第十五話:秘密の書庫と希望の光
第十五話:秘密の書庫と希望の光
王都を揺るがす戦闘の音を背に、アリアナとリリアナは王宮の奥深く、秘密の書庫を目指していた。廊下には、ヴァルカン兵や、エルードの仲間の裏切り者たちと、忠実な騎士たちの戦闘の跡が生々しく残されている。血痕、倒壊した柱、破壊された調度品。王宮は、かつての栄華が嘘のように荒れ果てていた。
「…っ…」
リリアナは、目の前の惨状に、思わず息を呑む。彼女は、恐怖を隠せないが、アリアナの傍から離れない。
アリアナの顔は、厳しく張り詰めている。王都の、王宮の悲鳴が、彼女の心を締め付ける。しかし、ゼノスを救うための希望、そして王国を救うための手がかりが、この秘密の書庫にあると信じて、彼女は立ち止まらない。
「大丈夫よ、リリアナ。もうすぐよ。」
アリアナは、リリアナの手を握り、励ますように言った。彼女自身も、内心では恐怖を感じていたが、リリアナの前では強い女王であろうとした。そして、ゼノスを救うという強い意志が、彼女を突き動かしていた。
秘密の書庫へと続く隠し扉の前まで辿り着いた。それは、王宮の壁に巧妙に隠されており、よほどの者でなければ見つけられない。アリアナは、壁に刻まれた紋様を調べ、魔力を込める。辺境の地下で見た紋様と、王宮の古文書で見た紋様を組み合わせたものだ。
扉が開かれた。中から、古い紙とインク、そして、禁断の魔法の微かな気配が流れ出てくる。そこは、王宮の地下深くにあるにも関わらず、乾燥しており、無数の古文書が整然と並べられていた。
「ここが…秘密の書庫…」
リリアナは、その広大な空間を見て、驚きの声を上げた。王宮に、こんな場所があったなんて知らなかった。
「ええ。ここに、禁断の魔法に関する、全ての記録が保管されているはずよ。解除方法、制御方法…そして、呪いに関する真実も。」
アリアナは、決意を新たに、書庫の中へと足を踏み入れた。ゼノスを救うための、最後の希望がここにある。
しかし、書庫の中は静寂に包まれていたが、どこか異様な気配が漂っている。そして、奥の方から、微かに、不気味な声が聞こえてくるような気がした。
「…歓迎いたします…紅玉の女王…」
声は、書庫の奥から響いてきた。アリアナとリリアナは、警戒して身構える。
「誰?そこにいるのは!」
アリアナは、強い声で尋ねた。
書庫の奥から現れたのは、ローブを纏った謎の人物だった。その顔はフードで隠されており、素性は分からない。しかし、彼から放たれる魔力は、エルードや辺境領主とは比べ物にならないほど強大で、そして禍々しいものだった。
「私は、禁断の魔法を司る者…あるいは、その記録を守護する者…あなたが、禁断の魔法の真実を求めていることは分かっています…しかし、その代償は…」
謎の人物は、静かに言った。
アリアナは、謎の人物から放たれる圧倒的な魔力に、緊張感を高めた。しかし、退くわけにはいかない。
「禁断の魔法の呪い…ゼノスを蝕んでいる呪いを解く方法を教えてもらいに来たわ。どんな代償でも、支払う覚悟はできている。」
アリアナは、毅然と言った。彼女の美貌が、強い意志を映し出す。
「ほう…愛する騎士のため、ですか…面白い。しかし、その代償は、あなたが想像するよりも、遥かに重いかもしれませんよ。」
謎の人物は、アリアナの心を見透かしたかのように言った。
「…構わないわ。方法を教えて。」
アリアナは、再び言った。
「では、試練を与えましょう。禁断の魔法の真実を知る資格があるか、試させていただきます。」
謎の人物は、そう言って、書庫の空間に、複雑な魔法陣を展開した。それは、辺境の地下で見たものとも、謁見の間で見たものとも違う、古く、強大な魔法陣だった。
「これは…?」
アリアナとリリアナは、その魔法陣から放たれる力に、圧倒される。
「これは、真実を見るための試練です。禁断の魔法の根源…そして、それに囚われた魂の声を聞くのです。」
謎の人物は言った。
アリアナとリリアナは、魔法陣の中へ足を踏み入れた。空間が歪み、二人の意識が、遠い過去へと引きずり込まれていく。
それは、禁断の魔法が生まれた、太古の時代だった。王国が、恐るべき魔物に襲われ、滅亡寸前だった頃。一人の強力な魔法使いが、民を救うため、禁断の魔法の力に手を出した。しかし、その力はあまりにも強大で、制御できなかった。その結果、魔物は退けられたが、王国は荒廃し、魔法使い自身も、禁断の魔法の呪いに囚われてしまった。そして、その呪われた力が、代々受け継がれてきたのだ。
そして、アリアナは、禁断の魔法に囚われた魂の声を聞いた。それは、苦痛に満ちた声だったが、同時に、誰かを求め、許しを乞うているような声でもあった。
(この声…ゼノスが苦しんでいる時の声に…似ている…?)
アリアナは、禁断の魔法の呪いに苦しむ魂の声が、ゼノスの苦悶と重なるのを感じた。
その時、アリアナの意識の中で、別の声が聞こえてきた。それは、暖かく、優しい声だった。
『…私の光…私の大切な人たち…許して…守りたかっただけなのに…』
それは、太古の時代に、禁断の魔法を使った、最初の魔法使いの声だった。彼は、民を救うために、禁断の魔法を使ったのだ。しかし、その代償として、自分自身が呪いに囚われ、そして、その呪いが、彼の愛する人々にも受け継がれてしまったことを悔いていた。
「…守りたかった…愛する人々…」
アリアナは、その言葉を聞き、胸を打たれた。禁断の魔法は、悪意から生まれたものではない。愛する者を守りたいという願いから生まれた力だったのだ。しかし、その力は、あまりにも大きすぎた。
そして、アリアナは、禁断の魔法の呪いを完全に解除する方法を知った。それは、禁断の魔法の根源である、「愛する者を守りたい」という強い願いと、「失いたくない」という切実な想いを、最も純粋な形で、再び禁断の魔法に注ぎ込むこと。しかし、それは、その人物自身の生命力と魂を代償とする、危険極まりない行為だった。成功すれば、呪いは解除されるが、失敗すれば、解除しようとした人物も、禁断の魔法の呪いに囚われてしまう。
さらに、その行為を為すには、禁断の魔法の力を宿した人物と、その「光」となる人物が、最も強い絆で結ばれていなければならない。そして、「光」となる人物自身が、禁断の魔法の根源である「愛する者を守りたい」という願いを、最も強く持っていなければならない。
(愛する者を守りたい…失いたくない…そして、禁断の魔法の力を宿した者…そして、その光となる者…それは…)
アリアナは、その条件を聞き、ハッとした。禁断の魔法の力を宿した者…それはゼノスだ。そして、彼の「光」となる者…それは、彼がそう呼んだ自分自身だ。そして、「愛する者を守りたい」「失いたくない」という願い…それは、アリアナ自身が、今、ゼノスに対して、そして王国に対して抱いている、最も強い願いだ。
(私が…私が、禁断の魔法の呪いを解除できる…?私自身の、ゼノスへの想いを力に変えて…?)
アリアナは、驚きと同時に、希望を見出した。ゼノスを救う方法がある!そして、それは、彼女自身の彼への想いが、鍵となるのだ。しかし、その代償は…自身の生命力と魂。失敗すれば、自分も呪いに囚われる。
「お姉様!大丈夫ですか!顔色が…!」
リリアナの声で、アリアナは現実に戻った。試練は終わったようだ。魔法陣の輝きが収まっている。
謎の人物が、二人の前に姿を現した。
「どうでしたかな、紅玉の女王。禁断の魔法の真実を、知る資格はありましたか。」
「…知ったわ。禁断の魔法の呪いを解除する方法…そして、その代償も。」
アリアナは、震える声で言った。
「では、どうなさる?その代償を支払い、愛する騎士を救いますか?」
謎の人物は尋ねた。
アリアナは、迷うことなく頷いた。
「ええ。救うわ。どんな代償を払ってでも。」
その決意に、謎の人物は微かに頷いた。
「よろしい。では、あなたに、禁断の魔法の記録全てを解放しましょう。そこに、呪いを解除するための、より詳細な儀式の手順が記されています。」
謎の人物は、そう言って、書庫の空間全体に魔力を放った。無数の古文書が、アリアナの元へと吸い寄せられてくる。それらは、禁断の魔法に関する、膨大な知識だった。
「しかし…その儀式は、容易ではありません。そして、王都は、今、戦火にあります。儀式を行う時間は…」
謎の人物は言った。
ヴァルカン軍の猛攻の中、禁断の魔法の呪いを解除する儀式を行う時間と場所を確保できるのか。それは、絶望的な状況だった。
「時間は…私が作ります。」
アリアナは、決意を固めた。彼女は、ゼノスを救うため、そして王国を救うために、全ての力を振り絞る覚悟をしたのだ。
「お姉様…?」
リリアナは、アリアナの言葉の真意を測りかねていた。
「リリアナ。あなたは、これらの古文書を持って、安全な場所へ。」
アリアナは、リリアナに古文書の束を渡した。
「お姉様は!?」
「私は…時間を稼ぐわ。ヴァルカン軍を…ここで食い止める。」
アリアナは、そう言って、書庫を出て行こうとした。
「駄目です!お姉様!一人で行かないで!危険すぎます!」
リリアナは、アリアナの腕を掴んだ。
「行かせて、リリアナ。これは、私の務めよ。そして…私が、あの石頭を救うための…最初の一歩よ。」
アリアナは、微笑んだ。その笑顔は、悲しみと決意、そして彼への愛情が混じり合った、複雑な美しさを持っていた。美貌の女王が、今、愛する騎士を救うために、戦場へ向かう。
「でも…!禁断の魔法の儀式は…お姉様がいないと…!」
「大丈夫。儀式に必要なのは、禁断の魔法の根源である『愛する者を守りたい』という願いと、私の魔力…そして…ゼノスへの想いよ。」
アリアナは、そう言って、リリアナの手をそっと外した。そして、彼女の顔に、キスを落とした。
「私の、愛する従妹…生きて、希望を繋いで。」
それは、リリアナへの感謝と、そして別れの挨拶だった。
「お姉様!嫌です!私も一緒に…!」
リリアナは叫んだ。
しかし、アリアナは振り返らず、書庫を出て行った。その背中は、王都の悲鳴が響く方角へ向かう。
謎の人物は、静かにアリアナの後ろ姿を見送っていた。
「行くのですか…死地へ…愛の力で、呪いを打ち破ろうなど…愚かではあるが…美しい試み…」
謎の人物は呟いた。
王宮の中庭では、ヴァルカン軍と忠実な兵士たちが激しく戦っていた。そこに、一人の美貌の女王が姿を現した。彼女の手には、紅玉色の魔力が宿っている。その瞳には、決意と、そして愛する騎士を救うという希望の光が宿っていた。
「あなたたちには…ここから先へは行かせないわ!」
アリアナは、叫んだ。彼女の魔力が、王宮全体に広がる。
「紅玉の女王だ!ここで始末しろ!」
ヴァルカン兵たちが、アリアナに迫る。
アリアナは、自身の魔力を解放した。それは、謁見の間での暴走とは違う、制御された、しかし強力な魔力だった。彼女は、ゼノスを救うために得た、禁断の魔法の真実を力に変えて、戦場に降り立ったのだ。
王都の悲鳴は続く。しかし、王宮の中庭には、美貌の女王の、紅玉色の魔力が輝いていた。それは、愛する騎士を救うための、そして王国を守るための、切なくも壮絶な戦いの始まりだった。
一方、リリアナは、古文書の束を抱え、涙ながらに、王宮の地下深く、より安全な場所を目指していた。彼女の胸には、ゼノス様から託された言葉、そしてアリアナお姉様から託された希望が宿っている。二人の愛を、そして王国を救うために、彼女は走る。
この嵐の中で、アリアナとゼノスの主従関係の恋は、どのような結末を迎えるのだろうか。禁断の魔法の呪いは打ち破られるのか。そして、リリアナは、希望を繋ぐことができるのだろうか。




