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第十一話:嵐の後と秘密の誓い

第十一話:嵐の後と秘密の誓い

謁見の間の混乱が収まった後、アリアナは倒れ伏したゼノスを抱きかかえ、悲痛な声を上げた。駆けつけた医療班が、慌ててゼノスの手当にあたる。出血は深刻で、命に関わる危険な状態だった。


「ゼノス!死なないで!私のそばを離れないで…!」


アリアナは、ゼノスの手を握りしめ、彼の名前を呼び続けた。彼女の顔は涙と血で汚れ、ドレスも破れているが、その美貌と、彼への深い愛情が、周囲の者たちの心を打った。


ゼノスは、意識を失う寸前まで、アリアナの手を握っていた。彼の唇には、微かな笑みが浮かんでいるかのようだった。彼の全ては、陛下のもの。その言葉を伝えられた、満たされた思い。


謁見の間は、エルードの仕掛けとアリアナの魔力によって、見るも無残な姿に変えられていた。しかし、王国を内部から崩壊させようとしたエルードの陰謀は阻止された。ヴァルカンからの宣戦布告は撤回されていないが、使者は逃亡し、一時的に脅威は遠のいた。


ゼノスは、再び王宮内の医療室へと運ばれた。アリアナは、公務を再開せねばならなかったが、常にゼノスの容態を気にかけた。政務の合間を縫って、彼のもとへ駆けつけ、回復を祈った。


数日後、ゼノスの状態は安定した。危険な状態は脱したが、意識は戻らない。激しい出血と疲労で、体力が回復していないのだ。しかし、彼の顔色は以前より良くなり、穏やかな寝顔を見せるようになっていた。


アリアナは、公務を終えると、必ずゼノスの部屋を訪れた。部屋には、厳重な警備が敷かれている。アリアナは、病床のゼノスの傍らに座り、彼の手に触れた。


「ゼノス…大丈夫よ。もう危険な状態じゃないって、医師たちが言っていたわ。でも…早く目を覚ましてくれないと、困るのよ。」


アリアナは、彼の手に触れながら話しかける。彼の温もりが、彼女の心を少しだけ安らげる。


「ねぇ、あなたがいないと、本当に大変なのよ。書類の山は減らないし、大臣たちは揉めるし…誰も、あなたの石頭みたいに、私の言葉を真剣に受け止めてくれないのよ。」


アリアナは、彼の寝顔に向かって、からかいの言葉を投げかける。彼の真面目すぎる反応が見れないのが、彼女にとって、これほど寂しいことだとは思わなかった。


「それに…私がどんなにツンツンしても、どんなに意地悪なこと言っても、あなたはいつも、真面目に答えてくれたでしょう?そして、私の傍にいてくれた。それが、どれだけ私を安心させてくれたか…あなたは知らないでしょうね。本当に、分からずやなんだから。」


アリアナは、ゼノスの手を握りしめ、額を彼の手に押し付けた。美貌の女王の、無防備な姿。


「ねぇ、起きたら教えて?あの時、謁見の間で、なんて言おうとしたの?私の…『全て』だって言ってくれた後…何か、言おうとしていたでしょう?」


アリアナは、彼が意識を失う直前に言おうとした言葉の続きが、気になって仕方がなかった。それは、彼の、隠された本音だったのだろうか。


ゼノスは何も応えない。ただ、静かに眠っている。


「…もう…意地悪なんだから…早く目を覚まして…ちゃんと、私の目を見て言ってよ…」


アリアナは、寂しそうに呟いた。


その時、アリアナの握るゼノスの手が、微かに動いた。そして、彼の指が、アリアナの手を、弱々しくも握り返した。


「…!!!」


アリアナは、ハッとしてゼノスの顔を見る。彼の瞼が、微かに震えている。


「ゼノス!?ゼノス!」


アリアナが呼びかけると、ゼノスの紅玉色の瞳が、ゆっくりと開かれた。まだ焦点は定まらないが、アリアナの顔を捉えようとしている。


「…ひ…め…」


ゼノスの唇が、微かに動いた。


「私の声が聞こえるの!?」


アリアナは、興奮してゼノスに呼びかけた。


ゼノスは、アリアナの顔をじっと見つめながら、掠れた声で言った。


「…き…れ…い…で…す…」


「…え…?」


アリアナは、ゼノスの言葉の意味が分からず、戸惑う。彼は、まだ意識が朦朧としているのだろうか。


ゼノスは、微かに、しかし確かな力でアリアナの手を握りしめた。そして、もう一度、絞り出すように呟いた。


「…陛下の…な…み…だ…き…れ…い…で…し…た…」


「…私の…涙…綺麗…?」


アリアナは、ゼノスの言葉を理解し、顔がカーッと熱くなるのを感じた。謁見の間で、自分がゼノスを失うかもしれないと思って流した涙のことを言っているのだ。その涙を見て、彼は「綺麗」だと言ったというのか?


(この期に及んで…何を言ってるの、この石頭は!?)


アリアナは、ゼノスの真面目すぎる、そして予想外すぎる言葉に、呆れると同時に、激しく照れた。しかし、彼が、自分の涙を見て「綺麗」だと言ってくれたという事実に、彼女の心は、何よりも深く、温かく満たされた。


「なっ…!な、何を言ってるのよ!早くしっかりと目を覚ましなさいよ!」


アリアナは、慌てて顔を背けた。しかし、彼女の顔は真っ赤だ。


ゼノスは、アリアナの赤くなった顔を見て、微かに微笑んだ。そして、アリアナの手を握る手に、少しだけ力を込めた。


「…ひ…め…ご…めん…なさ…い…」


ゼノスは、再び謝罪の言葉を口にした。


「ごめん…?何がごめん…?怪我をしたこと?私の傍を離れようとしたこと?」


アリアナは、ゼノスの謝罪の意味が分からず、問いかけた。


ゼノスは、アリアナの顔を見つめながら、微かに首を横に振った。そして、消え入りそうな声で呟いた。


「…き…れい…と…お…もっ…て…し…まい…まし…た…」


「…綺麗と…思って…しまっ…た…?」


アリアナは、ゼノスの言葉を反芻し、再び顔が熱くなるのを感じた。彼は、自分の涙を「綺麗」だと思ってしまったことに対して、謝罪しているのだ!それは、騎士としては不敬な感情であり、ゼノスはそれを「罪」だと感じているのだ。


(この石頭…!こんな時まで…!でも…それは、つまり…私に対して、騎士としての忠誠心だけではない感情を抱いている、ということ…?)


アリアナは、ゼノスの言葉の真意に気づき、心が震えた。彼が、意識が朦朧としている中で、自分への秘めた想いを、無意識に言葉にしているのだ。しかも、それを不敬だと思って謝罪している。その真面目さと、隠しきれない感情が、たまらなく愛おしかった。


「謝らないで!ゼノス!私が綺麗だと思ってくれて、嬉しいわ!光栄だわ!だから、謝らないで!」


アリアナは、興奮してゼノスの手を握りしめ、訴えかけた。これは、彼女にとって精一杯の、素直な感情表現だった。


ゼノスは、アリアナの言葉を聞き、微かに目を見開いた。陛下が、自分の「不敬な」感情を、受け入れて、しかも「嬉しい」と仰られた…?


「…う…れ…し…い…?」


ゼノスは、まるで初めてその言葉を聞いたかのように呟いた。彼の紅玉色の瞳に、困惑と、そして微かな希望の光が宿る。


「そうよ!嬉しいの!だから、もう二度と、そんなこと謝らないで!それに…『綺麗だと思ってしまいました』なんて、まるで他人事じゃない!あなたは、私のこと、どう思ってるのよ!正直に言って!」


アリアナは、彼の真面目すぎる言い方に、少し意地悪く詰め寄った。これは、彼女にとって、彼の本音を聞き出すチャンスだった。主従の壁、エルードの目…全てを忘れて、今、この瞬間に、彼の言葉を聞きたかった。


ゼノスは、アリアナの真剣な顔と、期待に満ちた瞳を見て、言葉に詰まる。彼の内心では、激しい葛藤が起きていた。伝えるべきか?伝えるべきではないか?主従の誓い。王国の安全。そして、陛下への、この燃え上がるような想い。


「…わ…た…し…は…」


ゼノスは、絞り出すように言葉を紡ごうとした。


アリアナは、息を呑んでゼノスの言葉を待つ。彼の「全て」だと言ってくれた、その続きの言葉。


その時、部屋の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。そして、緊迫した声。


「陛下!いらっしゃいますか!緊急です!」


伝令が、慌てて部屋の扉を叩いた。


アリアナは、ハッとして、ゼノスの手から手を離した。女王の顔に戻る。僅かに残っていた赤面も消え失せる。


「何事!?」


アリアナは、鋭い声で尋ねた。


伝令が部屋に入ってきた。顔面蒼白だ。


「陛下!ヴァルカン軍が…国境を越え、侵攻を開始しました!今回は、前回の比ではない大軍のようです!」


「…っ…!」


アリアナの顔に、緊張が走る。


「ゼノス…」


アリアナは、病床のゼノスを見た。彼は、アリアナの言葉を聞き、瞳に強い光を宿している。まだ体は動かないが、戦士の顔になっている。


「陛下…私めは…」


ゼノスが立ち上がろうとする。


「寝てなさい!」


アリアナは、反射的に叫んだ。そして、彼の肩に手を置き、ベッドに押し戻した。


「ヴァルカンが本気で来たのね…王宮内の裏切り者はエルードだけではなかったのか…」


アリアナは、事態の深刻さを理解する。


「ゼノス。私は行くわ。王国は、私が守る。だから、あなたは、ここで…」


アリアナは、ゼノスの傍を離れようとした。


「…ひ…か…り…」


ゼノスの唇から、懇願するような微かな声が漏れた。行かないで、私の光…!


アリアナは、その言葉を聞き、一瞬だけ立ち止まった。そして、ゼノスの方を振り返り、微かに、しかし確かな微笑みを浮かべた。その笑顔は、女王の威厳と、彼への深い愛情、そして戦いへの覚悟が混じり合った、複雑な、そして圧倒的な美しさを持っていた。


「大丈夫よ、ゼノス。私は、あなたの光でしょう?だから、消えたりしないわ。必ず、戻ってくる。そして、あなたが完全に元気になったら…」


アリアナは、そこで言葉を切り、ゼノスの顔を覗き込んだ。そして、彼の耳元で、誰にも聞こえないような小さな声で囁いた。


「…あなたの、あの石頭な顔で、ちゃんと、私の目を見て、『大好きです』って言いなさいよ。それまで、死ぬわけにはいかないでしょう?」


アリアナは、挑発的とも、甘やかしているとも取れる、彼女らしい言葉を囁いた。そして、彼の唇に、かすかに触れるだけの、短いキスを落とした。


(!?…き、き、キス…!?陛下が…私の唇に…!?)


ゼノスの内心は、今度こそ、本当の意味で爆発した。彼の顔は、真っ赤というよりは、紫色に近い色に変色しただろう。頭の中は真っ白になり、言葉も出ない。ただ、アリアナの顔を見つめることしかできない。


アリアナは、ゼノスの反応に満足したのか、くすっと笑った。そして、立ち上がった。


「行ってくるわ、私の剣。」


そう言って、アリアナは部屋を出て行った。その背中は、迷いなく、強く見えた。


ゼノスは、ベッドの上で、一人、アリアナの言葉と、唇に残る微かな感触を反芻していた。大好きです、と…言う…?陛下に?それは…それは、主従の壁を…!そして、キス…?あれは、現実だったのか?


体は動かない。しかし、彼の心は、かつてないほど高鳴っていた。アリアナへの想い。そして、彼女からの、信じられないほどの言葉と行動。生きなければならない。陛下に言われた通り、「大好きです」と、言うために。そして、彼女を守るために。


王宮内の陰謀と、隣国からの大規模な宣戦布告。王国最大の危機が、今、幕を開けようとしていた。そして、病床の騎士は、愛する女王を守るために、そして彼女の命令を果たすために、再び立ち上がることを、心の中で、そして血に誓うのだった。彼の回復は、待ってはくれない。

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