第十七話:紅玉の光と騎士の帰還
第十七話:紅玉の光と騎士の帰還
王宮の中庭は、激しい戦闘の音が鳴り響いていた。アリアナは、満身創痍になりながらも、最後の力を振り絞ってヴァルカン兵たちを食い止めていた。彼女の魔力は底を尽きかけ、体は傷だらけだ。倒れた騎士たちの血が、彼女のブーツを赤く染める。美貌の女王の顔は、疲労と苦痛に歪んでいるが、その瞳の光だけは消えていない。
「くっ…!もう…!」
アリアナは、ヴァルカン兵の一撃を受け流し、よろめいた。視界が霞む。意識が遠のきそうになる。しかし、倒れるわけにはいかない。ゼノスが、リリアナが、民が…
ヴァルカン兵たちが、アリアナを取り囲む。彼らの顔には、勝利と下卑た欲望の色が浮かんでいる。
「終わりだ、紅玉の女王!今度こそ、逃がさんぞ!」
複数のヴァルカン兵が、同時にアリアナに斬りかかった。アリアナは、もう避ける力がない。目を閉じる。
(ゼノス…ごめんね…約束…果たせなかった…)
アリアナの脳裏に、ゼノスの顔が浮かんだ。そして、「大好きです」と伝えることを命令した、あの時の彼の困惑した顔、そして、最後のキス。彼を救う方法を見つけたのに…彼に「大好きです」と言ってもらえないまま…
その瞬間、謁見の間の方角から、猛烈な速さで紅玉色の光が飛来し、アリアナに迫っていたヴァルカン兵たちを一瞬で吹き飛ばした!光は、アリアナの目の前に降り立ち、人影を現した。
「…ゼノス…!」
アリアナは、驚きと、そして安堵に満ちた声で、彼の名を呼んだ。そこに立っていたのは、包帯姿ではあったが、剣を構え、全身から紅玉色のオーラを放つゼノスだった。彼の顔色はまだ青白いが、その瞳には強い光が宿っている。そして、彼の手に握られているのは、謁見の間に置いてきた、彼の漆黒の剣だ。
「陛下!ご無事ですか!」
ゼノスは、アリアナに駆け寄り、倒れそうな彼女を支えた。彼の声は、以前よりも力強く、そして、どこか焦燥感を含んでいる。
「ゼノス!どうしてここにいるの!体は大丈夫なの!?」
アリアナは、ゼノスの無事を確認し、安堵するが、すぐに彼の体を案じる。彼の全身から放たれる紅玉色のオーラは、力強いと同時に、危険な気配も孕んでいた。
「大丈夫です!陛下をお守りするために…来ました!」
ゼノスは、力強く言った。彼の瞳は、アリアナだけを真っ直ぐに見つめている。その瞳には、アリアナへの揺るぎない忠誠と、そして深い愛情が宿っていた。
「大丈夫なわけないでしょう!あの傷…それに、その体から放たれている力…!無理しないで!!」
アリアナは、ゼノスの体を案じ、思わず女王らしからぬ、感情的な声で叫んだ。そして、彼の胸元を軽く叩く。心配と、そして彼が生きて、自分の傍に来てくれたことへの、安堵と喜びが入り混じっていた。
(…陛下が…私の身を案じて…!そして…また、胸を…!しかも、こんな場所で…!)
ゼノスは、アリアナの心配する声と、彼女からの物理的な接触に、内心で跳ねた。陛下は、こんな時でも、私を心配してくださる。そして、愛情を含んだ言葉と、スキンシップ…!彼は、アリアナの言葉と行動が、彼の覚醒の原動力となったことを、改めて実感していた。
「陛下…私は、もう大丈夫です。魔法の力を…制御しました。」
ゼノスは、真面目な顔で、アリアナに報告した。彼の声には、自信が満ちている。
「制御した…?本当に…?あの危険な力を…?」
アリアナは、信じられないという思いで、疑わしげにゼノスの顔を見つめた。あの、王国を破滅寸前に追いやった力を、彼が制御したというのか?
「ええ。陛下の…『生きろ』という命令…そして…『大好きです』と伝える…その使命のために…そして…陛下の光を…お守りするために…」
ゼノスは、アリアナの瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。彼の言葉は、アリアナへの強い想いと、彼がこの力を何のために使おうとしているのかを示していた。「大好きです」という言葉を、彼は覚醒の理由として明確に認識しているのだ。
アリアナの顔が、カーッと熱くなるのを感じた。彼は、あの時の言葉を…!しかも、こんな大勢の前で(敵兵含む)、平然と…!そして、自分のことを「光」だと…!
「なっ…!な、何を言ってるのよ、今更!ここがどこだと思ってるの!早く敵を倒すわよ!あなたの石頭には、後でたっぷり…たーーっぷり説教してあげるわ!」
アリアナは、顔を真っ赤にして、慌てて話題を変えた。そして、ゼノスから顔を背け、迫りくるヴァルカン兵たちに向き直る。その美貌が、赤面によって、さらに愛らしく見える。
(…石頭…そして…たーーっぷり説教…!)
ゼノスは、アリアナの反応と、「たーーっぷり説教」という言葉に、内心で安堵と喜びを感じる。陛下は、元気になったら、また自分をからかい、そして、いつもの日常に戻ろうとしてくださっている。そして、彼の「大好きです」という言葉の真意を、まだ詮索していない(あるいは、敢えてしない)。それは、彼に与えられた、猶予であり、そして、彼の覚醒の対価として、彼が勝ち取った未来への希望だった。
「御意!陛下!」
ゼノスは、力強く応えた。彼の全身から、紅玉色の魔力が溢れ出し、中庭全体を照らし出した。その光は、アリアナの疲労を癒し、魔力を回復させるかのようだった。
ヴァルカン兵たちは、ゼノスの復活と、彼から放たれる強大な魔力、そしてアリアナとの間に流れる特別な空気、さらにアリアナの魔力が増幅されたように見える光景に、恐怖に顔を引きつらせた。
「ば、馬鹿な!あの騎士が、なぜ…!そして、あの光は…!女王陛下の魔力も…!」
「ひるむな!数は向こうが圧倒的に少ない!恐れるな!」
ヴァルカン兵たちは、指揮官の命令に従い、再びアリアナとゼノスに殺到する。
「行くわよ、ゼノス!私の剣!」
アリアナは、叫んだ。彼女の手にも、紅玉色の魔力が宿る。ゼノスの魔力と共鳴し、彼女の魔力は、かつてないほど強力になっていた。彼女の美貌が、魔力の輝きの中で、神々しいほどに美しく見える。
「御意!陛下!このゼノス、陛下の剣として、王国を、そして陛下をお守りいたします!」
ゼノスは、力強く応えた。彼の剣は、紅玉色の魔力を纏い、炎を上げるかのように輝いている。彼の瞳は、アリアナへの揺るぎない忠誠と愛に満ちている。
二人の共闘が始まった。アリアナの広範囲を薙ぎ払う、増幅された強力な魔力と、ゼノスの研ぎ澄まされた剣技、そして制御された禁断の魔法の力が融合する。二人の動きは、かつてないほど連携が取れており、まるで一つの生き物のようだ。それは、長年培われてきた主従の絆が、禁断の魔法の力と、二人の秘めたる想いによって、昇華された形だった。彼らの間に流れる信頼と愛の光が、戦場を照らす。
アリアナが魔力で敵の動きを封じ、ゼノスが紅玉色の閃光を伴う一撃で敵を仕留める。ゼノスが敵の攻撃を受け止め、アリアナがその隙を突き、強力な魔法を放つ。彼らの連携は完璧で、ヴァルカン兵たちは、次々と、そして恐れおののきながら倒れていく。
アリアナの美貌は、戦いの中でさらに輝きを増していた。そして、その傍らで、紅玉色の光を纏って戦うゼノス。その光景は、戦場の地獄絵図の中で、希望の光となって、忠実な兵士たちの目には、眩しく、そして力強く映った。
「なんて…なんてお強い…!陛下と、騎士団長が…!」
「私たちの、王国を救ってくれるんだ!」
忠実な兵士たちは、二人の姿を見て、士気を再び高めた。彼らは、二人の傍らで、必死に戦う。
しかし、禁断の魔法の力を使った代償は、確実にゼノスの体を蝕んでいた。戦い続けるにつれて、彼の顔色は再び青ざめていく。紅玉色のオーラは、彼の生命力を吸い取っているのだ。痛みは消えていない。ただ、それを意志で抑え込んでいるだけだ。
「ゼノス!無理しないで!少し休んで!私の命令よ!」
アリアナは、ゼノスの消耗に気づき、心配そうに叫んだ。彼の顔色が、以前の危険な状態に戻りつつある。
「この程度…陛下の御身を守ることに比べれば…!」
ゼノスは、痛みを堪えながら応えた。彼の石頭ぶりは、こんな時でも健在だ。そして、彼の「御身を守る」という言葉には、アリアナへの深い愛情が込められている。
「だから!あなたの体の方が大事だって言ってるでしょう!もう、本当に…!私が心配するの、やめなさいよ!」
アリアナは、彼の石頭ぶりに、少し呆れつつも、彼への愛おしさで胸がいっぱいになる。そして、さらに強力な魔力を放ち、ゼノスへの負担を減らそうとする。彼女の魔力は、ゼノスの覚醒によって増幅され、以前よりも遥かに強力になっていた。
二人の力は、ヴァルカン兵を圧倒していた。しかし、ヴァルカン軍の波は止まらない。そして、ヴァルカンの総大将が、中庭の入口に姿を現す。彼の背後には、ヴァルカン軍の本隊が控えている。
「ふん、愚かな女王と、その騎士め。禁断の魔法に手を出したようだが、その力は長くは持んだろう。そして、その呪いは、いずれ貴様たちを滅ぼす!貴様たちの抵抗も、ここで終わりだ!」
ヴァルカンの総大将は、アリアナとゼノスを嘲笑った。彼は、禁断の魔法の危険性と、その呪いが、ゼノスの命を吸い取っていることを見抜いていたのだ。
アリアナは、総大将を睨んだ。彼の言葉は、真実を含んでいる。ゼノスの体は、限界に近い。しかし、彼女は諦めない。
「あなたたちの野望は、ここで終わりよ!王国は、あなたたちなんかに渡さない!そして…ゼノスは…私が必ず救うわ!どんな犠牲を払ってでも…!あなたなんかに、私たちの絆は壊せない!」
アリアナは、力強く宣言した。その声には、ゼノスを救うという、強い決意と、彼への深い愛情が込められている。美貌の女王の、最後の覚悟。
ゼノスは、アリアナの言葉を聞き、胸が熱くなる。陛下は、自分を救うことを誓ってくださった。そして、彼の「全て」であることを、認めてくださった。
「…陛下…この命…陛下の御身のために…」
ゼノスは、アリアナの傍らで、剣を構え直した。禁断の魔法の呪い、ヴァルカンの総大将…これから、さらに過酷な戦いが始まる。彼の体は限界に近い。しかし、彼の心は、アリアナへの愛によって満たされている。彼はもう、一人ではない。彼の光が、傍らにいる。そして、彼もまた、陛下の光を守る剣となる。
王宮の中庭は、二人の輝きによって照らされていた。美貌の女王と、禁断の力を纏う騎士。二人の主従関係の恋は、今、王国最大の危機の中で、希望の光となって、ヴァルカンの総大将と、その本隊へ挑もうとしていた。それは、愛と犠牲、そして運命を賭けた、壮絶な最終決戦の幕開けだった。




