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第十二話:呪いの判明と王都の悲鳴

第十二話:孤独な玉座と届かない声

謁見の間での激戦は、アリアナとゼノスの命がけの行動によって、王国中枢を内部から崩壊させようとしたエルードの陰謀を打ち砕いた。


しかし、ヴァルカン軍の大規模な侵攻が始まったという緊急報を受け、彼女は女王としての責務を果たすために、作戦室へ向かった。


作戦室へと向かう廊下は、王宮内の裏切り者たちと忠実な兵士たちの戦闘の跡が生々しく残っていた。血痕、破壊された調度品。王宮は、既に傷ついている。アリアナの心臓は、王都の悲鳴と、病床のゼノスのことを思う痛みに、波打っていた。彼の唇の感触が、まだ微かに残っている。彼に対して最後に告げた言葉、「大好きです」って言いなさいよという命令…そしてキス。あの瞬間は、現実だったのか?それとも、私の見た夢?


(ゼノス…!)


彼女の脳裏には、病床のゼノスの顔が鮮やかに浮かぶ。あの包帯姿、青白い顔、そして、最後のキスの後に見せた、困惑と喜びがないまぜになったような表情。


(…大丈夫よね?あなたは…私が命令したんだから…『生きろ』って…あなたは、私の命令に、絶対逆らわないでしょう…?特に、最後の命令は…)


アリアナは、自分自身に言い聞かせるように呟いた。彼に「大好きです」と言えいう命令は、彼女にとって、彼が生きていることを信じるための、唯一の拠り所だった。彼は、あの約束を果たすために、必ず生きている。彼の真面目すぎる石頭ぶりを思えば、あの命令を無視して死ぬわけがない。そう信じなければ、彼女は立っていられない。


作戦室に足を踏み入れた瞬間、アリアナは女王の顔に戻った。そこには、緊張した面持ちの将兵たちが、彼女の到着を待っていた。王都の悲鳴が、窓の外から絶え間なく響き渡っている。それは、単なる騒音ではない。民の苦痛の叫びだ。


「陛下!」


将兵たちが、アリアナに敬礼する。彼女の姿を見て、彼らの顔に僅かな希望の色が浮かんだ。紅玉の女王がここにいる。まだ、希望は失われていない。彼女の美貌は、疲労の色を滲ませながらも、それでも眩しいほどに輝いていた。その瞳の光は、兵士たちの心を照らす。


「報告を続けよ!現在の戦況は?敵の主力の動きは?」


アリアナの声が、作戦室に響き渡る。その声は、凛としており、迷いがない。美貌の女王は、疲労の色を滲ませながらも、その圧倒的なカリスマで、将兵たちを鼓舞する。彼女の頭脳は、既に戦場全体を俯瞰している。


「北部地区、ヴァルカン軍がすでに市街地へ侵入!魔物を使役する部隊が先行し、住民の避難が間に合いません!」


「南門も突破されそうです!ヴァルカン軍、第二陣が迫っています!その数は、我々の三倍以上と見られます!」


「負傷者多数!治療が追いつきません!このままでは、王都防衛線は…!」


飛び交う報告は、絶望的なものばかりだ。王都は、ヴァルカン軍によって蹂誻されつつある。炎が上がり、黒煙が空を覆う。民家が破壊され、兵士たちが次々と倒れていく。その悲惨な光景が、窓の外に見える。


アリアナは、戦況図を見つめながら、次々と指示を出す。どの部隊をどこに回すか、どの避難ルートを確保するか、どの魔法使い隊を投入するか。彼女の頭脳は、高速で状況を分析し、最善と思われる手を打っていく。彼女の指示は、常に的確で、無駄がない。しかし、兵力も、物資も、時間も、圧倒的に不足している。彼女自身の魔力も、謁見の間での消耗と、エルードが仕掛けた魔法抑止の影響で、まだ完全に回復していない。全力で戦える状態ではない。


(どうすれば…どうすれば、この流れを止められる…!この状況を…覆すには…ゼノスが…ゼノスさえ傍にいれば…!)


アリアナは、内心で叫ぶ。彼の冷静な判断力、彼の的確な助言、そして彼の剣技。彼が傍にいれば、この絶望的な状況も、何か違う展開になったかもしれない。彼の存在そのものが、どれほど大きかったかを、今、痛感していた。彼の、あの真面目な声が聞きたい。私のからかいに、困った顔で応える彼が見たい。あの石頭が、私の傍で、静かに私を支えてくれるだけで、どれほど心強いか。


作戦室の窓から見える、王都の炎と煙。人々の悲鳴が、彼女の耳に突き刺さる。その光景は、彼女の心を抉る。民が苦しんでいる。民の家が、命が奪われている。そして、自分は、玉座から、いや、作戦室から指示を出すことしかできない。前線へ赴き、自身の魔力で戦いたい衝動に駆られるが、彼女がここで指揮を放棄すれば、王国の組織的な抵抗は完全に崩壊してしまう。


(ゼノス…!)


アリアナの脳裏に、病床のゼノスの顔が浮かぶ。彼は今、どうしているだろうか。苦痛に耐えながら、この悲鳴を聞いているのだろうか。医療室も、もう安全ではないはずだ。彼の体がどうなっているのか。異常な熱が出ているとも聞いたが…


彼女は、ペンを持つ手を止め、僅かに目を閉じた。その一瞬、彼女は女王ではなく、一人の女性に戻る。


(ねぇ、ゼノス…聞こえている?王都が…ひどいことになっているわ…あなたが…命懸けで守った王国が…崩れかけている…)


アリアナは、心の中で、病床の騎士に語りかけた。彼女の言葉は、届いているのだろうか。届いてほしい。そして、彼女の苦悩を、少しでも感じ取ってほしい。


(あなたの、あの石頭な顔が見れないと…本当に…力が湧いてこないわ…早く回復して…そして、私に…『陛下は綺麗です』なんて言って、私を困らせてちょうだい…そして、あの時みたいに、あなたの顔に何かついてるって言わせて…触らせてちょうだい…)


彼女は、彼の真面目すぎる反応が見たい。彼が困惑して顔を赤らめた姿を見たい。あの、彼だけに見せられる、素の自分を見せたい。そして、彼の存在そのものが、どれほど自分を支えていたかを伝えたい。彼の存在が、彼女の力そのものだったのだ。


(…『大好きです』って言う命令…早く…早く、私の目を見て、言ってちょうだい…そうじゃないと…私…私…倒れてしまいそうよ…もう…疲れたわ…)


アリアナは、彼の言葉を聞きたいという願いが、彼女の心を突き動かしているのを感じた。それは、彼女にとって、生きる希望であり、戦うための理由だった。彼の言葉を聞くまでは、彼女は、倒れるわけにはいかないのだ。彼の命令を果たすために、生きなければならない。しかし、疲労と絶望が、彼女の心を蝕む。


しかし、彼女の声は、病床のゼノスには届かない。彼女の苦悩も、孤独も、彼には伝わらない。作戦室の玉座に座る女王は、誰よりも孤独だった。その孤独を分かち合える唯一の存在は、今、命の危機に瀕している。


その頃、王宮の医療室では、ゼノスが苦悶していた。体は、異常な熱と激しい痛みに苛まれている。謁見の間でアリアナの使った力が、彼の体内を暴れ回っているかのようだ。紅玉色の、不安定な光が、彼の全身から微かに漏れ出す。しかし、彼の意識は、以前よりはっきりしていた。王都の悲鳴。戦闘の音。そして、アリアナが作戦室で指揮を執る気配を、彼は感じ取っていた。彼女の魔力の気配が、遠くから、しかし確かに感じられる。


(陛下が…戦って…いらっしゃる…!私一人を救うために…時間を稼いで…そして…今…王国を…!)


ゼノスは、ベッドの上で、必死に体を起こそうとする。彼は、アリアナが苦労していることを知っていた。彼女が自分を必要としていることを知っていた。


「うっ…くそっ…動け…!私の体…!陛下の…傍に…!」


ゼノスは、歯を食いしばり、己の体に命じる。彼の全身から、微かに紅玉色の光が漏れ出す。謁見の間で彼に宿った力が、彼の意志に応えようとするが、同時に、彼の肉体を破壊しようとする。その力は、彼の生命力を燃焼させているかのようだ。


彼の脳裏には、アリアナの顔が鮮やかに浮かぶ。彼女の心配する声、涙…そして、最後のキス。あの命令。「大好きですと言え」。


(生きる…!陛下に…『大好きです』と…伝えるために…陛下の光を…お守りするために…!陛下の…『全て』になるために…!)


ゼノスは、歯を食いしばり、痛みに耐える。体内の力が、彼の肉体を破壊しようとするが、彼の意志と、アリアナへの愛情が、それに抵抗する。アリアナの命令が、彼の体内の力をねじ伏せようとしていた。


しかし、体は、言うことを聞かない。ベッドから起き上がることすら、ままならない。彼は、無力な自分自身に苛立ちを感じていた。陛下が戦っているというのに、自分はここで、苦悶しているだけだ。


「陛下…」


ゼノスは、かすれた声で、アリアナの名前を呟いた。彼の声は、作戦室には届かない。


その時、医療室の扉が開き、医療班の医師が、深刻な顔で入ってきた。彼の顔には、疲労と、そして困惑の色が浮かんでいる。


「騎士団長殿!お体が…熱が尋常ではありません!そして、体内の魔力が…」


医師は、ゼノスの体から放たれる微かな紅玉色の光と、異常な熱、そして体内の魔力の異常な動きに気づいていた。


「この力は…辺境から持ち帰られた禁断の魔法の古文書に記されていた、ある力に酷似しています…」


医師は、辺境から持ち帰られた古文書を参照していた。その記述に、ゼノスの症状と一致する部分を見出したのだ。太古の時代に、民を救うために使われた究極の力。それは、使用者の生命力を対価とする。そして、その力を宿した者は、肉体と魂を同時に蝕まれる。その症状が、今、目の前の騎士に現れているのだ。


「陛下…これは…これは恐らく…古文書に記されていた、禁断の魔法の、呪いです…」


医師は、確証を得た時、顔面蒼白になった。それは、治療法のない、死に至る病だったのだ。彼は、この事実をアリアナ陛下に報告しなければならない、という重圧に打ちひしがれた。


王都の悲鳴は続く。作戦室のアリアナは、孤独な玉座で指揮を執る。医療室のゼノスは、病床で異常な容態に苦悶する。二人の心は、互いを求め合いながらも、物理的な距離に阻まれ、その声は、届かない。


そして、ゼノスの体に宿った力が、彼の命を奪おうとしている「禁断の魔法の呪い」であるという、絶望的な事実が、今、この絶望的な状況の中で、明らかになろうとしていた。王国最大の危機は、まだ始まったばかりだった。そして、アリアナは、愛する騎士の命が、刻一刻と失われていることを知る由もなかった。

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