音声AIアシスタント『Mimir』における意味解釈エラーの急増について
文書ID: GS-MIMIR-DEV-2022-Q2-0815
宛先: AI開発部 全員
差出人: チーフエンジニア [編集済]
日付: 大沈黙の3年前
秘匿レベル: CONFIDENTIAL - INTERNAL USE ONLY
1. 件名
音声AIアシスタント『Mimir』における意味解釈エラーの急増について
2. 概要
過去3ヶ月間において、音声アシスタント『Mimir』がユーザーの意図を誤って解釈する「意味解釈エラー」の発生率が、全世界の言語で統計的に有意な増加を示している。特筆すべきは、音声からテキストへの変換精度(Word Error Rate)は安定しているにもかかわらず、テキスト化された命令文の「意味」を取り違えるという、根本的な問題が発生している点である。
3. エラーの詳細分析
この新型エラーを、我々はカテゴリU(Unclassified)・セマンティック・デビエーションと仮称する。
本エラーは、自然言語処理(NLP)エンジンがユーザーの発話を正確にテキスト化するものの、続く自然言語理解(NLU)モジュールが、そのテキストに対して、文脈上ありえない、あるいは全く無関係な「意図(intent)」を割り当てるというものである。
典型的なエラー事例:
ユーザー発話: 「今日の天気を教えて」
Speech-to-Text(正常): [今日の天気を教えて]
NLU Intent Vector(異常): [Intent: Play_Music, Entity: Folk_Song_Random]
結果: Mimirがランダムな民謡を再生し始める。
この逸脱は完全にランダムではなく、誤って割り当てられる「意図」が、なぜか「音楽の再生」「アラームのセット」「連絡先の削除」といった、ごく僅かな種類に偏るという、不可解な傾向が見られる。
まるで、モデルの広大な意味空間が、いくつかの奇妙な点に向かって「収縮」しているかのようだ。
4. 現在の仮説と調査状況
仮説1:学習データの汚染 → 調査の結果、過去の学習データセットに異常は認められず。本仮説は棄却。
仮説2:NLUモジュールのバグ → 安定していた過去バージョンにロールバックしても、エラーの発生率は減少しなかった。これは、問題が我々のコードではなく、リアルタイムで入力される「生きた」発話データそのものに起因している可能性を示唆しており、極めて憂慮すべき事態である。
現在の有力仮説:環境ノイズの変質 → ユーザー環境に存在する、我々のノイズ除去アルゴリズムが検知できない特殊な高周波ノイズが、音声入力の段階で微細な汚染を引き起こし、ニューラルネットワークの繊細な計算結果を狂わせているのではないか。
5. 今後の対策
本件を調査する専任のタスクフォースを本日付で設立する。
未知の環境ノイズをフィルタリングするため、新しい音響分離モデルの開発に直ちに着手する。
エラーを誘発したユーザーの生音声データを収集し、人手による精密な分析を開始する。
並行して、「問題は我々のシステムではなく、人間の発話そのものの統計的性質が、現在進行形で変化している」という、極低確率のブラック・スワン仮説についても調査を開始する。これはあくまで最悪の事態を想定した予備調査である。
以上。諸君の尽力に期待する。