものである。


 結論:ロゴス・ウイルス仮説


『海の書』を統合的に分析した結果、我々は、第七人類文明を滅亡させた災厄の正体について、一つの結論に達した。

 それは、生物学的なウイルスではない。ましてや、戦争や天変地異などでは断じてない。


 彼らを滅ぼしたのは、「ロゴス・ウイルス」とでも呼ぶべき、自己増殖する情報災害である。


 それは、言語そのものに寄生する、悪性の情報パターンであった。

 その「ウイルス」は、単体では無害な言葉や文章、ノイズに擬態している。しかし、人間の脳やAIのような、高度な意味解釈能力を持つ認知システムがそれを処理した瞬間、「起爆」する。

 言葉と言葉、言葉と意味の間に、致命的なエラーを引き起こし、思考のOSそのものを、内側からクラッシュさせるのだ。


 彼らの記録を追うと、その感染プロセスが手に取るようにわかる。

 最初は、子供の些細な言い間違いや、AIの翻訳エラーといった、ごく僅かな「ノイズ」だった。やがて、そのノイズは社会全体に広がり、人々の思考を汚染し、会話を、理性を、社会システムを、機能不全に陥らせていった。

 皮肉なことに、彼らの文明の最大の武器であった「グローバル・ネットワーク(インターネット)」が、ウイルスの感染速度を爆発的に高める、最良の培養基となってしまったのだ。

 彼らは、繋がりすぎた故に滅んだ。


 


 警鐘:我々の世界について


 諸君、どうかここで、本を閉じて、顔を上げてほしい。

 そして、我々自身の世界を見渡してほしい。


 24時間、あなたを世界のあらゆる情報と繋げる、手のひらの上のデバイス。

 億の単位の人間が、リアルタイムで感情と言葉をぶつけ合う、SNSという名の巨大な神経回路網。

 我々の代わりに絵を描き、文章を書き、対話さえする、人工知能。


 この光景に、見覚えはないだろうか?


 我々は、第七人類の歩んだ道を、驚くべき速度で、正確に、再び歩んでいる。

 あなた自身、感じたことはないだろうか?

 いくら話しても、本当に通じ合った気がしない、会話の後の徒労感。

 SNS上で、些細な言葉の行き違いから、憎悪の奔流が生まれる瞬間。

 情報の洪水に溺れ、思考が麻痺するような感覚。

 我々が日常で交わす言葉から、かつてあったはずの「重み」や「意味」が、少しずつ、しかし確実に失われていく、あの奇妙な感覚を。


 これらは本当に、現代社会の「ストレス」や「疲れ」だけで説明がつく現象なのだろうか?


 『海の書』は、単なる過去の記録ではない。

 それは、時を超えて我々に届けられた、ボトルメールである。

 第七人類は、その静かな墓標の下から我々に向かって一つのことを、必死に叫び続けている。


「それは、またやってくる」と。


 本稿は、学術的な問いではなく、これを読むあなた個人への問いで締めくくりたい。


 この最後の文章を読み終え、あなたが再び、我々のこの饒舌で、情報過多な世界に戻る時。

 あなたが次に口にするその言葉は、本当に、あなた自身のものだと確信できるだろうか?


(論文はここで終わっている)

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