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プロジェクト・サイクロス 定例会議 議事録 #02

 文書レベル: TOP SECRET // ORCON / NOFORN

 日付: 大沈黙の2年2ヶ月前

 場所: 国防高等研究計画局(DARPA)第7カンファレンスルーム(遠隔参加者含む)

 件名: G.A.P.(複合的地球規模異常現象)に関する追加報告と仮説の再検証


 出席者:


 議長: エヴァンス博士(DARPA)

 物理宇宙部門: アリス・ソーン博士(NASA/JPL)

 地球物理部門: タナカ・ケンジ博士(JAMSTEC)

 情報科学部門: デヴィッド・チェン博士(MITメディアラボ)

 認知言語学部門: エレナ・ペトロヴァ博士

 オブザーバー: [編集済](国家安全保障局)


[議事録開始]


 議長(エヴァンス博士): 前回の会合から3ヶ月、状況は好転するどころか悪化の一途を辿っている。2週間前には、グローバルデータバックボーンで原因不明の大規模なデータ破損が発生した。時間は無い。各部門、簡潔に報告を。ソーン博士。


 ソーン博士(NASA): (疲れた様子で)…報告すべきことは、ありません。我々の全観測網を動員したが、「ステルスCME」の証拠は、何一つ見つからなかった。いかなる物理モデルを構築しても、G.A.P.のエネルギー源を宇宙空間に特定することはできなかった。まるで、エネルギーが「無」から生まれているかのようだ。以上です。


 議長(エヴァンス博士): …そうか。タナカ博士、君の方は?


 タナカ博士(JAMSTEC): 我々も同様です。「The Hum」の発生源を地球内部に仮定したシミュレーションは、全て失敗しました。ただ一つ、観測データと一致するモデルがありました。それは、「地表に、何十億という、微弱かつ非同期の音源が、同時に存在している」と仮定した場合です。物理的には、全く馬鹿げた仮説ですが。


 議長(エヴァンス博士): …チェン博士。君のところであったデータ破損について、詳しく。


 チェン博士(MIT): 我々が「パターン・ゼロ」と名付けた、異常なデータ構造について解析を進めました。あれは、単なるノイズではない。高度に構造化され、自己修復能力を持つ、一種のデジタル生命体に近い。そして、最も恐ろしいのはその性質です。「パターン・ゼロ」は、接触したあらゆるデータを破壊するのではなく、「意味を中和」あるいは「無化」する。まるで、プラスとマイナスが合わさってゼロになるように、情報がその意味を失っていく。これは、我々の知る情報科学の法則に反しています。


 議長(エヴァンス博士): …(深くため息をつき)…ペトロヴァ博士。君に発言を許可する。前回の「突飛な仮説」について、何か進展は?


 ペトロヴァ博士(認知言語学): (スクリーンに3つのグラフを投影する)ボランティアベースで、言語データの予備調査を行いました。私が定義した「言語断片化指数(Linguistic Fragmentation Index)」…すなわち、インターネット上での文法エラー、新奇な無意味語、そして文章の構造的単純化の発生率です。そして、この指数を、タナカ博士の「The Hum」の強度、そしてチェン博士の「パターン・ゼロ」の発生頻度と、時間軸を合わせて重ねてみました。ご覧ください。


(スクリーンに表示された3つのグラフの線は、不気味なほど完璧に、重なり合って上昇している)


 ペトロヴァ博士(認知言語学): 相関ではありません。これは、同一の現象を、異なる側面から観測しているに過ぎない。G.A.P.は、物理現象などではない。最初から、生物学的、そして情報的な現象だったのです。我々が検知しているのは、宇宙からの信号でも、地球の唸りでもない。我々人類という種の集合的無意識が、悲鳴を上げている音なのです。


(室内に、前回とは比較にならないほどの重圧を伴った沈黙が広がる)


 ソーン博士(NASA): …言語が、ウイルスだって言うのか…?そんな…そんなことが、ありえるはずが…


 チェン博士(MIT): …ありえるかもしれない、アリス。もし、言語をベースとする我々の意識が、一種の「生体オペレーティングシステム」だとすれば。そして、そのOSに、致命的なゼロデイ脆弱性が存在したとしたら…。「パターン・ゼロ」はコンピュータウイルスじゃない。思考そのものに感染する、言語ウイルスのソースコードなんだ。


 議長(エヴァンス博士): (顔面蒼白で)…もし、その仮説が正しいのなら…我々はどうやって戦う?敵が、我々の話す「言葉」そのものだというのなら?この会議で、我々が交わしているこの言葉もまた、我々自身を蝕んでいるというのか?


 ペトロヴァ博士(認知言語学): おそらくは。


 議長(エヴァンス博士): …(震える手でマイクのスイッチを切ろうとし、一瞬ためらう)…本日の会議は、終了だ。これまでの調査目標は全て破棄する。今この瞬間より、「プロジェクト・サイクロス」の唯一の議題は、ペトロヴァ博士の仮説の検証と、その対策とする。…いや、対策など、あるのか…?

 この議事録は、最高機密レベルに指定する。この部屋で話されたことは、一切外部に漏らしてはならない。…次回の会合が、我々の言語で、正常に開かれることを祈る。解散。


[議事録終了]

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